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身分違いの朝食係はもう辞めます、辺境公爵家で病人食を作ります。  作者: 小竹X


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第49話 北境食養記

北境食養記ほっきょうしょくようき』という題は、トマが出した。


 最初にリディアが考えた題は『病後食手順集』だったが、講習室で読んだ途端、若い炊事係たちの顔が眠そうになった。


「夫人、それでは役所の棚に置かれて終わります」


 トマは真面目な顔で言った。


「でも、食養記なら少し読みたくなります。北境の冬や麦の話も入っている感じがします」


 ネリも王都から届いた手紙で賛成した。


『病後食という言葉だけだと、病気になってから読む人が多いと思います。元気なときにも台所に置いてもらえる名がよいです』


 リディアは二人の意見を採った。題が決まると、問題は中身の並べ方だった。


 王宮の食事、兵舎の食事、村の食事、子どもの食事、老人の食事。すべてを一冊に入れると厚すぎる。薄くすると、必要な手順が抜ける。


 さらに、誰の名をどこに載せるかで議論になった。


「公爵夫人とセラ様の名を最初に置くべきです」


 書記官は当然のように言った。


「その下に協力者一覧を」


「協力者ではありません」


 リディアは朱筆を置いた。


「村の産婆が残した『赤子を抱いた母に片手で食べさせる汁』は、その人の節です。兵舎の炊事係が考えた『凍った手で握れる干し粥』も、その人の節です。私の下に置くと、私が考えたように見えます」


「しかし、名が多すぎます。読みにくくなります」


「では節ごとにします。冒頭には、食べる人を見て、嘘を混ぜず、記録するという三つだけを書く」


 書記官はため息をついたが、反論はしなかった。リディアは自分でも、扱いにくい本を作っていると思った。


 けれど、台所の知恵は一人の頭から流れ出るものではない。鍋を洗った人、火を見た人、匂いに気づいた人がいる。名前を削れば、本は美しくなるかもしれないが、次に同じ場所へ戻れなくなる。


 初校ができた日、食養院の講習室に全員が集まった。表紙は質素な灰色。題字はエルヴィンが書いた。力のある字で、けれど角が少しやわらかい。


 トマが表紙を撫でた。


「本当に本になったんですね」


「まだ初校です。誤りを探します」


「夫人らしいです」


 笑いが起きた。読み合わせは半日かかった。


 薬草名の誤字、分量の曖昧さ、温め直しの危険、子どもに蜂蜜を使わない注意、香りの強い皿を病人の部屋に置かないこと。読み上げるたびに誰かが手を挙げ、修正が入った。


 エルヴィンは後ろの席で聞いていた。彼は公爵として議会の文書を読むことに慣れている。だが、粥の濃さを巡って三人が真剣に議論する場に、口を挟まずにいるのは少し可笑しそうだった。


 夕方、リディアは疲れて椅子に座った。


「本を作るのは、鍋を作るより難しいですね」


「鍋なら焦げたら匂いでわかる」


「本は、焦げても匂いません」


「だから読み合わせるのだろう」


 エルヴィンは初校の束を手に取り、冒頭の頁を開いた。そこには、セラの名とリディアの名が並んでいた。


 その下に、食養院で学んだ者たちの名が続く。リディアはその頁を見て、静かに息を吸った。


 母の木匙は、ようやく棚の奥から出た。そして、誰かの台所へ渡っていく。

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