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身分違いの朝食係はもう辞めます、辺境公爵家で病人食を作ります。  作者: 小竹X


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第45話 食養院の試験台帳

結婚式から半年が過ぎるころ、食養院の記録棚には厚い台帳が三冊並んだ。一冊目は兵の食事記録。

 二冊目は薬草と穀物の入出庫。

 三冊目は村ごとの講習と、講習後に届いた手紙の写しだった。


 リディアは朝の厨房で麦を煎り終えてから、布で手を拭き、台帳の紐を結び直した。今日、北境議会の年配の領主たちが視察に来る。食養院は公爵家の私財だけで続ける施設ではなく、各村と兵団の負担を受けて広げる予定になっていた。


 つまり、湯気と匙だけでは足りない。数字を出さなければならない。


「公爵夫人、議会の方々が正門を通りました」


 トマが顔を出した。以前は南門の救護所で鍋を抱えていた少年が、今では白い前掛けをまっすぐ締めている。背は少し伸び、声も落ち着いた。


「では、試食用の粥は予定どおり。熱すぎないようにしてね」


「はい。塩の皿は三種類、香草は別皿です」


 リディアはうなずき、台帳を抱えて講習室へ向かった。議会の者たちは、丸い卓を前にして並んでいた。灰色の髭を長く伸ばしたノルバート男爵は、入室したリディアへ礼をしたものの、目は台帳に向いている。


「公爵夫人。率直に申します。村々から麦と薪を徴する施設なら、情だけでは議決できません」


「そのために記録を取りました」


 リディアは台帳を開いた。冬前の三か月、胃を壊して訓練を休んだ兵の数。

 乾かし方を変えた麦を配った後の休養日数。

 村の産婦が食べやすい汁物を習ってから、夜間に呼び出された薬師の回数。


 数字は奇跡を語らない。けれど、火を小さくした日、塩を控えた日、傷んだ薬草を捨てた日を、淡々と残していた。


 ノルバート男爵は指で欄を追った。


「……兵の休養日が減っている」


「完全には防げません。ですが、胃を痛めてから慌てて薬を煎じるより、食事を戻す手順を兵舎で共有したほうが早い場合があります」


「薬師の仕事を奪うのではないか」


「薬師に渡す前の状態を整える仕事です。薬が必要な人を見分けるためにも、食べられるかどうかを見ます」


 男爵は返答に困ったように口を閉じた。その隣で、若い村長が台帳の端を指した。


「ここに、村の名前だけでなく、教えた者の名前がありますね。公爵夫人の名ではなく」


「はい。実際に鍋の前に立った人の名です」


「夫人の功績としてまとめたほうが、王都では通りがよいでしょう」


 リディアは首を横に振った。


「それでは次の冬に役に立ちません。私がいない台所で誰が火を見たか、誰が匙を取ったかが必要です」


 講習室の窓の外では、干し場に並んだ薬草が風で少し揺れていた。葉の表と裏が乾く速さは違う。それを知っている人の名前を残すことにも、意味がある。


 視察の最後に、トマが小さな椀を配った。麦の粥は薄く、塩は控えめで、香草は別にしてあった。男爵たちは最初、物足りなさそうに匙を入れたが、二口目には会話が止まった。


 ノルバート男爵が椀を置く。


「金を出す価値はある」


 リディアは礼をした。


「ありがとうございます。ただし、椀の数を増やすだけではなく、記録係も置いてください。食べさせたことで終わりにすると、次に同じ失敗をします」


「厳しい夫人だ」


「台所は、覚えていないと人を困らせますから」


 その日、議会は食養院への麦と薪の定期拠出を決めた。リディアの名は議決書の上にあった。


 けれど、その下にはトマ、ネリ、村の産婆、兵舎の炊事係たちの名も続いていた。彼女はその列を見て、胸の奥が静かに温まるのを感じた。


 王宮の朝食係だったころ、彼女の仕事は名のない手順だった。北境では、手順に人の名がつく。

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