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身分違いの朝食係はもう辞めます、辺境公爵家で病人食を作ります。  作者: 小竹X


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第34話 公の食養院

北境に食養院(しょくよういん)を作る案は、軍糧試験の報告書から生まれた。負傷兵や病人に食事を出すだけでなく、厨房番、村の世話役、砦の補給係が学べる場所。薬草畑と乾燥棚を持ち、食材の保存と調理を教え、記録を残す。


 エルヴィンはそれを聞いて、すぐに予算をつけた。


「早すぎませんか」


 リディアが驚くと、彼は言った。


「遅すぎたくらいだ」


 場所は、城下の古い倉庫に決まった。昔は毛皮を保管していた石造りの建物で、壁は厚く、水場も近い。窓は少ないが、改修すれば温度管理がしやすい。


 リディアは建物を見て、胸が高鳴った。ここに大鍋を置く。乾燥棚を並べる。村の人たちが学ぶ机を置く。兵が遠征前に軍糧の扱いを練習する。体を壊した人が、粥を食べて帰れる。


 王宮の隅で一人で作っていた朝食が、場所を持つ。ただ、反対もあった。


 財務を預かる古参の男爵が、会議で渋い顔をした。


「病人の粥に建物一つとは、贅沢では」


 リディアは予想していた。


「救護所に運ばれる兵が減れば、治療費と欠員補充の負担が減ります。山道の村で手順が広がれば、冬の凍傷や冷えによる病も減ります」


「それは期待であって、確実な収入ではない」


「では、試験期間を設けます。半年間、救護所の患者数、兵の欠勤、薬草購入費、食材廃棄量を記録します」


 男爵は少し驚いた。


「数字を出すのですか」


「はい。食事は感覚だけでは続けられません」


 王宮でリディアは、数字の外に置かれていた。だからこそ、今は数字を使う。ヘンリックが補足した。


「軍糧試験では腹痛による離脱が前年の半分以下でした。食養院で教育すれば、砦ごとの差も減らせます」


 軍医バルトも続いた。


「薬を減らせる場合もある。胃を荒らしてから薬を入れるより、食事で保つ方が安い」


 男爵は渋々頷いた。食養院の改修は、城下の人々を巻き込んだ。


 石工が壁を直し、大工が棚を作り、兵が水路を引く。村の女性たちは乾燥草の束ね方を教わりに来た。トマは厨房番の代表として、鍋の配置を真剣に考えた。


「この大鍋は入口から遠い方がいいです。子どもが入ってきた時、触ると危ないので」


「いい判断です」


 リディアが褒めると、トマは耳まで赤くした。ユアンは、食養院の最初の講習で体験を話す役を引き受けた。


「干し肉を隠れて食べると、救護所で公爵様に器を支えられます。恥ずかしいので、手順を守りましょう」


 兵たちは大笑いしたが、効果はあった。開院の日、看板にはこう書かれた。


 ノルドヴァルト公立食養院。小さな文字で、設立協力者としてセラ・ベルセ、リディア・ベルセの名も刻まれていた。


 リディアは看板を見上げ、しばらく動けなかった。母の名が、王宮だけでなく北境にも残る。


 エルヴィンが隣で言った。


「ここから先は、一人の朝食係ではなく、多くの朝食係が育つ」


「朝食係、ですか」


「あなたはその名を捨てたいのかと思っていた」


 リディアは少し考えた。王宮では、朝食係という呼び名は曖昧で、軽く、彼女を縛るものだった。


 けれど今、朝を作る人という意味なら、嫌いではない。


「捨てません。ただ、名前のない係にはしません」


「では、名のある朝食係を増やそう」


 リディアは頷いた。食養院の最初の鍋は、白い麦粥だった。


 王宮の銅鍋で煮たその粥を、リディアは一人で運ばなかった。トマ、ユアン、村の女性、兵舎の食堂係。多くの手が器を持った。


 湯気は広い部屋にゆっくり広がった。朝を作る仕事は、もう彼女一人の手の中に閉じていない。

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