41 モリーンの回想
41 モリーンの回想
モリーンは一人、窓辺の椅子に座っていた。
午後の光がやわらかく差し込み、膝に置いた刺繍枠を照らしている。
白いハンカチに、小さな花模様を刺していた。
針は慣れた手つきで動く。
けれど、頭の中はまったく別のことを考えていた。
――あの夜会だ。
豪奢なシャンデリア。磨かれた床。ゆるやかに流れる音楽。甘い香水の匂い。
そして――騎士団長と踊る、モリーン。
モリーンの脳裏で、ドレスの裾がふわりと揺れた。
くるりと回る。騎士団長の腕に支えられ、しなやかに背をそらす。
思わず、ふっと笑みがこぼれた。
針が止まる。
あの方、本当に優しかった。
大きな手。支える腕。
不器用なのに、妙に丁寧だった。少し照れたような顔をしていたのも、なんだか可愛らしかった。
ああいう真面目な男はいい。
疲れていても約束を守る。不器用でも、人を裏切らない。
そして――あの若い騎士。
モリーンは針を持ったまま、小さく首を傾げた。
可愛らしい子だった。
真面目そうで、騎士団長を見上げる目がきらきらしていた。
ただ、ハンカチを拾ったことから始まったのよね。
恋って、不思議で大変だこと。
窓の外へ目を向けると、庭師が遠くで木を剪定していた。
静かな午後だった。
自然と、夜会の続きを思い出す。
思いがけず、マイクとケイト、それにあの二人と話ができた。
ケイトが冒険者だと聞いた時は驚いた。
――あの子が?
苦労しているの?
そう思った。
けれど、話を聞けば妙に納得もできた。
「あぁ、登録自体は誰でもできますよ」
マイクが肩をすくめながら言った。
「こちらのモリーン様でもなれます」
「まぁ、わたくし?」
思わず、少し高い声が出た。
すると隣にいた若い騎士が、妙に真剣な顔になったのが面白かった。
「危ない仕事ばかりじゃありません」
マイクは穏やかに続ける。
「仕事は選べます。王都の中の依頼もあります。書類仕事もあります。ケイトは王都で働いています。薬草を採ったり、薬師の勉強もしていますね」
「まぁ……」
確かに、元王太子妃候補だったのだ。
身につけたものは多いのだろう。
すると、騎士団長がふいに言った。
「誰でも、冒険者になれるのか?」
低く落ち着いた声。
興味など示さないと思っていたから、少し驚いた。
しかも、隣の若い騎士まで真剣な顔になっている。
「登録するだけですから」
マイクはさらりと言った。
「危険な依頼もあります。でも、やるかどうかは自分で決められます」
騎士団長が少し考えるように目を伏せた。
――あれは、決心する男の顔だ。
モリーンは小さく息を吐く。
いったん覚悟を決めたら、止まらない。
そんな男だ。
「いい仕事だ」
騎士団長がぽつりと言う。
隣の若い騎士が、間を置かず真顔で呟いた。「です」と。
その瞬間、吹き出しそうになった。
本当に可愛い。
そして同時に、なぜだか胸がじんとした。
あの二人の目に宿っていたものが、少し羨ましかったのだ。
ためらいのない、まっすぐな情熱。
そのあとも楽しかった。
ドロシーは『モリーンが講師になったら生徒が泣く』と笑い、『ハリエットなら字を教えられるわ』と褒めた。
若い騎士が、なぜか感心した顔でハリエットを見ていたのも印象的だった。
本当に真面目な子だ。
それに、ローズライン家の面々が、なんとかケイトに話しかけようとしているのは、可笑しかった。
大使たちが大人げなくケイトを取り囲んでいたので、それもできないようだった.
だから、エスコートして来たマイクに話しかけようと近寄って来た。
それをドロシーとハリエットと協力して三人で牽制したのは、いい仕事だった。
ベルウッド家がケイトの母親の実家かしらね? うろうろしていたけど、なにもできなかったみたいね。
少し、調べてみようかしら。ちょっとした興味、ということで……
モリーンは針を置いて、窓の外を見る。
あの二人は、このまま静かに人生を終えることだってできる。
貴族として。
騎士として。
誰にも何も言わず、決められた道を歩いて。
けれど――きっと、あの騎士団長は動く。
そして若い騎士も、一緒に行くのだろう。
マイクのような先輩もいる。
ああいう人がいる世界なら、案外なんとかなるのかもしれない。
モリーンは小さく笑った。
口出しはしませんけれど。
貴族の女として、余計なことはしない。
本人たちの人生だ。
でも、やはり、見張り……いえ、見守りたいわね。
そしてまた針を持つ。
小さな花を、ひと針ずつ縫っていく。
静かな午後だった。
◆◇◆◇◆
明日からダンジョンに戻ります。




