02 この人たちはどうなる?
連載はここから、始まります。
02 この人たちはどうなる?
さて、話はあの婚約破棄の夜会に遡る。
「待て、キャサリン。話は終わっていない」とロバート王太子が言った。
だが、その声を遮るように、アビゲイルが一歩前に出た。
「これでわたくしも苛められることがなくなりました。嬉しいですわ」
そう言って、アビゲイルはロバートを見上げる。
その一言で、場の空気は完全に流された。誰一人として、去っていくキャサリンを追いかけようとはしなかった。
「そうだな。今まであれを排除できなくて申し訳なかった。だが、これからは安心だ」
王太子がそう言い切った瞬間、待たされていた楽団が一斉に音楽を奏で始めた。
ロバートの表情にはわずかな憂いが浮かんでいたが、それを気にする者はいない。アビゲイルは得意げに微笑み、すぐに踊りの輪へと加わった。
華やかな音楽が広間を満たす。
だが、その裏側では、確かに別の流れが生まれていた。
「死んだ母親の遺産の宝石を後妻の娘が持っているってことは、つまり盗ったってことだよな」
「平然としているのがまたな……」
「あの家は一家でおかしい。それに王家も……」
「しっ、聞こえるぞ」
ささやきはすぐに押し殺された。しかし、完全に消えることはなかった。
「これで、アビゲイルも幸せになります」
ローズライン侯爵にそう言ったのは、現侯爵夫人エリザだった。
「ほんとうに良かった。キャサリンは我が妹ながら、とんでもない女だった」
続けたのはパーシー。前侯爵夫人の実子であり、キャサリンの実の兄である。
本来ならば兄妹であったはずの二人。しかし、アビゲイルが虐められていると訴えてからというもの、パーシーはそれを疑うことなく信じ、キャサリンに冷たい態度を取り続けていた。
やがて夜会は終わり、四人は屋敷へと戻った。
翌朝、キャサリンが屋敷に戻っていないと知らされたパーシーは、さすがに驚いた。
どれほど意地が悪かろうと侯爵令嬢だ。あれほどのことを言われても、最終的には戻ってくると考えていた。
それが帰っていない。
途中で何かあったのか。攫われたのか。
一瞬、そんな考えがよぎる。
だが、すぐにその思考を切り捨てた。
勘当された平民がどうなろうと関係ない。
そう結論づけると、パーシーは意識を切り替えた。
これからはアビゲイルの時代だ。王太子妃の実家となる侯爵家の未来は明るい。
その栄光を思い描き、満足げに息を吐いた。
その後、仲間たちと街へ出たときのことだった。
ふとした瞬間、視界に見覚えのある姿が映る。
キャサリンだった。
粗末な服を着て、通りの端に立ち、クレープを食べている。
そして、笑っていた。
心から楽しそうに。
その光景に、パーシーの足が一瞬止まる。
だが、すぐに首を振った。
違う。あれは空元気だ。やけになっているだけだ。
そう思い込むことで、胸の奥に生まれかけた違和感を押し込めた。
◆◇◆◇◆
園遊会の翌日、王妃は気分よく目を覚ました。
昨日の出来事は実に興味深かった。
息子がキャサリンに婚約破棄を突きつけたのだ。
狼狽え、助けを求めてくる姿を期待していた。
だが、侯爵が突然勘当を言い渡したことで、キャサリンは混乱したままその場を去ってしまった。
すぐに思い直して戻ってくるだろう。
そのときは慈悲を示し、側に置いてやろう。
そう考えていた。
しかし、キャサリンは来なかった。
侯爵家に戻ったのだろうと思い、使いを出して確認させた。
返ってきた報告は予想外だった。
侯爵家にもいない。
王妃は眉をひそめた。
それでいいのか。娘がいなくなっているというのに。
侯爵にも確認を取らせたが、返答は冷淡だった。
「勘当した娘のことなど知らぬ」
そこまで言い切ったのだ。
あの家が冷たいことは知っていた。だが、ここまでとは思わなかった。
そのとき、ふとキャサリンの言葉がよみがえる。
死んだ母の遺産である宝石を、アビゲイルが持っている。
侍女にも確認させたが、確かにそう言っていた。
侯爵はそれを認めている。
王太子も知っている。
もし事実ならば、王室がそれを容認したことになる。
泥棒を認めるなど、あり得ない。
王妃の顔色が変わる。
すぐにお茶会を開き、貴族たちの反応を探らねばならない。
最悪の場合、王太子を切り捨てる必要も出てくる。
そこまで考えたとき、王妃はもう一つの存在を思い出した。
王宮の隅に追いやっている第二妃の息子。
「すぐにお茶に呼びなさい」
侍女にそう言いつけた。
◆◇◆◇◆
園遊会の騒ぎが落ち着いたある日。
王太子は侍従に起こされた。
「殿下、視察に遅れます」
「視察など、あれにやらせればいいだろう」
不機嫌そうに吐き捨てる。
「あれとは、キャサリン様のことですか」と侍従が問う。
「そうに決まっておろう」
「もう、いらっしゃいません。婚約破棄の後、勘当されております」
「それがどうした」
「いらっしゃらないのです。ですので、お越しにはなれません」
「なんだと?」
「お起きください。視察のお時間です」
半ば強引に起こされ、馬車へと押し込まれる。
その中でも王太子は苛立ちを隠さなかった。
「なぜ、わたしがこんなことを……婚約破棄された程度で仕事を放棄するとは」
今日の視察先は、水害の被災地だった。
一昨年の河の氾濫で村は水没し、多くの死傷者を出した場所である。
キャサリンは真っ先に現地へ向かい、人々を励まし、無理を押して予算を確保し、食料支援を行った。
その後も何度も足を運び、復旧の様子を見守り続けた。
共に泣き、共に働き、炊き出しのスープを一緒に作り、一緒に食べた。
少しずつ、人々は笑えるようになっていった。
そして今日は、最初の収穫を祝う式典の日だった。
だが、王太子の目に映ったのは、いまだ傷跡の残る土地と、粗末な仮屋の並ぶ光景だった。
その瞬間、露骨に顔をしかめる。
「王太子が来る場所ではない。式典は勝手にやれ。わたしは帰る」
そう言い放つと、本当に踵を返した。
帰りの馬車の中で、
「おまえは何を考えている。このような公務は断れ」
侍従に怒鳴りつける。
侍従は、ただ黙ってうなずいた。
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