11 王太子の執務室
11 王太子の執務室
王太子の執務室は、足の踏み場もなかった。
机の上はもちろん、脇の棚も、窓際の台も、書類が積み重なっている。三日前から誰かが手をつけようとしたらしい形跡はあるが、むしろ積み方が崩れているぶん、余計に惨状に見えた。
侍従のレイモンドは、そのなかで唯一片づいた一角に立ち、ため息ともつかない息をついた。
「殿下。お聞きください」
ロバートは窓の外に背を向けて立ったまま、返事をしない。
「この三日で未処理になった書類です」
レイモンドは一番上の束を持ち上げた。それだけで、手の重さがずっしりとくる。
「視察の報告書。各地からの陳情。商工ギルドとの調整案。河川整備の予算承認。これが今週中に必要なものだけです」
「それを片づければいいだろう。お前たちで」
「できません」
きっぱりとした声だった。珍しく、レイモンドは引かなかった。
「文官たちも三日、家に戻っておりません。皆でやれるだけのことはやりましたが、決裁は殿下のお名前がなければ動かないのです」
ロバートがゆっくりとこちらを向く。その顔には、疲労とも不満ともつかない色がある。
「キャサリンがいた時は、こんなことにはならなかった」
「はい」とレイモンドは言った。「キャサリン様がいらっしゃらないのですから、仕方がないです」
短い沈黙があった。
「アビゲイルを呼べ」
「あの方には無理です。それはお分かりだと存じますが……」
「だが、妹だ」
「そうですね。三か月早く生まれた妹」
「そうだな」
「殿下」
レイモンドは書類の束をそっと机に置いた。
「どうか、仕事をしてください。文官たちも、もう三日、家に帰れておりません。みな、それでも残っております」
部屋の外の廊下から、かすかに人の気配がした。文官たちだ。扉の向こうで、固唾を飲んで待っている。
ロバートはしばらく動かなかった。
それから、ゆっくりと机へ向かい、椅子を引いた。
「わかった」
レイモンドはかすかに、本当にかすかに、安堵の息を吐いた。
「ありがとうございます」
山のような書類を前に、王太子は初めて、ペンを手に取った。
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