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第二の星で  作者: ぷりお
87/101

87.【少女と抱擁】




眩く、白い閃光が、走った。

イブ達を照らし上げるそれは、太陽の光を直接浴びせるような光量で、慣れぬメサイアはそれに呻きを上げた。




「うわぁっ………!」



死にゆくパイロットの悲鳴が、ドミティアンのコックピットを包み込む。


しかし、通常であればミュートされるであろう、

これがなぜ。



イブ・ナティアのドミティアンは、建物を倒壊させないよう、若干の高度を保ち、さらに加速をかける。

メインコンピューターは、赤円を目的のメトロ・ポリシーの所在としたが、それは砂嵐に覆われ、再び座標を修正し直すという、不完全なものであった。


どうやら、この戦場一帯のマシーンの爆発か、ジャミング電波を流されている可能性がある。


イギリスが、それをしているとは思いたくはなかった。

それでは、我々テラーストュートとロイヤルミーレスの連携は取れず、エトセーラ達が孤立したノアを援護できなかった裏付けとなってしまう。


しかし、そんな焦りを見せるイブの横、メサイアは、

これこそメローのやることであると、確信した。


現に、先の悲鳴がこのコックピットにまで届いたのも、機器の機能を阻害する何かがあったからだ。



人の最期の肉声というのは、メサイアには堪えた。



「しかし、本当にお兄さん…アダムが?」



メサイアは、その余韻に浸ると、頭から自分の魂が抜けていってしまいそうで、必死に眼前の少女へ声をかけた。

おそらく、過度のストレスとショック症状による貧血であったが、戦場の緊迫を交えた絶叫というのは、

自身の魂を引き抜いてしまうのではないかという恐怖があった。




本当は、口に出したくはない言葉だ。

仮にイブがこの問いを肯定すれば、自分は彼女の兄を寝取った女だ。しかし、イブを引きつけられる話題というのは、先の彼女の失言を掬うものしかなかったのだ。



それに、この罪悪感。

罪悪感が湧くということは、彼女がアダムを兄と慕っていたとしても、兄妹にある、血の結びが見せる親和的な愛情、親しい者だけに向けられる愛情が無かったからだ。


イブがアダムに向けている愛情は、やはり、どこか他人行儀なもので、家族のそれとは決定的に違うのだ。

言葉を選ばなければ、異母兄妹へ向ける愛、というところであろう。つまり、新鮮味を孕む愛。

この人に出会えたという愛なのだ。


兄妹間に育まれる、土着に似た愛ではないのだ。

そして、その馴染みの愛というのは、生まれ同じく、食事も同じものとする肉親でしか発生し得ないもので、アダムとイブにそれは決定的に無いと言える。



その確信は、メサイアに若干の安堵を与えたのであった。




イブは、それをあたかもエスパーのように察知したのか、肩を揺らし、操縦桿を握る手からはビニールを握りしめる音がした。



「……まだ、確証はない。だから、兄さんには。」



一目で確証がないのなら、その血縁は偽造である。



メサイアは一瞬の内の、非道徳的な思考を自分の青いパイロットスーツに身を包んだ手を握り直して、払拭した。



「貴方は彼を好きなのかと……。」



メサイアは言葉を選ばなければ、と感じた。

なぜなら、このイブ・ナティア。どうも戦艦ノアに

自分が受け入れられた時から、人の心奥を無断で弄るような、野生を持っている女性であるからだ。


イブは齢十七歳である。自分より二年も年下の彼女は、純粋に彼女を子供と見れず。

異物を見るような心構えをしてしまう時があるのだ。


悪癖であるが、生存本能とも言えた。

言葉を口で転がすような遊びは、やめようと感じるメサイアであった。しかし、男性を知り、性長を遂げた彼女が恐怖を抱くのだから、それは相当なものであるのだろう。



「アダムは、私のことは?」



「え……?」



自身に対して、プレッシャーの一手をくれるイブであると予想していたが、口に出された言葉は、メサイアに素っ頓狂な声を張らせた。



「アダムはノアのプレッシャーの話をしたのでしょう。私の話は、何かしていた?」


ヘルメットを外し、振り向いたイブの表情は、頬を赤らめ、湯上りのようで、思春期の少女特有の青さと、独特の色香を感じさせる。


メサイアには、もうそれは失われているのであろう。

それを失わせた、アダム。

彼とマシーンで過ごした一夜は、良いものであった。

しかし、彼は自分の不安と、無念を赤裸々に語るだけで、ただの一度もイブの話をすることはなかった。



「………ごめんなさい、覚えていないわ。」


メサイアの言葉、イブには、嘘とわかった。



「……兄さんであるはずよ。そう、想っていれば。」



途端、コックピット全体をブザーが包み込んだ。

同時に座席と周辺機器が細かく振動を起こし、

メサイアはそれを敵の攻撃と勘違いをして、

若干の怯えを見せたが、イブはそうではなかった。


これは、警報に伴う揺れで、音感が遮断されたもしものために、座席も共に振動をもって、敵襲を伝えるのだ。

イブには必要ないものなので、切っていたのだが、どうもジャミング波は本当であるらしい。



「あれは……!」


イブの後ろのメサイアの声、

先の黒い機体ではなかった、灰色の機体が自分達の遥か後ろを追尾している。

イブは、メインコンピューターを操作し、それをディスプレイの一部に拡大させた。



「セルヴス、帝国の量産機。」


イブの呟き、一目で帝国の機体であると見分ける。

直感のようであった。しかし、エスパーのような直感ではなく、辞書を引くような速さからの言葉。


メサイアは、なぜイブが帝国の機体を調べているのか

不思議に感じた。

こういう行動が、イブ・ナティアを、食えないものとするのだが、彼女にその自覚はないのだろう。



「アダムは、そういう時、どういう反応をする人なの。」



イブは、淡々といった。



「え………」



メサイアは、少女のその言葉に絶句し、同時にあの機体は味方が乗っているのかと、錯覚してしまう。

そんなわけがないのだが、それほどまでに、場にそぐわない発言なのだ。


食えない、という話ではない。

理解を拒む彼女であった。

なぜ、ここでアダムの話を飄々と切り出せる。



「……どういうんです?」



喉からそう捻るしか無いと感じた。



「兄さんは、どうすれば喜ぶ……?」



メサイアは、頭を抱えたい衝動に駆られた。

イブが今聞いているのは、アダムの感度と、性感帯だ。



「帝国の機体が、来てるのよ」



「ねぇ、貴方に私の想いを聞かれてしまった。

その私の気持ちを考えてよ!」



イブは、初めてかもしれないほどの声量であった。

喉が細かく揺れるから、その声は震えていたが、

メサイアは嫉妬の怒り故の震えと感受した。


そして、その場違い的な能天気さ、思考は、

メサイアの堪忍袋を殴りつけるようなものであった。

 


「勘弁してよ……あれは、月の帝国の機体は、私の国を、故郷を壊してるのに、貴方はよくもそんな!」



後部座席、イブの頭を預かる場所を掴み、それを激しく揺らす。何度かイブの頭髪が反芻し、メインコンピューターに映る表情は、さらに羨望を泥でこねくったような表情に変わっていく。



「貴方は良い、帰ればアダムがいるのだから!この国が負けてしまっても、ノアに共に帰れば、アダムとまた慰めあえるじゃない。私は許せない!認められない!そんなことは、絶対に認めない!」



イブは、続けたいようであった。



「戦いなど、私は慣れている!いつでもできる!そうやって生きてきたの、でも、男の人の事を私は知らないから、それを教えてもらわなければ!!」



一通り怒鳴って、



「貴方は、私から兄さんを取った……!」



その一言を添え、肩で息をする彼女は、絶句するメサイアを他所にした。視界が滲むが、それは小さな破裂音と、頬の若干の痛みと衝撃で消え去っていった。



「……!」


ジリジリと焼けるように痛む頬。そこをビニール越しの左手で覆った。


イブの頬を、メサイアは思い切り叩いたのであった。



「私が、それほど安い女であるわけがないでしょ!!」



横のメサイアは叫び、視線を移す。

彼女の瞳からは大粒の涙が落ち、それはイブの顔へ滴っていった。

イブは、伸び始めた頭髪に両の瞳を隠した。

手が震え、これは言ってはならないと感じる。

胸から熱く込み上げるそれは、一瞬の熱量によるものであると。しかし、言わなければ腐りきった言葉であった。



「……そりゃ、安いよ。兄さんを取るな!あの人が兄さんでないとわかったら、私は月に行く!もう、私を放任した地球の人間を許しはしない。」



補助シートから体を乗り出し、仮の足置きから

見下ろすメサイアは、イブへ感傷を抱いた。


自分はアダムとの交わりを通して、ジェナを失った彼を再起させて、戦いへ出向くまでの癒しとして欲しかった。

それは、彼自身がジェナに求めていたことであったし、自分の言葉だけでは、慰めにはならないと感じたから。身の代わりを務める気概で、彼と向き合ったのだ。


そうしたのは、彼女自身、ダッケルからの慈愛に

あやかった記憶があったからであろう。

部屋に閉じ込められていたメサイアは、一見極端に

思えるこのやり方を、真に正しいことであると確信した。それは、ダッケルの責任でもあると言える。


しかし、その身を投げる慈愛を最も必要としていたのは、イブであったのだ。

女性同士ではあったが、イブを慰めることこそが最もであると今気がついた。



メサイアは言葉を発さず、後部座席体の背もたれに再び体を預けた。振り向くと、イブの揺れる肩と真っ白な首筋が見えていた。


咽ぶ彼女は、失恋した少女のそれであった。


イブは無口だ。

それ故、強い人間であると確信していた。

それは、戦艦ノアでの恐怖を見せない振る舞い、

アダムへの会話、クストへの苦言と、スタームの戦闘の際の位置どりの指示などを、淡々とこなしていたからだ。


恐れをなさない姿にメサイアは、畏怖まで覚えたが、

戦争への恐怖も、毎回のように死んでいくクルーへの想いも、そして、アダムへの恋も、

全て言葉に現せない子であるとわかった。



メサイアは、彼女のその側面という言葉では生易しい、彼女の心奥を自分だけが知ったと、自惚れた。

ジーネンは、周知のことであったのかもしれない。

しかし、性交に夢中なアダムや、クストに気付けたことではないだろう。



思えば、アダムの営みは、貪るような、野犬のようなそれであった。初めてであるのだから、仕方がない。

そう思い込み、それ以降掘り返すことはしなかった。


しかし、それは違うのだ。

この二人は、ネオ・エンズルズもとい、強化人間だ。

つまり、少なからず手を加えられている。

あのジーネンがそんなことをしているとは考えたくなかったが、体制に呑まれる人間はどんなことでも行えるのは、世の常だ。


感情の障壁が臨界へ向かうほど、抑制された本性が

剥き出しになる可能性がある。

そういう意味では、彼らは真の人間であるのだ。


その臨海は、アダムはメサイアとの営みで、

この少女はそれへの嫉妬であったというだけだろう。



今までの冷徹な彼女は、彼女でなかった。


同時に、アダムの本性は、あの荒さであるのかと、

若干の失望紛いのこともしてみる。


強化人間であっても、アダムの体は健全な青年のそれであった。イブの流す涙も太陽を反芻する、透明そのものであった。



後部座席から、その首筋へ手を伸ばす。

イブは怯えたように肩を震わせるが、それに敵意が無いとわかると、涙で乱れた瞳と長いまつ毛を、こちらに向ける。


イブの胸の側までそれを持っていき、優しく交差する。

座席に体全体を寄せ、イブのパイロットスーツ越しの背中を感じた。彼女の後頭部が預けられた位置に、自分の顔を預け、頬を撫でさせる。


イブは、抱擁であるとわかった。



「私が、兄妹二人を愛してあげるわ。女王になる前に、これをしなければいけない。」



次は、手を掴んで、少女は泣いてしまうのであった。


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