106.【ルイーナ】
「身動きしないマシーンなどとは、ただの置物か、戦艦のなり損ないじゃないか!」
コックピットで、操縦桿を両手で握り、胸を逸らして笑うのは、サラーシャである。
ラッツェルの編隊と合流し、再び逆三角形の形をとった時。
前方の一直線、暗闇に覆われ、月明かりに照らされる建物だけが凹凸を作る一筋の道の先に、その月の光と同じ発光をする純白の機体のシルエットが、ラッツェルを先頭にした部隊に確認できた。
そのシルエットを視認すると同時に、サラーシャの後ろの殿が怯えるような声を上げた。
それは、その純白の機体が上げる声もそうであったが、聳える王宮の後ろで、二隻の戦艦が発する音も混じっていからである。
そして、サラーシャ達はそれをレーダーに感知するに至らなかった。そのため、あの機体の鳴き声が、とても恐ろしいものに感じられるのだ。
それに加えて、ジャミング波が発生し、サラーシャ達の通信は途絶され、接触回線を開こうと横を飛行するマシーンへ手をかけようとする。
しかし、電流の輝きが、サラーシャのセルヴスのマニピュレーターを走った。
それは、バリアーが為すことである。
そのバリアーは、サラーシャ達が三秒も経たずに、その機体までの距離を三百メートル縮めた時、サラーシャ達を覆うように展開された。
サラーシャ達を包む、無機的な物体があると認識すると、バリアーは拡大し、機体全てをそれぞれ包み込んだのだ。
「接敵するぞ、戦闘開始から五分経った時に、増援がアレを援護したら後退信号。そうでなければ、第二波と合流、敵を撃滅いいな!」
ラッツェルの叫びに答える声はなかった。
彼女は、それに苛立ち、わざわざマシーンの頭部を使って、自分の後ろをつくマシーン達を振り返った。
「貴様ら、聞いていたのか!」
その叫びにすら、返事が返らず、ラッツェルは腹の底からため息をついた。
ヘルメットのバイザーを降ろし、機体の左袖下腹部を右マニピュレーターで操作させた。
照明弾の赤、それは第二波発進の合図である。
地球軍の戦艦は後退し、英国の戦艦は目視する範囲にはいない。ストラッズとタイタニスには追い上げを頼みたい。
これは、サラーシャや自身の部下に一度相談をと考えたが、それも不可能らしい。
第二波には、ダッケルがいる。それと合流すれば、まだコミニュケーションは可能だろう。
ククルは、精神不安定だからと、一度調整がいるらしい。
ラッツェルは、悉く部下の使えなさにため息をついた。
ラッツェルのアコニットは、左腕を飛行した胴体から伸ばす。それに合わせて、機体袖下腹部の空洞が、蠢く音をして、鉄が合致する音がした。
コンソールの合図を受けて、照明弾を射出。
空気が抜けるような心地よい音を立てて、宵闇に赤い照明弾が、その色の煙を纏いながら、天に放たれた。
「照明弾……赤!ラッツェル大尉、なぜ合図をしないのです!」
サラーシャは、自身より数列先を飛ぶラッツェルの機体に声をかけたが、すぐに接触回線は通用しないことを思い出した。
ラッツェルのアコニットは、その機動性から編隊のやや先を飛行している。
「まさか、わかってないのか。ジャミングが発生していると。」
サラーシャの全面、コンソールやコンピューターは問題なく、機体も不備なく飛行している。
それは、マザーマシンの優しさでもある。
この戦場を、機体を使わずに還っていくのは不可能であるからだ。
その時、サラーシャの隣を飛行していたマシーンが、突然立ち止まった。
「ン……?なんだ!」
サラーシャは咄嗟に叫ぶが、ヘルメットのバイザーはエラーを表示していた。
「クソ、なまじ機体は動くから、紛らわしい!」
前方の純白の機体が、その六つのセンサー・アイを紅く輝かせて、その胴体を超音波を発しながら、再び浮遊させるのだ。ケーブルが地面を擦る巨大な音がして、マシーンはゆったりと両腕を構えた。
王宮とやや離れ始めている。メトロ・ポリシーがラッツェル達に向かっているからである。
「散会!!」
ラッツェルが叫び、アコニットを降下させて、建物の影に掻い潜らせる。
しかし、大方の機体は密集したまま停止して、二、三機は同じく四方に散漫した。
「馬鹿どもが!自殺しに来たのか!」
ラッツェルは叫び、機体を加速させる。王宮の裏を回ろうとした時、心臓が跳ねた。
敵戦艦二隻が、その駆動音を最小にしながら、ゆったりと月の光に、その船体を照らされ始めているのだ。
「サラーシャ中尉……!」
ラッツェルが通信回線を、コンソール横の左サブモニターで開いた時、始めてそれが砂嵐に覆われ、耳に入れ難い高音を発しているとわかった。
「気色悪い!あのマシーンのやることは!」
ラッツェルが叫び、戦艦達から逃れるように身を反転し、再び建物を超えて、屋根を滑走路のように飛行し、駆け抜けた。
その時、白い機体が散り散りに逃げ出すマシーンの一機を掴もうとしているのが見えた。
「うわっ……!くるな!」
そう叫ぶ男は、ディスプレイの下に映る純白の機体の、鋭利な爪からなる左マニピュレーターが、自身の足に絡まろうとした時、それに向けて、マシンガンを斉射した。
セルヴスの足を包み込むのでやっとのような、その貧弱なマニピュレーターは、煙を巻き上げながら爆発して、その機体は腕を庇って、耳を刺す高音で、鳴き叫んだ。
爆発の煙を纏い、機体は掲げた爪先から腕の中央までにかけて、それを巻き上げ、スパークを起こしている。
「バリアーを張っていない!」
そう叫んだのは、そのマシンガンを放ったパイロットである。
そして、周囲の十機のマシーンはそれを見て、それぞれミサイルや、バズーカ、マシンガンやショットガンを構え始めた。
ラッツェルも、マシンガンを構え、サラーシャも同じく自身のセルヴスにそれを持たせ、痛みに悶えるような挙動をするマシーンを上空から見つめる。
ラッツェルがもう一度通信を掛けようとした時、やはりそれは砂嵐に包まれ、再び訴えるような少女と、人の呻きを混ぜるような声がコックピットを包んだ。
ラッツェルは背筋を指で突かれるような悪寒が走って、機体を急降下させた。
その時、王宮の両側を潜るように、戦艦二隻が姿を現した。そして、蠅のように飛び交うのは、メイディーンとメーディムである。
「チッ!!」
ラッツェルは舌を鳴らして、上昇をかけながら、近くの機体達に向けて、マシーンの腕でハンドシグナルを行った。
それに気づいた何機は、即座に後退し、サラーシャもその内である。このマシーン、人型にする必要があるのかという疑問は、帝国のパイロット全てに共通していたものだが、このような利便性もあるのだと、自分達を納得させた。
***
「艦長、メトロ・ポリシーです!」
そう叫ぶのは、ブリッジの死体の一つを放置して、そこの赤い溜まりを避けるように、足を組むオペレーターであった。
「よし、ギランミだな。どうやらあの機体、周囲のバリアー散布により、エネルギーが枯渇し始めていると見た。」
艦長の男が呟く。別のオペレーターは、戦艦や各機体に張られるバリアーは、そのままであると。
各機体の所在を確認し、弾幕の装填をさせた。各所にダメージを負う戦艦ではあるが、誘導ミサイルの残弾、主砲、副砲、どれも機能し、弾薬も十分である。
それは、隣のガディヨットー級も同様であった。
「艦長……では。」
また別のオペレーターが、その高座で満足そうに笑う男へ振り向いた。
「あぁ……あぁ!!ギランミ……!そうやって、マシーンで痛がるフリをして、帝国にも捨てられる様は、良いサマだ!!出せよ!メイディーン隊、メーディム隊を!!」
艦長の男が上擦った声で叫んだ。前方のディスプレイに映る白い機体は、帝国の兵士の後退に伴い、煙をようやく払いながら、ゆったりと上昇していた。
その姿、その内部。その先に、自分たちに死を命じたギランミがいるとなると、艦長の男は、軍帽の下でそれを睨み、歯を噛み合わせて、軋ませないわけにはいかないのだ。
***
「大尉、敵機です……!」
サラーシャがマシーンをさらに後退させるが、それは独断専行となった。
そして、波状に飛行する輪を自分一人が抜け出した時、逃亡兵と見なされたのではと、サラーシャの脳裏に明確な言葉が浮かぶのだ。
言葉は形を作って、銃殺刑の映像が流れ出した。
サラーシャの父。地球の生まれで月へ移住し、
月の人類の優性思想により、銃殺にかけられた父と母。狭い部屋に押し込められ、寒く、月の暗さは、その場に暖かさをもたらさない。
いつ見つかるのか。不安に覆われた人生の中で、
未来ある子供だけが助かる方法は、志願兵となることである。
宇宙は遠く、寒いと。それは離陸しなければわからなかった。
その寒気に当てられて、月の人間は、自分は荒んだのだと。
「ならば、ならば人など………全員死んで仕舞えばいいんだよ!!」
操縦桿を握る力は強まり、噛み合わせた歯からは血が滲む。全身にかけられた力は、瞳から水滴を押し出すのだ。
セルヴスは、メトロの鳴き声に合わせて、ジェネレータを唸らせ、その前方の戦艦のうち、右のものに突貫する。
「サラーシャ機か!中尉、勝手なことはやめろ!」
その声は、波状の先鋭に位置したラッツェルの叫びであるが、サラーシャに聞こえるものではない。
「クソ!下のマシーンを片付ける!敵戦艦と敵機はその後だ!」
ラッツェルの掛け声に合わせて、味方機が連携を始めた。声が届いている。それは、メトロ・ポリシーの共振が弱まっている証拠である。
ーー「私のこれは、これは願いなのです……!それが、人殺しの原因となるならば、私はどうすれば……」ーー
その声は、ラッツェル達の耳に、認識としてなだれ込んだ。しかし、その声も銃声に掻き消され、追ってメトロ・ポリシーを包む爆発によって、忘れ去られるのだ。全て幻聴であると。
言葉はねじ伏せられ、目に見えるのは、炎に包まれる
メサイアのみである。
人類は、星の自転に合わせて、再び巡った好機を逃して、それこそが旧世紀から続く呪いなのだ。
「地球に生まれる人間がいるから、私が地球に生まれたから……!私の家族が死んだんだろ!」
「なら、地球の人間も殺してやるよ!月の人間も殺してやるよ!私の家族だけが死ぬのは、おかしいんだよ!」
サラーシャの機体は、弾幕を張り、後退を始める
戦艦に向けて、マシンガンを構えて突撃する。
砲弾が機体を掠め、その度に閃光が起こった。
被弾しているのだ。しかし、サラーシャに傷はない。
機体の損傷もない。
それは、自分の実力に思えた。全て回避しているのだと。サラーシャのヘルメットの中では、涙が後方に流れ落ちた。それは、覚悟や執念も共に捨て去った。
「敵機が接近しています!」
その船体では、艦長に叫ぶオペレーター。
全員が、初めて焦燥を感じて、初めて自分の側で寝そべる死体を意識する。
それは、嗚咽と吐き気を誘い、クルーはそれぞれの反応をした。
全て遅い。胃の温かさを認識する頃、人は後悔もできない。
ブリッジに向けて、直線で上昇する機体。
自分達が、マシーンに乗った学徒と兵士に命じたことである。
身を投げる特攻。それをするのは、帝国のセルヴスなのだ。
「回避しろ!!」
男の裏返った声が響いた時、爆発がそれを覆った。
再び火が巻き起こり、膨らむものは、核融合炉と死体を砕いた爆発。
「バリアーがあったんじゃないのか!!」
一機のメイディーンが叫んだ。
自分達の眼下で、母艦である戦艦のブリッジから上は全て消え去っていた。
その戦艦は船が折れる巨大な軋みを発しながら、煙を纏って、爆発を伝播させ、連続しながら、地面へ向けて降下を開始していた。
「知らないよ!ガディヨットーにつくしかない!」
自分の叫びが、他の機体に筒抜けている。
メイディーンのパイロットは、それを知って体を強張らせた。
遠方から、複数の機体がこちらに向かうブザーが響いた。
ジャミング波の機能は完全に停止し、空中の粒子を吸い上げるテックトュムは機能不全に陥った。
その紫の粒子が再び大気で輝く先。
粒子を引き裂いて進む帝国の増援が見えた。
***
「ラッツェル大尉、第二波が直線ルートにコース固定!第三波も二分後に合流です!」
セルヴスの一機が叫んだ。それは、サラーシャの編隊の殿を務めていたパイロットの駆るセルヴスである。
「よし!あの機体に取り付くぞ!」
ラッツェルが叫び、操縦桿を引き上げ、四機がそれに続いて、反対にまた四機、中央で白い機体の注意を引く機体が二機残った。
「ケーブルがある……!」
地面スレスレを飛行する時、アコニットの破裂音は、その瓦礫を飛び散らせる。
その瓦礫が飛ぶ直後、白い機体を地面に括るケーブルが大蛇の尾のように存在していた。
「大尉!あの機体から熱源が!」
ラッツェルが機体をそちらに向け、白い機体の背後を取ろうとした時、その機体の針のような肩が、赤紫に発光し、スパークを起こしているのが見えた。
空から降りしきった雷雨を連想させる音を立てて、
その機体は胸に腕を交差させて、空中で完全に停止した。
二つに思えた瞳は、横に二つ、そして反対にも二つあるというのだ。
それは、それぞれが赤く発光し、その中央、これまでは見えなかった黒い瞳孔が自生し、震え始めているように思えた。
月以上の発光を伴う機体。ラッツェル達は後退する。
そして、自分の右上には、サラーシャが突貫した戦艦が、ひしゃげる音を立てて、破片を街に撃ち落としていた。
その音は、鯨の怒りにも聞こえる。
大地を震わす音である。
人間が作り上げた、自然の音である。
ラッツェルがコンソールの右サブモニターを使って、
ディスプレイにメトロの頭部を拡大した時。
嘴を挟む鋭利な兜。その中央の黒い窪みと、人の瞳。
その中に隠された、女性のような顔が、暗闇の底で微笑した。
メトロ・ポリシーの両の肩へ収縮したエネルギーは臨界した。
翼を靡かせ、それが、胸の内の両の手を大きく天に広げた時、けたたましい音と共に、赤い閃光が走った。
空中に一度その光の全てが放たれ、星空と黒、そして白い空を赤が侵す。
それはビームレーザーであった。
データにあったナーケルという強化人間の扱うアコニット、それに装備されたホーミング・レーザー。
それを一本ずつ拡大し、さらに肥大させ、本数はそのレーザーの倍以上である。
ラッツェルの瞳は、凱旋の花火を見つめた時以来の光量を受けた。それはバイザー越しであっても、視線を焦がすものである。
この首都を保護するために、バリアーへ扱われていたエネルギー、その全てが牙を向いた。
街を焼く火より遥かに高純度の輝き、それは空中より落下し、メトロの周囲の王宮を焼き払い、戦艦の破片を砕いて、戦艦そのものを巻き込み、隕石のように街に降り注いだ。
「大尉…………!」
自身の横を、白いマシーンに正対しながら後退した機体は爆散した。
爆音が響く。そして、街が砕かれる。次は自分なのだろうか。ラッツェルは初めて悲鳴をあげた。
機体のやることであるが、その機体にしかやれないことである。
人間の開発したマザー・マシンは、人間を食い潰すのだ。
地球を、次は宇宙を食い潰す人類への、復讐なのだ。




