95.離宮へ(ダニエル)
帝国の騎士団を率いてエルドレドへ向かう。
行先は王宮ではなく離宮だが、王宮にも連絡済みだ。
もっとも、王宮に連絡がいくころには離宮についてしまうが。
帝国の馬車は大きくて揺れが少ない。
山奥にある離宮まで、この馬車なら三日もしないで着くだろう。
ガタゴト揺れる馬車の窓から見える風景が懐かしく感じる。
帝国に留学していた時も、エルドレドに帰省する時はこんな風だった。
あの頃はエルドレドに帰るのが憂鬱だった。
帰ったことを知られれば王女に呼び出されるかもしれない。
こっそり帰ってはすぐに帝国に戻る。
幼いリンネアに寂しそうな顔をされても、
家族に迷惑をかけないためにはそうするしかなかった。
リンネアが王太子の婚約者でいる限り、俺が王女の相手に選ばれることはない。
それなのにいつまでも王女が俺に執着しているせいで、
オードラン公爵家に嫁いできてくれる人を探せなかった。
ドノン侯爵家の長女だったエレーナと会えたのは偶然だった。
エレーナはエルドレドの学園に通っていたし、
俺は夜会にすら出ていなかったから会う機会はなかった。
王都内で馬車が故障していたところに偶然通りかかった。
修理には時間がかかるというので、エレーナと侍女を屋敷まで送り届けた。
令息と一緒に馬車に乗るのが初めてだったエレーナは、
顔を真っ赤にして侍女に隠れたそうにしていた。
最初から妻にしようと思ったわけじゃなかったけれど、
お礼の手紙をもらってから何度かやり取りをし、
おとなしいけれど聡明な女性だと知って、妻にしたいと思うようになった。
ドノン侯爵はオードラン公爵家からの婚約の申し込みにはいい顔をしなかった。
アンジェラ王女に何かされるとわかっていたからだ。
必ずエレーナを守る、絶対に離縁はしないと侯爵に誓い、
なんとかエレーナに求婚させてもらった。
エレーナは戸惑っていたけれど、それでもうれしそうだった。
帝国の学園を卒業してすぐに結婚し、オードラン公爵領へと向かった。
あとから聞いた話だが、王女の暴れっぷりはすごかったらしい。
それでも結婚してしまえばあきらめるだろうと思っていた。
だが、俺を奪われた腹いせなのか王女はエレーナの友人を攻撃し始めた。
エレーナと関わればひどいめにあわせると脅し、孤立させていった。
いつも穏やかに微笑んでいたはずのエレーナは、
だんだんつらそうな顔をするようになっていった。
それでも王女が帝国に行けばそんなこともなくなる。
そう思っていたのに、なぜかリンネアが代わりに行くことになってしまった。
リンネアが王太子妃ではなく、帝国の皇太子妃になることは反対しない。
ナタニエル様に嫁ぐよりも幸せになれると思っている。
だけど……エルドレドに残ることになった王女からの誘いは執拗になっていく。
そのうちドノン侯爵家まで攻撃されるようになり、
エレーナはみるみるうちに痩せ細っていく。
終いには私とは別れた方がいいのでは、なんて言い出した。
俺にとって、エレーナよりも大事なものはない。
なんて言ったところで信じなかっただろう。
だから、父上と相談してエルドレドを、公爵家を捨てることにした。
さすがに帝国に移住すると知ったエレーナは驚いていたけれど、
ようやく安心したように笑ってくれた。
帝国に来てからは落ち着いて生活できるようになって、
痩せた身体もかなり戻ってきている。
父上と母上も帝国に着いて、何一つ問題なく過ごせている。
結果的にエルドレドを出てきて本当に良かったと思う。
だけど、ナタニエル様とアンジェラ王女を許すかは別の話だ。
「ダニエル様、もうすぐ離宮に着くそうです」
「そうか」
どうしても一緒に行くと言ってきかなかったから、
クルスも連れてきている。
クルスもナタニエル様には言いたいことがあるのかもしれない。
リンネアが王宮に通っていた頃にはずいぶんと我慢していたから。
離宮は帝国とエルドレドの王都を結んだ道路から外れたところにあった。
比較的帝国に近い場所ではあるけれど、何もなければ人は来ない。
ひっそりとした森の中に隠すように小さな屋敷が建てられている。
周りを高い壁で囲んでいるから、逃げようと思っても無理だっただろう。
その門の前で騎士団長が門兵と言い合いになっていた。
馬車から降りてクルスと向かう。
「だから、帝国の騎士団だと言っているだろう。
早く門を開けるんだ」
「そんな連絡は来ていません!王宮から許可を取ってください!」
めずらしく真面目な門兵なのか頑なに門を開けようとしない。
間違ってはいないけれど、帝国の騎士団なら無条件で開けなければいけない。
「おい、そこの門兵。俺の髪色に見覚えはあるか?
元オードラン公爵家のダニエルだ」
「え?オードラン公爵家って元婚約者様の家の……」
「そうだ。リンネアの兄だ。帝国の皇太子代理として来ている。
ナタニエル様と話をしなければいけない。ここを開けてくれ」
「は、はいっ!わかりました!」
オードラン公爵家の名が通じるかどうかは賭けだったが、
リンネアの兄だということで信用してくれたらしい。
ぎぎぎぃと古びた門が開けられていく。
数台の馬車と十数頭の馬を止めると、
騎士たちが屋敷の中に駆け込んでいく。
使用人らしき者たちが慌てているが、帝国の騎士だとわかって座り込んだ。
真っ青な顔をしている。騎士が来ることに心当たりがあるんだろう。




