89.危なかった(クララ)
「大丈夫だったか?」
「もう!捕まるところだったのよ!?」
「ごめん、ちょっとだけだと思って」
「しばらくは警戒するから酒はやめてよね」
「ええ~?ちょっとくらいはいいだろう」
お父様が来てくれるのがもう少し遅かったら捕まっていた。
ペンダントは笛になる特別なもので、
吹けばお父様に聞こえるようになっている。
酒好きなお父様が酒場に行っている間は一人になってしまうから、
何かあれば笛を吹いて知らせるようになっていた。
「まさかこんな下町まで騎士が捕まえにくるとはなぁ。
もう少し隠れて行動したほうが良かったか」
「お父様、あれは皇太子と婚約者だったわ」
「何?……ついに知られてしまったか」
帝国に来てはいけないと言われていたから、
王族に見つかってはいけないのはわかっている。
それでも危険だとわかっていても帝国で活動しているのは、
お父様が王族に戻ろうとしているから。
直接王宮に訪ねて行けばと言ったけれど、
そんなことをすれば捕まるだけだと呆れられた。
お父様は死んだことになっているから、
王族だと認められずに殺されてしまうだろうって。
「ねぇ、本当にこんなことしてて効果あるの?」
「ある……絶対にあるはずだ。
弟のエルネスティよりも俺のほうが優れていると有名だった。
それに属国を助けることをよく思っていない貴族も多い。
エルネスティを皇帝から降ろして、俺を皇帝にしたいと考える者がいるはずだ」
お父様がいることに気がついた高位貴族が後ろ盾になれば、
もう死んだことにはできない。
そうして貴族たちに存在を知らせた後は、
第一皇子だったことを理由に皇帝の座につく。
お父様が皇帝になったら、属国を助けるのはやめるらしい。
そうすれば秘術を使わなくても問題ないし、
私が王女でも文句は言われないだろうからって。
「だといいけど、いつになったら迎えに来てくれるのかな。
心当たりがいるなら会いに行けばいいのに」
「貴族というのは突然会いに行っても会えないもんだ。
向こうから迎えに来るのを待つしかない」
「はぁぁ。早く来ないかな。
あの場所から出てきちゃったから泊まる場所を探さないと」
「仕方ないな。今日は宿に泊まるか」
「やった!ちゃんとしたとこで眠れる!」
本当は毎日宿に泊まりたい。
でも、そこまでお金を持っていないから、
できるかぎり治療した平民の家に泊まっている。
ついでに食料ももらうけど、お金をもらえることは少ない。
もっとまともな平民相手に治療したいけど、
騒ぎになると困るから仕方がない。
宿に入って、お湯をもらう。
湯あみはできないけれど、これで身体を拭くことができる。
私が部屋で身体を拭いている間、お父様はまた飲みに行ってしまった。
飲むことくらいしか楽しみがないのはわかるけど、
あまりお金使ってほしくないんだよね。
「まぁいいか~なんとかなるでしょ」
ベッドに転がってごろごろしていると眠くなる。
一人で使えるベッドが気持ちよくて、いつの間にか寝てしまっていた。
次の日、まだ皇太子たちが探しているかもしれないから、
おとなしく宿の中で過ごしていると、ドアがノックされた。
寝ているお父様を起こすと、様子をうかがう。
「あの~こちらにユーリイス様はいらっしゃいますか?
わたくしはある方の使いでこちらに参りました」
お父様を見れば、目を輝かせている。
もしかして、貴族が迎えに来た?
それでもドアは開けずにお父様が問いかける。
「誰の使いなんだ?」
「エルポ伯爵の使いでございます」
「エルポ伯爵か……」
お父様が予想していた貴族ではなかったのか、がっかりした顔になる。
それでも話を聞いてみようと思ったのかドアを開けた。
そこには質のいい服をきた使いの者が立っていた。
「屋敷にお連れするようにと言われております。
こちらをどうぞ」
差し出されたのは手紙のようだ。
「招待状か……ふむ」
招待状に何が書かれていたのかわからないけれど、
お父様の機嫌は一気によくなった。
「よし、行こう」
「え?行くの?」
「ああ、食事に招待された。
会ったことはない貴族だが、話をしてみよう」
「わかったわ」
宿から出ると、大きな馬車が待っていた。
こんな馬車に乗るのは久しぶり。
馬車は郊外に向けて走っているようだった。
街並みが少し寂しくなったと思ったら、大きな屋敷の中に入っていく。
「ここが伯爵家の屋敷なのか?」
「こちらは別邸になります」
「別邸がこの大きさなのか」
屋敷の中はユグドレアの王宮ほどではないけれど豪華に見える。
伯爵家だと言っていたけれど、お金持ちなのかもしれない。
「これはこれは、ようこそおいでくださいました!」
奥の方から大きな男性が笑顔で出てくる。
「お前がエルポ伯爵か?」
「ええ、そうです。お会いできて光栄です、ユーリイス様」
「おお、そうか。こっちは娘のクララだ」
「クララ王女ですね。ようこそいらっしゃいました。
ユーリイス様に似てとてもお美しい。
ささ、こちらへどうぞ」
にこやかな男性は私を王女だと呼んだ。
そのことがうれしくてたまらない。
そうよね、だって王族であるお父様の娘だもの。
無条件で王宮に迎え入れられて当然なのに。
あの皇太子の頭が悪いんだわ。
奥の部屋は食事室なのか大きなテーブルが置かれていた。
用意された席に座ると、食事が運ばれてくる。
「まずは食事をしながら、ゆっくり話を聞かせてください。
ああ、酒がお好きならばいいものを持ってこさせましょう」
お父様が喜んで飲んでいるからか、伯爵がどんどん酒を持ってくる。
伯爵とお父様がいろんな話をしているのを聞きながら食事をしていると、
お腹がいっぱいになってしまった。
「今日はこちらに泊まっていってください。
部屋は用意してあります。
クララ王女は湯あみをしたいのではないですか?」
「え?湯あみ?したいわ!」
「そうでしょう。侍女に案内させますから」
久しぶりに湯あみができると思って喜んで立ち上がる。
お父様はまだ酒を飲んでいたいようだ。
侍女についていくと部屋に案内される。
それなりに広い部屋で湯あみを終え、夜着に着替える。
侍女に聞いたらお父様はまだ飲んでいるらしい。
ふかふかのベッドに転がったらもう目を開けていられなかった。
気がついたらもう朝で、ドアをノックされる。
「お目覚めですか?」




