87.常識が違う
「どうせちょうどよく条件に当てはまっただけで、
あなたが良くて選ばれたんじゃないだから。
私と交代しても問題はないはずよ」
言い返そうとして、言葉につまる。
条件に当てはまったから私が選ばれたのには間違いない。
「ほら、言い返せないのでしょう?」
「……いえ、そんな条件があるのは知らなかったけれど、感謝しているわ。
だからこそ、マティアス様に会えたのだから」
「は?」
他国出身という条件があったから、マティアス様はエルドレドまで来た。
お目当てはアンジェラ様だったとしても、選ばれたのは私だった。
「その条件がなかったら、マティアス様は帝国の令嬢を選んだでしょう。
わざわざ属国まで探しにいかなくてすむもの。
他国で魔力が多いなんて、どれほどいると思うの?
その条件に当てはまるだけでも運命のようなものだわ」
「何言ってんの?運命?
だから、私もそうだって言ってるでしょ?」
「ええ、そうね。条件だけならあなたもそうなのかもね。
でも、選ばれたのは私よ。
マティアス様が私を選んだのが条件に当てはまっただけだとしても、
私は選んでもらえたのが幸運だったと喜ぶだけよ」
「はぁ?条件に当てはまれば誰だっていいとしても!?」
クララは貴族として育っていない。
だから、何もわかっていないんだ。
「私は帝国に来るまでマティアス様がどんな人かわからなかった。
それでもエルドレドのために嫁ぐ覚悟はあったわ。
運よくマティアス様に出会えたけれど、
皇太子がどんな人であっても私は妃になっていたでしょう」
「……何言ってるの?」
「王族や高位貴族として生まれるというのは、
自分で嫁ぎ先を決めることはできないということなのよ。
あなたにその覚悟はあるの?
もし王族として認められたのなら、
皇帝陛下が選んだ人に嫁がなくてはならないのよ?」
「そんなのお父様が許すわけ……」
「王族の結婚を決めるのは皇帝陛下です。
あなたのお父様が王兄として認められたとしても、
娘の嫁ぎ先を決める権利はありません」
「はぁ?なにそれ。信じらんない……」
王族の結婚は誰が相手でもいいというわけにはいかない。
だからこそ、ユーリイスは娼婦との結婚を認められなくて、
死んだことにされてしまったのだから。
「あなたもユーリイスも、王族でいたいと言いながら、
王族の義務はしたくないと言う。
それでは認めることなどできないわ!」
「……いいわ。あんたなんかが認めなくてもいい。
お父様と私は帝国の民に認めさせてみせる」
「それってどういうこと?」
「あとで後悔しても遅いんだから!!」
くるりと後ろを向いたクララが集会場から外に出て行こうとすると、
クルスがドアを開けて部屋に入ってくる。
後ろからマティアス様とお兄様が続けて入ってきたのが見えた。
「騙したのね!?」
クララが持っていたペンダントの先を口に含む。
ピーっという音がしたと思ったら、クララの後ろに人影が見えた。
と、次の瞬間、二人の姿が消えていた。
「逃げられたか……」
「申し訳ありません……。
もう少し穏やかに話せば捕まえられたかもしれないのに」
「いや、いい。今日は帰ろう」
「はい……」
今日はうまくいかなかったと思いながら湯あみをする。
クララに逃げられてしまっただけではなく、
騙して捕まえようとしたことも知られてしまった。
今後はますます警戒して見つからなくなってしまうかもしれない。
ため息をつきながら夜着に着替える。
カルラたちが下がり、私室に一人になる。
どうしたらよかったのかと悩んでいたら、ドアがノックされる。
こんな時間にこの部屋を訪ねて来られるのはマティアス様だけ。
「マティアス様?どうぞ」
予想通りマティアス様が部屋に入ってくる。
「こんな時間に悪い」
「来るかもしれないと思っていました。
クララとの話を聞いていたのでしょう?」
「ああ。知ってしまったのならちゃんと説明しようと思った。
本来は結婚式の時に知るはずなんだ。まさかクララに言われてしまうとは」
「怒ってはいません。話してもらえますか?」
「ああ」
私が不機嫌になっていると思っていたのか、
マティアス様はほっとした表情で私の隣にきた。
「帝国は昔、それほど強い国ではなかった。
属国の真ん中に位置するため、それぞれと戦った歴史がある」
「ずっと前は戦争が何度もあったのは知っています」
「帝国の祖先が女神に願い、契約したんだ。
この国を平和にしたい。他国と争いがないほど強い国にしたい、と」
「女神……?」
神の存在を否定したことはないけれど、神と契約したと言われたら疑いたくはなる。
だけど、マティアス様の表情は真剣そのもの。
「女神と契約して秘術を得たために、
他国は戦争するよりも従った方がいいと属国になることを選んだ」
「どうして女神は契約してくれたのでしょうか?」
「もう争いを見るのは嫌だと言っていたそうだ。
戦いを避けられるのなら力を授けようと、条件付きで契約した」
「その条件というのは」
「他国を助けるために秘術を使うこと、
そして、皇太子妃や王妃は他国出身のものを娶るようにと」
「どうして他国から?」
「帝国だけ良ければいいと考えないようにだろう。
自分や子の妃が生まれる国だと思えば他国を大事にする。
他国出身の妃でなければ、生まれてきた子は秘術を使えない」
「あ……だから、マッケート様は王族にはなれないのですか?」
「その通りだ。マッケートの母は帝国貴族だからな。
秘術を使えないものは王族にはなれない。
国の法律を変えたところで秘術が使えなくては意味がないんだ」
「そういう理由があったのですね……」
王族が少ないのならマッケート様を王族にすればいいと考えていたけれど、
ただ王族の数を増やすだけでは駄目だったんだ。
「ユーリイスが妃を連れて帰ってこなかったから、
父上は他国出身の妃を探さなくてはいけなくなって、
帝国貴族のコリンナ元妃とは婚約解消になった」
「それで婚約解消に……」
皇太子になるには他国出身のものを娶らなくてはならない。
だから、帝国の侯爵家出身だったコリンナ様ではいけない。
コリンナ様はその後、第三皇子だったクラウス様と結婚したけれど、
王族にはなれず、あんなことになってしまった。
「父上は俺に何かあっても同じことにならないように、
弟のケヴィンも最初から他国で妃を探すように命じた」
「遊学というのは妃探しのことでしたか」
「ああ」
私たちの婚約のお披露目の夜会で、
もし子が生まれなかったらケヴィン様に皇太子を譲ると言っていた。
「まだ俺は皇太子だし、リンネアは妃になったわけじゃない。
これで隠していることは何もなくなったが、話せなくて悪かった」
「いえ、仕方ありません。私はまだ正式な王族じゃありませんもの」
「だが、クララに言い返してくれたのを聞いてうれしかった」
「え?」
「この条件があったから俺に会えたと。俺もそう思っていた。
この条件があったからエルドレドに探しに行けた。
リンネアに会えたのは運命だったと」
「マティアス様……」
「この出会いは運命だ」
頬に手を添えられて目を閉じる。
ゆっくりと重なった唇が強く押しつけられる。
背中に回された手に身体を引き寄せられ、
私もマティアス様の背中に手を回す。
私にふれるこの手が、この唇が、マティアス様でよかった。
こんなに近づいた今は、もう他の相手なんて想像もできない。




