74.ナタニエル様の部屋
部屋の前では予想通りサンドラ様がドアに向かって叫んでいた。
「いいかげんにして!!中に入れなさいよ!
このままなら離縁して帝国に帰るわよ!!」
「それはダメだ!」
「なら、ドアを開けて!」
「それもダメなんだ!リンネアを、リンネアを呼んでくれ!」
「もう!意味がわかんないわよ!!」
本当に私を呼んでる……妃になったサンドラ様も入れないというのに、
どうして私を呼んでいるのか。
「リンネア、とりあえず呼びかけてみるか。
このままではらちが明かなそうだ」
「そうですね……」
怒っているサンドラ様をあまり刺激したくないと思いながらそばに行くと、
振り向いたサンドラ様はやはり私をにらみつける。
「なんなのよ!マティアス様を盗っただけじゃなく、
ナタニエルまで盗る気なの!?」
「そんなわけないでしょう。
ただ呼んでいるというから来てみただけよ」
「そんなすました顔で私は悪くありませんって!?」
「そういう話ではなくて……」
サンドラ様が怒るのも無理はない。
初夜の次の日から追い出されているのに、元婚約者を呼んでいるとなれば。
怒らないわけがない。
それでも私には関係のないこと。
「とにかく、呼ばれたから来ただけです。
ナタニエル様に事情を聞きましょう?」
「ふん!勝手にすれば!私はもう知らない!
マティアス様!私を帝国に連れて帰って!
帝国の公爵家が馬鹿にされるなんて許されないことだわ!」
「サンドラ、お前はもうこの国の王太子妃だ。
勝手に国を出ていくことは許されない」
「そんな!こんな目にあっているのに!?」
「それでもだ。
王太子妃になるというのはそれだけ責任を負うとわかっていただろう」
「もういい!」
マティアス様に諭されてサンドラ様は泣きそうな顔をして去っていった。
可愛そうだとは思うけれど、サンドラ様はもうエルドレドの人間だ。
帝国出身だとはいえ、マティアス様が勝手に連れて帰るわけにもいかない。
「リンネア、王太子に呼びかけてくれ」
「はい」
ドアの近くまで言って聞こえるように大きな声で呼びかける。
「ナタニエル様、リンネアです。
いったい何が起きたのですか?」
「リンネアか!中に入ってくれ!
あ、リンネアだけだ!他は入れるな!」
「は?それはできません」
「リンネアにしか話したくないんだ!」
「無理です」
いくらなんでも男性が一人でいる部屋に一人で入っていけるわけがない。
呆れていたら、マティアス様もドアのそばに来た。
「王太子、少し考えればわかるだろう。
俺の婚約者であるリンネアが男一人の部屋に入っていけるはずがない」
「……ですがっ」
「無理なものは無理だ。ここで話せ」
「……それはできません」
「では、俺も一緒に入ろう。それならリンネアと話をさせてやる」
「…………わかりました」
よかった。マティアス様も一緒なら問題ない。
たとえナタニエル様が何か企んでいたとしても、マティアス様なら対処できる。
少しして鍵が開けられた音がした。
マティアス様が先に入り、私が後に続く。
部屋は薄暗く、何か腐ったような臭いがした。
「カーテンをすべて閉めているのか。開けるぞ」
「あ……それは」
「半分だけ開ける。これでは何も見えない」
「……はい」
マティアス様がカーテンを半分だけ開けると、ようやく部屋の中が見える。
ナタニエル様はドアの鍵を開けた後、奥の寝室に戻ったらしい。
「ナタニエル様、何があったのですか?」
「……ああ。これを見てくれ」
奥の寝室から毛布をかぶったナタニエル様が現れる。
部屋の中央まで来たら、毛布が床に落ちる。
「ナタニエル様……その顔はどうしたのですか?」
「五日くらい前、起きたら耳が半分溶けたように落ちたんだ。
それを見られたくなくてサンドラを追い出し、薬を飲んで治そうとした。
だが、だんだん身体が溶けるように腐っていって……。
もうどうしていいか、わからないんだ」
ナタニエル様の鼻が半分溶けたように無くなっていた。
髪に隠されているから耳はわからない。
だが、頬や首の一部が赤くなっているのがわかる。
顔が腐っている?
まさか……そんな……
「これは地毒だな。どうしてもっと早く言わなかった」
「……結婚式の前だったので、どうしても式を無事に行いたくて……。
皇太子殿下が王宮に戻ってきたら話すつもりだったんです」
「リンネアだけを呼んだのは黙っていた責任を逃れようと、
何とかさせるつもりだったのだろう?」
「…………はい」
「どうせ俺がリンネアに甘いから、怒らないように頼んでもらおうとか、
そういうことを考えていたんだろうが……。
いつからだ?」
「はい?」
「症状が出たのは、お前が最初ではないだろう。
地毒の可能性に気づいたのはいつだ?」
ナタニエル様が最初ではない?
「あ……まさか!国王が病気というのは!?」
「…………」
「地毒は魔力が多く、年齢が上の者からなりやすい。
王太子がここまでひどくなっているというのなら、
他の王族もなっている可能性が高い。
まずは国王、そして王太子、王女の順だろうな」
「アンジェラ様も!?そういえば顔をかゆそうにかいていました……」
「お前はどちらも気づいていたんじゃないのか?」
マティアス様に指摘され、ナタニエル様はうなだれた。
「……一か月くらいなら大丈夫だと思ったんです。
最初の症状から三か月くらいなら薬を飲めば治ると聞いて……」
「それは違う。地毒に効く薬というのは、地毒の毒を解消した後、
後遺症を治すための薬だ。
地毒そのものを消さない限り、薬は効かない」
「そんな……」
「とにかく、お前にかまっている場合ではない。
ここに人を入れるぞ!」
「やめてください!俺は……こんな顔を見られたらっ」
「うるさい!すぐに対処しなければ死ぬぞ」
「っ!!」
さすがにそこまで言われてナタニエル様は黙る。
マティアス様が無言でカーテンを全部開け、ドアの外にいた者たちを呼んだ。
「今すぐ国王と王女の安否を確認しろ!
王太子は地毒にかかっている!」




