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独りの夜



 途端に気温が下がってゆく部屋に、違和感を覚えていった菖蒲は、一旦ノブから離れて見渡した。異常は無し。しかし、寒い。下がり方もジワジワとしていやらしいもので、ますます女を苛々させた。

 何としてでも飲んでやる。

 意地になっていたらしい。

 と、不意にうなじを撫でられる感触がしたので再び後ろに目をやると、絨毯を歩く音が聞こえてきた。それは、随分と小さなものがゆっくりと進んでいく音。重量は軽いようだ。そして、その音は駆け足に変わると、テレビの上へと飛び乗ったらしくて箱が多少の揺れを起こした。菖蒲は特にソレを気に止める事なく、扉に向き直ると再び開けにかかる。

 至近距離から肩で当て身。

 肘を真横にして叩きつける。

 拳鎚を使う。

 鋭角の膝蹴り。

 ちょっと間合いを取る。

 真っ直ぐに踵を打ち込んだ。

 跳躍して回転蹴り。

 更に距離を取る。

 片膝を突き、身を沈めた。

 ヨーイ。

 ドンッ。

 ショルダータックル!

 ―な、なんね……。こいは……。――

 若干、息を切らした菖蒲が怖さを感じ始めてきた。びくともしない。壊れない。これだけやれば、普通は破壊されている筈だ。しかし、どうだ。云とも寸とも言わないではないか。

 再び後ろ髪を引かれたので、テレビの方を見てみたら何かが腰を下ろしていた。白い息を小刻みに吐きながら、菖蒲はゆっくりと足を進めてゆく。余談であるが、汗ばんだ顔も魅力的。歩きつつ腰まである艶やかな黒髪を襟足で括る。

 ―あれ? こんなのあったっけ?――

 首を傾げて見たそれは、西洋人形だった。


 それは愛くるしさのある幼女を象っており、ブロンドの髪の毛に大きな碧い瞳にふっくらとした輪郭。多分、ロココ調と思われるピンク色のフリルドレス。まあ、古いか新しいかは不明として。菖蒲は西洋人形の皮の部分に違和感を覚えて、口元を上品に手で隠しながら眉をひそめて覗き込んでみた。するとというか、やっぱりというか、ゴム製と違う。何だか“やけに”生々しいのだ。

 見ていたら、気持ち悪くなってきた。人形から顔を離して腕を組んで思考を巡らせる。すると、人形の碧い瞳がこちらを見たような気がしたので、素早く首を向けて凝視。腰に拳を乗せたのちに、更に顔を近付けて人形を見る。見る。見る。見る。ひたすらに、見る。

 その行為に飽きてきた頃に、何やら滴る音を聞いたので姿勢を戻すと、その方に振り返って見たら、そこにはベランダの椅子に両脚を抱えて座り込む少女が居た。その姿は、白いワンピースに長い黒髪。やたらと長いみたいだから、多分、少女が立ち上がった時は身の丈と一緒の長さだと思われた。実に華奢な躰つきをしており、四肢もか細い。それに、何故だか全身が水らしき液でぐっしょりと濡れていた。しかも、肘の先端と足の指先と毛先から滴が一定間隔を保って次々と絨毯に落ちてゆく。無色透明の“それ”は、若干粘っこいか? まあ、兎に角、不快には変わりなく。

 暫くその少女を見ていたら、何やら鈍い音を耳に入れたので、キョロキョロとした後にその元が解って、再び椅子に体育座りをしている者を見る。


 ゴギリ ゴギリ


 石臼を摺り合わせるような音を、その白い少女が首の骨から発していたのだ。もたげていた頭を徐々に徐々に上げてゆく。初めて顔が確認できた。横から見ていても解るほどの整った顔立ちである。しかし、まだまだ幼さが窺える事に、この少女は中高生だと推測できた。横から見て解った事があとひとつ。目の玉その物が無かったこと。

 その時、菖蒲の中に沸いてきた物とは。


 好 奇 心。


 抜け足差し足で少女の正面へと回り込んで、その顔を見る。間近で見た印象は、正直に云って可愛かった。顔に深く黒い穴を二つ描いていても、可愛かったのだ。だから、菖蒲はいつの間にか笑顔で白い少女の頭を撫で撫でしていた。

「あなた、何しに来たの? お姉さんと一緒に飲もうか。ねっ」

 その言葉に反応したのかどうか不明であるが、白い少女は乾いた唇を僅かに開けて何かを云おうとして黒い奥底から声を吐こうとしてゆく。

 で。出た言葉は。

「あ、あ、あ、あ、あ、あ」

 ぎこちない発声練習と来た。

 当の菖蒲は、ちょっと困った顔をして「……うん」と頷く。すると、再び新たな気配を感じたので、またキョロキョロと目をやる。撫でていた手も外した。今度のも気配の元を辿るのが早く、それは、この少女の二つの丸く深く開いた黒い穴の奥底からだったのだ。少しずつ少しずつ暗闇から見えてわ隠れてを繰り返して、現れてくる幾本もの白くて細長い触手。窪んだ内壁を伝って、菖蒲の方へと向かってくる。

 なんか、これは生理的に嫌悪感が湧き上がってきたぞ。躰の痒くなる感触。オマケに脂汗まで出てきたではないか。鼓動も自身ではっきりと聞こえるほどに、徐々に大きくなってきた。

 ―こ、こういう時ってさ……。どうすればいいの? どうすればいい? アタシ、どうすればいいの? どうすれば……。――

 菖蒲が思考を駈け巡らせているその間に、幾本もの触手はとうとう少女の顔へと登りつめてきて、眼球のあった場所の周りに先端部分を次々と掛けていった。それら二つが姿を完全に現そうとした、その時。


 菖蒲が少女の胸板にヤクザキックをかました。


 少女の濡れた躰は、呆気なく後ろへと椅子ごと転倒。情けないものだった。そして、横向になる。少女の顔には元々力が入っていないようだ。そんな横顔を見下ろしていた菖蒲は、何だか踏みつけてやりたくなった。

 欲求には正直な菖蒲。

 ゆっくりと足を乗せてゆく。

 そして、少女の顔を踏む。

 すると。

「ぎゃぴ」と、鳴いた。

 確認の為に、もうひと踏み。

「ぎゃぴ」

 もうひと踏み。

「ぎゃぴ」

 愉しくなってきた。

 もうひと踏み。

「ぎゃぴ」

 あと、一回。

「ぎゃぴ」

 オマケ。

「ぎゃぴ」

 その行為を繰り返していた菖蒲は、ほくそ笑んでいたのだ。

「ふふ……」

 思わず漏れる嘲笑。

 そんな愉しいひと時の最中に、開かなかった鉄扉が口を開けて影を招き入れた。そっち方向にゆっくりと目をやると、そこには全く見知らぬ中年男が立っていたのだ。

 その者とは、バーコード禿頭の丸顔で厚い唇に口髭を伸ばした太鼓腹のオヤジ。紺の着流し姿に藍色の帯を締めていた。中年男が菖蒲のもとに歩み寄ってきて、人の良さそうな笑顔でひと言。

「御楽しみ、いただけましたかな?」


 菖蒲は無性にムカついたので、その中年男を蹴飛ばした。


 横倒れになった太鼓腹の中年男は、目に涙をいっぱい一杯に溜めて菖蒲を力強く睨んで喚く。

「なによ! なにも蹴飛ばすこと無いじゃないのさっ! 悪霊をこんな目に遭わすなんて祟って出てやるわよっ!!」

 云うだけ云った後に、中年男は「ふー、やれやれ……」と立ち上がり、未だに倒れたままの白い少女の所へと来ると「よいしょ」と肩に担ぎ上げた。そして、ボーっと立ちすくす菖蒲に背を向けて扉まで行った時に立ち止まって振り返り、またひと言。

「覚えてらっしゃい!」

「ばーいばぁーーい」

 担がれた少女が菖蒲に緩い笑顔で手を振ってきたので、それに応えて微笑んで手を振って返した。そして、扉は音を立てずに閉まっていく。



 早朝。

 小鳥たちの(さえず)りで目を覚ました菖蒲。いつの間に寝ていたのやら。だが、寝覚めはスッキリだった。しかも、大の字になっていた上に、またまた浴衣をはだけて、掌サイズの胸と下着を晒していたのだ。この時、忽ち顔に熱を持って赤くなる。そして、素早く胸元と裾を正した。

 上体を起こした視線の先には、十四型のテレビ。その上には“あの”西洋人形が腰を下ろしていた。あの晩の出来事は夢ではなかったのだ。そう確信になり始めていた時に、西洋人形がすくっと立って絨毯に飛び降りて扉へと歩いて行くではないか。

「ぷっ……」噴き出した。

 その声に反応したらしく、西洋人形は足を止めて絨毯に唾を吐き捨てて、菖蒲を睨み付けるなりに中年親父の声で投げつける。

「けっ……! 死に損ないがーーー!」

 「やかーしかっ」

 中指を立てた菖蒲。

 人形も中指を立て返す。

 数秒間の睨み合いの後に、西洋人形は「ふんっ!」と鼻息荒くして扉をすり抜けて出て行った。

 直後にフロントから電話が。

「……はい」

『お客様、誠に申し訳ございません。お客様のお泊まりになられていますお部屋には“出る”のですよ。

 ……で。出ましたか?』

「はい」

『ああ~っ! すみません。こちらの連絡不行き届きでございました。誠にすみませんでした』

「いいえー」

 何だかムカついた。

 電話の後に露天風呂に行って汗を流しきり、着替えてフロントへと手続きを取ってホテルを出た。



 その後といったら、昼まで観光を楽しんで旨い飯を食べて、駅前の駐車場へと戻って自慢のフェアレディZに乗り込んだ。バックミラーに写ったモノに気が付いて、それを見ると、菖蒲は微笑みかけた。

 後部座席には、あのホテルで遭遇した白いワンピースの少女が腰を掛けており、何だか気恥ずかしいそうに俯いている。だが、今は不快感は無い。菖蒲がハンドルを握って少女に快く声をかける。

「アタシ、長崎だけどさ。どうする?ついて来る?」

 それに対して少女は頬をほんのりと赤くして笑みを見せると、「うん……」と頷いた。

「飽きるまで居ていいからね」

 そう云った菖蒲の顔は、何か吹っ切れた爽やかなものであった。



『独りの夜』完結

 おわかりいただけただろうか。大城菖蒲の周りに次々と起こってゆく不可解な現象が……。傷心旅行であろうがなかろうが、それに関係なく異界の住人たちは姿を見せるのである……。(『ほんとにあった!呪いのビデオ』のナレーション風に)

 自分の拙作を読んでいただきまして、ありがとうございました。大城菖蒲は性格を除いて、あとは自分の好みのタイプです。

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