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十三話、アリヤと綴

小難しい回です

◆◆◆


 旅館の和室で綴は膝にアラカを乗せて、外を、虚な目で眺めていた。


 窓の外には瑞々しい草木があり、和の風情を思わせる彫像もあり、余人には穏やかな場所に思えるだろう。


 だがその光景が、綴とアラカには酷く不気味なものにしか見えなかった。



「調子はどうですか」


「数分おきに起きては震えて、抱き着いて、疲れたら寝るのを繰り返してますね。

 さっきよりは安定しています」



 外を見る。木々には蝉がいるのか、夏の囀りが耳に届く。



「海、と、向○葵がどうもフラッシュバックの引き金になってますね」



 過去に何か、とてつもなく酷い地獄を味わったのだろう。

 それを綴は知っていた。



「でも、寝てる間は幸せそう」

「そうでもないですよ。少しでも距離を離すと」



 離そうとするとぴくっ、と動いて、膂力で強引にくっつこうとする。


「泣き出すので、どうも精神安定剤にされていますね」


「帰った方が良いでしょうか」

「それも検討しましたが……どうも嫌みたいです」



「ぁっ……ぅー……ぁ゛っ、……ぁ……ぎ…………や゛……ッ」

「「————」」


 数分ほど、息がぐちゃぐちゃになるような嗚咽を漏らし、


 震えて、壊れそうになってからようやく気絶する。



「っ…! っ゛…っ…!」


 綴の背中に手を回してぎゅーーーっと強く抱き締めながらぽろぽろ泣き続ける。


 苦しいのから逃げる様に、



「【目的】この状態をどうにかする。

 【状況】向◯葵海に対する強烈なトラウマとフラッシュバック現象

 【手段】向◯葵を焼け野原にして海を全て破壊しつく————」

「待て待て待てーーーーい!!」



 全てを破壊しようとしていた綴にアリヤが待ったをかける。



「正しいけど、それは正しいけど!!」


「何か」


「理性が蒸発してる……いや、理性をむしろ得ている……? というか竜化しないで!?」

「当然です、じゃあ少しばかり夏を終わらせてきますね」

「夏どころか四季そのもの破壊されるんですがそれは」



「海が蒸発するだけですよ、ははは」

「モーセを軽々しく超えないで?」




 一通りツッコミとボケを繰り返して、ひと段落したところでアリヤが溜息を吐く。

 そしてその場に座り込み、ポツリと溢した。



「……寝てる、お嬢様に、触れたり、見たりしないんですね」


「寝顔を見られるのも、頬に触れるのも、信頼した人間だけが許される行いです。

 今の私に、それをする資格はありませんよ……ただ、背中ぐらいは触れてもいいだろう、とは思っています」



 女性の心理を、幾らか学んでいるような発言にアリヤが警戒を滲ませる。



「…………お嬢様は、治るのでしょうか」


「……………さあ、それはアラカくんが決めることです」



 そっけない返答にアリヤは眉を顰める。

 だが、綴のその後の言葉を聞いて、アリヤは呆然とした。



「理と解すると書いて、理解……それがどういった仕組みでなっているのかを把握すること。

 それを以って状況を把握すると、自然と己の感情が収まる……それを指して理性」


 理性。それはアラカの周囲が誰一人として持っていなかった性質だ。



「【目的】アラカくんをマトモな状態に戻す。

   に対する手段を構築するには【状況】の把握をすればいい。

 【状況】まずアラカくんの心には【過去のトラウマ】が多く巣食っている」


 それはアラカが治るだろうか、というアリヤの問いに対する返答なのだろう。


「ここで【目的】が変化する、

 【目的】【過去のトラウマ】をどうにかする、となり

 その上で【手段】を構築する」



 それは物事の基本であり、同時に誰もが出来ないもの。



「【過去のトラウマ】をまず明確にしよう。状況の把握です。

 過去にN◯Rがあったことで精神に強烈なストレスが起きた。

 そこでアラカ君は何をおもった?」



 論理的思考。それは一部、想像で補われており……妄想と呼ぶこともできるそれはしかし。極めて高い経験値によって描かれるがゆえに、精度は高い。



「奪われるのはもうごめんだ、

 奪う奴全員を壊してやる。という形で願望が生まれるだろう、経験則だがね。違っていればすまない、必ず次に活かす」


 眠るアラカにそう語りかける…きっと寝物語のように、こんなことをしていたのだろう。



「……ここまで構築すれば、あとは簡単さ。

 【手段1】決して奪われないように殺すか壊すか、監禁でもする。

 もしくは【手段2】過去のトラウマに関わった奴を不幸にすればいい」



 そうして思考手順は終わった。


 息を小さく吐き、綴の背中は……何処か小さく、外へと向けられていた。



「世の中のヒーロー様はこんな人をもう生まないために…というよく分からない理屈で、とても賢く生きてます」


 外で、鳥が泣いた。


「傷付けられて出来るものは傷だけだ。

 苦しんでいる人間に〝自分みたいな人が存在しないように〟って……地獄か、なんですか、それは」


 幹に止まる鳥が……泣いた。



「自分の過去を消し去るために、自分の存在を否定し続ける……傷付いた自分は捨て置いて…、そんな在り方は決して認めたくない……なんてのは、この子の人生を体験していない私が言うには、少しばかり恥知らずというものなのでしょうね」



 鳴くことも出来たはずの鳥は、何故だか泣いていた。




「(ああ…………これは……〝考える〟だ)」



 その言葉を聞いて、アリヤは初めて綴という怪異が見えた気がした。



「(世の中の猿どもがやる〝考えてる自分様はなんて素敵なんだろう〟とかいう自慰とは違う。

 しっかりとした〝考える〟だ……)」



「この子に、そんな行動を取らせる……そのためのアプローチが、色々しているのですがどうも失敗続きでしてね。反省点の洗い出しを、また初めからしないといけませんよ」



 アリヤはその背を見て、少しだけ、興味が湧いた。



「……綴さん、ずっと聞きたかったことがあるんです」


「はい、なんでしょう」



「なんでそんなに、常に疲れているんですか」



「…………さあ、何故なのでしょうね」



「答えになってませんよ」

「答えていないのが答えです」



 そうして一日目は……静かに過ぎていった。

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