だいいっかいはんせいかい
祝勝会の後、イリーナとノーリゥアちゃんもまとめて泊めても構わないとダリエルさんから言われた。今の部屋より広い部屋もあるそうだ。そちらは格が低いのだけどと言ってはいたが、調度品が少ないのとベッドが若干固いくらいで文句を付けるところは殆どない。これから先の行軍では藁のベッドや馬小屋なんてこともあるかもしれない。それに比べたら天国だろう。
「うわー、ふかふかー♪」
ほら、イリーナなんてこんな調子である。ここはベッドが六台ある大部屋で、高名な冒険者を逗留させるときや家族連れの貴族をもてなすための部屋らしい。先程まで使っていたのは賓客用で、前に父様と一緒に来たときにも使っていた筈だ。ただ、調度品が変わっていたのか配置が変わっていたのか判然とはしないが記憶には無かったのだけど。
「さて、じゃあ始めるわよ」
ノーリゥアちゃんがそう言うと、私は待ってましたとばかりに身を乗り出す。だが、いつまでたってもグラスもお酒もおつまみすら出てこない。
「…お酒は?」
「いや、可愛く言っても内容が可愛くない」
なんと。酒盛りを始めるのではないのか?私が愕然としてると、フランは頭が痛そうにしてるし、イリーナは乾いた笑いを浮かべるだけだ。
「今回の反省会よ。私もだけど、当然のようにあんたが一番の問題児だったんだから」
…むう。
まあ、否定はしないけど。
助かったんだからいいじゃんではすまない話だとは思うけど。
「まず、最初に。助けに来てくれてありがとう、ジュン」
ノーリゥアちゃんが真面目な顔で私にお礼を言ってきた。いつも『あんた』とか呼んでる人に言われるとギャップが凄くてちょっとドギマギしてしまう。
「私があの村に着いた後、村長の家で話を聞いていたら悲鳴が聞こえてきて。あのゴブリンどもが雪崩れるように押し寄せてきたの」
ノーリゥアちゃんと言えども、敵の接近は見透せなかった。見張りをしていた訳でもないし、話をしていたら分かるわけもない。そしてノーリゥアちゃんの(睡眠の霧)は、敵と庇護者が混ざる乱戦には使えない。眠った敵はいいが、別の敵が眠った庇護者を攻撃するから。ノーリゥアちゃんが一人なら、お構いなしに撃てるだろうけどそうはいかなかった。
結果として村長宅に逃げ込めた人間を保護するために風の結界を張って、援軍を待つしかなかったのだ。個別に撃破したりしても数が多いので難しく、魔力もほとんど使ってしまっていた。
「村人さえいなければ、(竜巻)でも使って打破出来たけどね」
守るべき人間を巻き添えにして魔術を使っていたら、確かに倒せただろう。
私に(爆裂火球)を撃ち込んだ小鬼魔術師は、ホブゴブリンもまとめて吹き飛ばした。ホブゴブリンだけが死んでしまったのは滑稽だが、あれと同レベルにまで下げるのは無理な話だ。
「だから(竜巻)一回分を残して援軍を待つ事にしたの。最悪の場合に備えてね」
自分の生存を優先するなら、村人の生死も厭わない。そう言うことだろう。
「私の状況はこうだったの。で、今度はそっち。あんたはどうして私の危機を知ったの?誰かに聞いた? 」
あ、あー、それは。その。
「はい、ジュンはなんか声がするとか言って(通話)を使ってました」
ちょっ…!イリーナ、あんた。
「ほう。どうなの?」
「…はあ、まあ。そうです」
渋々、答える。会話が朧気に聞こえて、(通話)で盗聴したこと。緊急を要するから、馬じゃないと間に合わないと思ってライデルに頼んだこと。
「つくづく規格外と思ってたけど。言っとくけど、(通話)では盗聴は出来ないわ」
え?そうなの?なんか出来たんだけど。
「中級の次元系、(通話盗聴)って呪文じゃないと無理なはず。前々から疑問に思ってたんだけど、魔改造してない?」
えっ!魔改造って、…あれ?なんで慌ててるんだろう。魔術の改造だから魔改造…うん、意味は合ってる。何か妙なモノがイメージに沸いたんだけど。
「その感じだとやってるみたいね?普通は上級が使えるレベルじゃないと難しいんだけど。とんでもない魔力持ちだから無いとは言い切れないわよね」
ノーリゥアちゃんは私の動揺を勘違いしてくれた。なんであんなものが…どきどき。
「ちょっと、その魔術構文、見せなさい」
あ、はい。分かりました。呪文を唱えて書き換える時の管理画面を出す。視覚化のタブを押して見えるようにすると、ノーリゥアちゃんがくるっと回して自分の方に向ける。
じっと見るノーリゥアちゃん。暫くすると、ん?と首を傾げ、えっ、と驚き、ぐぬぬ…と呻く。一人百面相の練習でもしてるのかと云う状態だ。
「なにをしているのですか?」
「魔術素人の私には分からないよ?」
フランとイリーナは頭に?が浮かんでいる。それはそうだろう。私だって【翻訳】が無かったら分からないもの。
「ふー…」
目頭を揉みながら、ノーリゥアちゃんが目を離す。それでこちらを向いて一言言う。
「あんた、どうやってこれ編集したの?」
うぐっ。ついに来てしまった。出来れば黙っておきたかったんだけど…
「例の権能の一つです。【翻訳】といって、言語を翻訳してくれるんです。読みも書くのもだいたいは」
「ほう…じゃあエルフ語が喋れたのもそれのせいね?」
「かも、知れません。子供の頃に習った気はするけど、そのときはあそこまででは無かったと思います」
ふーむ。ノーリゥアちゃんが腕組みをして考えている。なんだろう、この権能ってやっぱり物凄くマズい代物なの?
「あんたが黙ってた理由は分かるわ。確かにこれは良くない。明らかにマズい」
う…やっぱり。
「この構文の中に出てくる行動命令で現代の魔術構文に使われてない遺失の物がかなり散見されてる。つまりこの呪文は、中級の(通話盗聴)ではなく、全く違う新呪文という事になる」
やはりそうなるのか。
「定義云々はともかく使用可能限定が解除されてて、従来の物より明らかに優れている構成になってる。一度に多数の通話を個別に確保して任意で切り替えるなんて普通は無理だから」
書いた文字が勝手に魔術語に変換されるから、出来るとか出来ないとかで判別してなかったけど。適当に出来てしまうのが問題なんだな。
「先生、難しくて私達には分かりません。もっと平易にお願いします」
分かりやすく言う人が平易なんて言葉を使うかな?イリーナの言うことももっともだけどね。
「つまり、ジュンの呪文は特別製で他の人には知られない方が良いってこと。呪文の詠唱自体は大して変わってないけど、中身の魔術語が全然違うからそれは開示してはダメなのよ。少なくとも、あんたが(使用許諾)を使えるようになるまでは」
ん?聞いたことのない呪文だ。何の事かと聞いてみると、自分の編み出した呪文に貼り付ける紋章のようなものらしい。紋章は各々の呪文に付けられているのだが、魔術構文を変更するとそれは消えるのだそうだ。そして、書き換えた魔術構文がその当人が作ったものだと証明する証となるのが(使用許諾)なのである。
「その呪文は上級なんですか?」
「うん。理術上級」
ノーリゥアちゃんは使えないらしい。彼女は呪文の製作はあまり興味がなくて、そういったことはしてなかったそうだ。
「ちなみに、構文を変えて違う紋章に変わった場合は、それは既に登録済みの呪文と云うことになるわ」
(使用許諾)の情報は竜脈のネットワークに記録されるらしく、同じ構文になるとその情報を優先するらしい。
「その紋章とやらを登録することの意味は何なのですか?儲かったりとかするんですか?」
おっと、僧籍を持つ身が生臭い話を振ったぞ。けどイリーナの疑問も分かる。なんか意味があるのかな?
「使用料が払われるという話はあるわ。新しく登録してから三十年まで、支払いは魔術師ギルドから、利用者が多いほど増えるそうよ。ただ、ここ百年くらいは新呪文は登録されたことがないので、幾ら払われるのかは分からないわね。少なくとも私は知らないわ」
なるほどね。一応、著作の権利は保護しているのか。
「けど、もし誰もが使うようなメジャーな呪文を作れたら、使用料で大金持ちも夢じゃないわね!」
…イリーナの生臭さが本格的になってきた気がする。友達やめようかな。
「まあ、そんな事より自分がどう使い勝手を良くしていくかを考えるべきね」
うむ。ノーリゥアちゃんの方がマトモな事を言ってる。亀の甲より年の功だ。言ったら怒られそうだね。
「ね、私たちの覚えてる呪文もオリジナル呪文みたいにできるの?」
…さあ。やったことないから分からないけど。ノーリゥアちゃんを見ると首を横に振ってる。
「それはダメなのよ。魔術構文を変更、編集することが出来るのは当人のみ。でも、ジュンが作り出した呪文を受け取って登録するのは出来るわ」
呪文授与か。誰しも呪文は購入して授与される。あれ?授与って私にも出来るのかな?師匠みたいなレベルの高い人じゃないとダメとかあったっけ?
「理術中級の(術式ペン)を使うか、同様の魔術装具があれば、授与する際の咒符が作れるわ。それを相手に当てて、登録させる呪文を唱えれば呪文授与は完了するの」
「お金はどうするの?普通は魔術師に払うんだけど」
お金の話題に食い付くのが速すぎるよイリーナ(笑)
「あれは謝礼であって、無くても問題はないの。けど、渡す方も手間をかけてるんだから謝礼を渡すのは当たり前よ」
ノーリゥアちゃんの言葉にイリーナがこっちを見てキラキラした瞳で見てくる。うわあ…なにこれ。
「いや、謝礼なんかいらないけどね」
「うわーい、ジュンさま愛してるぅー♪」
愛が軽いなぁ…いいけどね。だいいちそんなもの作ってないし。
「あの、話が盛大に逸れすぎではないでしょうか?今回の論旨はあのゴブリン戦での反省会だったと思いますが」
お、真面目なフランが挙手して発言している。確かにそうだった。魔術に関しては別の機会にしよう。
「そうだったわね。ともかく、ジュンの単独行動のおかげで助かったのは事実だけど、そのせいであんたは死にかけたのを忘れないで」
…ごもっともです。あの石が当たってから、ずっとピンチが続いてた。魔法薬も買っておいて良かった。
「そう言えば、あんた(睡眠の霧)を全開で使うとか言ってたけど、やらなくて正解だったわよ」
「え、そうなの。不眠の魔法薬飲んでやろうと思ってたんだけど」
「不眠の薬は睡眠に対しての抵抗を高めるだけで、眠れない訳じゃないの。私の種族特性とは違って、高い魔力で放たれた術なら簡単に突破しちゃうわよ。つまりあんたもライデルもおねんねしちゃってたわけ」
──あっぶな!そうだったのか。石で邪魔されたのは良かったのか。
「全開で使っても全部のゴブリンを眠らせられたとは限らないし、自分や味方が眠ってしまった時のフォローがいない場合は危ないのよ」
つまり[無詠唱]での(睡眠の霧)は、ノーリゥアちゃんだけの技と思った方がいいのか。
「勿論、範囲を理解して味方のフォローが出来る状況なら(睡眠の霧)を使うのは問題ないわ。要は状況判断を正確にしないといけないってこと」
うん、そうだね。私は不眠の薬を貰ったからあれを使うにはどうしようって考えてたけど、そうじゃないんだ。
「戦い方もそうですが、やはり単独行動は問題だったと思います。なぜ私を置いて行ったのですか?」
「私達、ね」
うぐ。それを言われると辛いなあ。と、ここで助け船が来た。
「ライデルの所の馬は遠乗り用の子で、軍用馬よりも早いのよ。二人だけどジュンは子供だし、装備もほとんど着けてなかったからあの速さで来れたのよ。結果的に独断専行になったけど、ライデルもいたから助かった面もあったと思うの」
自分を助けるための行動だったと主張するノーリゥアちゃん。けど、フランは諦めない。
「そうだとしても、お嬢様が危険な目に合う必要は無かったのではないのですか?」
「それは、そうね。ジュンの安全を図るなら来るべきではなかったと思う。結果として私以外全滅という事になったとしてもそれは仕方ないこと」
私が魔石を持っていかなければ、最後の切り札で一切合切を吹き飛ばすとノーリゥアちゃんは言っていた。それは村人もゴブリンもまとめて吹き飛ばすと言うことだ。
「私は覚悟を持って挑んでいるわ。自分が生き残るために汚名を被ることもね。だからそうなってもあなた達に負い目を感じることもない」
フランも自分の意見が自己中心的な事に気付いたみたいだ。無辜の民を犠牲にして生き残るのを喜ぶ人間が、冒険者として正しいのか。自分の主人として正しいのか。
「私は手放しには褒められないけど、今回のジュンの行動に救われた。だから、あれは正しかったと認められる」
「…分かりました。私の考えは少し浅慮でした。反省します」
フランも渋々理解してくれたみたいで良かった。
「それにジュンにとってもいい結果が得られたと思うの」
いい結果?なんだろう?
「人型の敵を倒すことが出来たでしょ?悩んでたんじゃなかった?」
──そう言えば、そうだった。ノーリゥアちゃんが大変だと思ったら、すっかり忘れてた。
「今なら分かると思うけど、結局は生存競争なのよ。あいつらは私達を食糧や繁殖の為の道具にしか思ってない。そんな奴等に襲われる村人や私を助けるために殺す、それは自然の摂理と言っていいと思う」
人が生きるために獲物を殺す。そしてゴブリンは人を殺す。なら、人も生きるためにゴブリンを殺さねばならないということか。
ようやく、理解することが出来た。
「自分が生き残るために戦う。それは正しい事なの。例え相手に罪がなくても、自分が大罪を犯したとしても。自分を生かすために必要ならそれは正しい。そう思いなさい」
そう語るエルフの横顔はとても気高く、哀しそうだった。
反省会はこの辺りで閉会となった。ノーリゥアちゃんがお酒を開けはじめたからだ。
それから程なく、みんな寝静まってしまった。




