いろんなひととはなしました
祝勝会なんだけど、本当は断ろうとした。ノーリゥアちゃんとライデルがいれば体裁は整うはずだし、私だけ出るのは嫌だった。執政官は君らの仲間として参加して欲しいと懇願してきたので仕方なく応じたのだ。当然、私はジュンとして出るし、ゴブリン戦での戦果とかは全部広まらないように注意して欲しいとも言って確約させた。
そこまでしてくれたら後は問題ない。イリーナやフランにもそういった場を経験させるいい機会だ。
ただ、イリーナにドレスを用意出来なかったのは痛手だったな。彼女の僧服姿は、清楚で可愛らしかったけどやはり女の子としてはこういうときはドレスアップして欲しかった。彼女は暖色系の色が似合いそうだから、山吹色とか橙色のドレスが良さそうだな。
私とフランは『セバスティアン』で買ったドレスを着てみた。支度はフェデルが手伝ってくれて、少し話せたのが嬉しかった。元気なさそうだから、こっちはなるべく元気に返すようにした。少しでも気分が晴れてくれたらいいなと思って。まあ、無理だと思うけど。
髪は纏めてアップスタイルに、少し化粧もしてもらった。二年前に父様に連れられて出たパーティーでは、ベタベタと白粉を塗られてアイシャドーもどぎつく仕上げられてしまったのだが、それに比べてごくごく自然に仕上げてくれた。それでも、鏡の中にいる少女はとても綺麗に見えたんだ。だからお礼を言ったんだけど、不思議そうな顔をされてしまった。
ここ最近の事でもあるけど、なにかしてもらったらお礼をちゃんと言うことを心掛けている。色々と教えてくれた師匠の言葉の一つだけど。
『何かしてもらったなら、それは相手は何かを求めていると言うことだ。手持ちに何もない、もしくは相手が何を求めているか分からないときは礼を言いなさい。そうすれば、少なくともそれに報いる姿勢は見せる事が出来る』
もっとも、状況によっては礼を言わない方が良い場合もあると教えられた。言質を取る人間や恩を着せたがる人間だ。そうした人間でないのは分かっているから、これには当たらないだろう。
ダリエルさんの挨拶のあと、祝勝会が始まる。とは言え、ダンスなんか有るわけもないし和やかな雰囲気での食事や談笑が目的だ。主催、ダリエル。主賓、ノーリゥアちゃんとライデル。街の名士達が彼らと交流するための場なのだ。私たちは賑やかしだから、目立ちすぎないように潤滑剤としての活動をしよう。
フリーダ様には感心され、ロザリンド様には心配された。お二方の性格の差かな?
ちなみにフリーダ様は少し胸の開いた青緑色のイブニングドレス。ロザリンド様は古風なドレスで濃い群青色のスカートに蒼いレースが縁取っている。
喉が乾いたのでシエラさんにカクテルを頼んだ。
「えっ?ダールトン産の香草白ワインとヴァルトシュタイン産の果実蒸留酒を半々で、ですか?」
どっちもそこまで高い酒ではないからあるとは思うんだ。ちなみにこのカクテルは『マティーニ』というらしい。どこで覚えたのか分からないが、お酒が好きな私のことだ。きっと流し読みした旅行記の中にでもあったのだろう。
「御待たせしましたー♪」
「ありがとう♪」
カクテルグラスを受け取り、一口つける。
うん、中々に爽やかな味わいだね♪
果実蒸留酒は果実を浸けた大麦とライ麦の蒸留酒。そのまま飲む人もいるがカクテルのベースとしての方が有名なお酒で、爽やかな風味とパンチのある味が魅力だ。ヴァルトシュタイン以外でも作られていて、通名はジンと呼ばれている。
香草白ワインは香草(ニヨルギ、ラフィオンなどの薬草)で香り付けした白ワイン。ダインベール中央部では普通に飲まれるらしい。普通の白ワインと比べて甘味と香草の風味でぐいぐい飲めちゃうという素晴らしいお酒だ。
「旦那様に似てお酒が好きですね、お嬢様は」
フランはやや呆れているみたい。
「美味しいんだよ?飲んでみなよ♪」
酔っ払い宜しく、人にも飲ませてみよう。嫌がってはいたものの、口をつけてはくれた。
「うう、?ちょっと酒精が強くないですか?」
「そうかな?」
まあ、実際は強いだろうね。ほんのり紅く色づくフランが少し色っぽい。よし、作戦成功だ。
題して『フランお色気大作戦』。そもそもフランは平民とは思えないほど礼儀作法に通じている我が家の自慢のメイドさんだ。しかも、結婚適齢期真っ盛りで容姿だってフリーダ様やロザリンド様にはひけをとってないはず。まあ、今回は平均年齢高めの方が多いからそういう話にはならないだろうけど、こうした機会は他にもあるかもしれないし、そういうときに物怖じしないように慣れさせないとね。
「あー、ジュンたらお酒飲んでる。いけないんだー♪」
お、この語尾が楽しげな声はイリーナだ。隣にちょっと年齢のいったおじさまがいる。キョウガイシの僧服を着てるからたぶん司祭様だろう。
「これは司祭さま。私はジュンと申します駆け出しの冒険者です」
ペコリと会釈する。本来、ドレスを着た淑女が行う挨拶はカーテシー、つまりスカートを両手、ないし片手で摘まんで左足を下げ頭を下げるのだが、貴族以外がやると煙たがられる場合が多い。
今の私は冒険者ジュンだから略式でも問題ないはず。先方は気にすることもなく左手で帽子を取り、胸に手を当てて挨拶してくれた。
「キョウガイシの司祭をしております、メルシェールと申します。イリーナの仲間となられたそうなのでご挨拶に参りました」
にこやかな笑顔だが挨拶が固い。
「司教様よりもお噂はかねがね。見聞を深めるために旅に出るそうですな」
あ、やっぱりこの人も知ってる人だ。イリーナを見ると『私じゃないよ』とばかりに手を振っている。エカティリーナ様から聞いてるなら仕方ないか。
「私はただの子供ですので、あまり畏まらないでください。勘違いしてしまいそうです」
暗に私を持ち上げるのはやめてねと言うと、彼はちゃんと理解してくれたようでにこりと笑ってからこう言った。
「これは失礼。年を取ると若い者は眩しくて目が眩んでおりました」
イリーナはこの街から修行に行ったのだから、彼が師という事になるのか。
「イリーナは頼りがいのあるお姉ちゃんみたいな人でとても助かっています」
「そうですか。ならば精進なされませ。大地と智恵の幸あらんことを」
彼は神への祈りへの略式、『六字』を切る。
この行為は五つの神への信仰を一文字ずつ縦、横に右の手の指二本を使って動かす動作の事を言う。
キョウガイシ
ジョウコウカン
セイサイゴク
ゴーカシャ
アソーギ
この五柱の神々への信仰で最後の一つは人を意味するそうだ。彼らがこうした時は合掌し、礼をするのが一般的な習わしだ。挨拶の意味もあるけど、この仕種自体は神術を使う際の基本動作でもある。イリーナも時々やっている。
彼とイリーナから別れると今度は杖をついたご老人がお声をかけてきた。
「失礼じゃが、そこな椅子に座りたいのだが」
おっと、私たちは壁際に置かれた椅子の前で立ち話をしていたようだ。急いで退くが、足が悪いようで難儀していそうだ。
「失礼でしょうがお手伝いしましょう」
後ろにいるフランに目配せをすると、彼女は反対に回って杖を持つ腕を保持する。私もそうするが、力が足りないからちょっとふらつく。
「こ、これは忝ない。よっと…」
ご老人は椅子に座るとふうと一息する。それから私達に礼を言ってきた。
「いや、ありがたや。まさか別嬪さん方が介助などするとは思わなんだ」
ハイヤール老よりも年上っぽいこの方はジョウコウカンの僧服を着ておられる。ということはザルフィス司祭で間違いない。
「エルフ様の配下になる者達であろう?あの方に劣らず見目麗しいわい。儂はザルフィスと申す。ジョウコウカンの司祭を任されてはおるが、この様ではな。年々足がいうことをきかなくなる」
右の膝が大分悪いようだ。少し痛みを取ってあげたいな。
「司祭さま。私もささやかながら治癒の術を使えます。先達の方にお目汚しかとは思いますが、かけさせては戴けませんか?」
あまり目立つ事はしたくないけど、これだけ痛そうだと見るのも辛い。
「ほうかい、ありがとうな。日に何度かかけて痛みを散らすんがエエとこなんでな、まあ頼みますわ」
田舎のお爺ちゃんみたいなしゃべり方が味がある。くすりと笑ってからしゃがんで術を唱え始める。
意識を集中すると膝の辺りが少し視えてくる。骨がかなり細くなってるけど、折れても罅も入ってない。ただ、膝の隙間が狭すぎるのでそれが当たって痛むのだろう。なら、その部分を補強すれば痛みは消えていくんじゃ無いかな。
どこかの本で得た知識を頼りに関節の部分を補っていく。作るのは骨じゃなく緩衝材の軟骨とかだ。魔術構文を大幅に書き換える。足を持って動かして、当たりを確かめつつ作ったり削ったり。何とか良い形に出来たところで術式は終える。
「…おぬし。何をしておった?」
ザルフィス様が驚いた顔でこちらを見ている。私は笑ってから立ち上がる。
「ただの痛み止めですよ。力が落ちておられるので無理はなさらない方がいいですよね」
私の言葉を聴いているのか分からないが、彼は呆然としていた。
「オルガの言ったことは本当じゃったか…」
「オルガさんが何を言ったかは存じませんが、出来ればご内密に願います」
私は口に人差し指を当ててウインクをする。自分の術が治し過ぎるという事は自覚しているのであまり騒がれたくないのだ。
それに腕や脚の欠損は治せなかった。まだまだだ。
ザルフィス様と長話になるのは色々とまずそうだ。合掌して立ち去る私を彼は笑って許してくれた。
術を使ったせいかお腹が減った。テーブルの方に行くと、様々な料理が並んでいる。皿を取って、あれこれと選んでいるとフランが綺麗に並べた皿を渡してきた。
「お野菜も食べてください。脂が多いものは垂れやすいので気を付けて」
まるで私のお母さんのように世話を焼いてくれるフラン。だけど、こういうときは自由に食べたいんだよ。モノを食べるときは自由でなければならないと放浪の行商人も言っていた。あの旅行記は私のバイブルといって良い。話がそれたけど、なんかフランが離れていった。
「ほるふぁふぁん?」
向かった先にはオルガさんがいる。なるほど、フランも隅には置けないなぁ。つい、にやついてしまう。
フランは微笑みながらこちらに戻ってくる。チョーカーが光ってたように見えたけど、気のせいか?光が反射しただけだったのかな?
「オルガさんに用なら行ってても良いんだよ?」
「用件は済みましたので。さあ、食べましょう。お嬢様、こちらのローストビーフはいかがでしょう。私は切れませんので誰か呼びましょうか」
いや、それなら私がやるよ。
その後もしばし歓談をしたり食事をしたり。お酒を頼んで怒られたりしながら、宴は進んでいった。
中々に有意義な時間だったと思う。デザートは一品しか無かったのが残念だったけど、三つぐらいいっぺんに食べても良いじゃないか、フラン。
簡単に太るくらいならこんなにやせっぽちじゃないやい。




