1-9 わたしのいきかた
自分の得た権能が、いわゆる恩恵なのか、その使い方とか、気になることは多いのだが。こういう事は自分で考えるべきだと私は思う。
だって言いづらいじゃない、使った服が燃え出すとか服だけをしまって相手を丸裸にするとか。
師匠が男だからこそ、これは言いたくないわ。
なんか私の人格に問題があるとか辛い心的外傷があるのではとか思われそうで、ご勘弁願いたい。
というわけで師匠に聞くべきはこれからの指針、方向性といったところである。私は父の書き置きにあった事を聞いてみた。
「大迷宮の湖畔?」
フレスコ導師の表情なのかが怪訝なものになる。まだ子供の私に言っていいものかと迷ったようだが、すぐに答えてくれた。
手を私の前に出し、指を二本立てる。
「大迷宮と云われるダンジョンはこの大陸には六つある。その内のふたつがその言葉に該当する」
「二つ……それはどこと、どこにあるのですか?」
「まずはアクアリア森林連合のリールフォワズ、ここはグラン・アクアリアという湖の畔にある」
地学はあまり得意ではないが聞いた名前の国だ。たしか、エルフ、ドワーフ、人が共同で設立した国だったと思う。
「もう一つはそのアクアリア森林連合とインペツゥース皇国の境にあるロボスホス」
その国境線はたしか山岳地帯だったと思う。
「こっちは湖畔にあるわけじゃないが、迷宮の内部に湖がある。あいつが言うのならたぶんこっちの事だと思うが」
まあ、確証はない、よね。それにしても迷宮内に湖とか……地底湖みたいな感じなら分かるけど。
「なぜ、いきなり大迷宮の事を聞いてくる」
当然の疑問に、私は父の書き置き全てを諳じた。
「──あいつ、いくらなんでも無茶苦茶だ。言っておくが俺は反対だ」
お、師匠がちょっと怒ってるみたい。こういう表情はあまりしない人なので、渋くてイイなぁ。
「お前は確かに人並み以上に魔力も高くなった。恩恵もあるかもしれない。だが、まだ十歳の小娘だ! 成人すらしてない、冒険者登録も出来てない、世間知らずの貴族のお嬢様さ」
うん、否定できない。
というか本当の事だもの。
師匠は続ける。
「あいつは、エルザムは確かに一角の戦士だった。目端は仲間の誰よりも利いた。だが、この判断は間違えてる!」
師匠は昔の父様をよく知っている。かつて冒険者として活動していた頃の父様は、名を馳せた英雄だったのだ。
もちろん、素性は隠してやっていたんだけどね。
「あいつの指示に従うな! 伯爵の伯父貴や、おれを頼ってくれてもいい。貴族を捨てて、隠れるようにそんなところまで行けるわけがない。従者も傭兵も無しに生きて辿り着けると、お前は思ってるのか?」
師匠の言うことはおそらく正しいと思う。
そもそも勇者とかでも仲間は必要だ。勇者ではない子供の私が一人では(フランがいたとしても)無理だと思う。
そんな判断も出来ないバカのつもりはない。
……でも、それでも。
「もう、決めてるんです。そこで父様に会えなくてもいい。私を信じてくれた父様を、信じてみたいんです」
たとえ、父様がすでにいなくとも。
私が自分の身の丈をわきまえない愚か者であったとしても。
「お前は、死ぬのが怖くないのか? 楽しいことも喜びも感じず、いまだ恋すら知らぬままに逝くことがどれだけ辛いか考えた事はあるか?」
『それはよく知ってる』
───私の中から聴こえるもう一つの私の声。
そう知っている。
そんなことはいつもそうだった。
だから私は怖くはない。
人はいつでもあっという間に命を落とす。だからこそ信じたいんだ。生きていた人たちの想いを。かけがえのない人の想いを。
「わたしは……死にに行くつもりはありませんよ、師匠」
見た目はちょっとカッコいい。
女のお弟子さんに尻に敷かれてて情けない。
でも、とてもアツくて、優しい人。
泣き出しそうな顔を見るのが辛くて、わたしはお腹にしがみつく。
身長が足らないから絵にならない。
彼は優しく抱き締めてくれた。
わたしの生き方を認めてくれた気がして嬉しかった。
だから、思わず言ってしまった。
「──それにわたし、恋を知らないわけではありませんよ?」
……嘘ではないが、軽率だったかな?