ぎるどけいゆくすしのみせゆき
「ライムラット河を北上というと…最初は船での移動なの?」
疑問に思ったので聞いてみた。ライムラット河はこの辺りでの川幅が約二百メートル位の大きな川だ。春の雪解けの辺りや夏に入る前の雨季にはかなり広がる。だいたい三百メートル近くまで広がり、それまで河原だった辺りも水没してしまう。流れは緩やかに見えるけどその時期の河はまるで濁流のようだと言われている。
ウェズデクラウスは河岸に沿って作られているが、河よりもかなり高い位置にある。東側の対岸に向かうには昔は船を使うしか無かった。アークラウスという名がつく前の子爵領だった頃にかけられた大きな橋のお陰で、交通の便は良くなったのだ。もっとも、その時にかかった莫大な借金のお陰でその子爵は地位を追われて現在のアークラウス男爵領が出来たのだから締まらない話だ。
このゲールングラウ橋の技術は近代の架橋工事の元になったとも言われている。名前の由来は当時の子爵閣下の名前ゲーリングと、工事を執り行った土魔術の魔術師グラウからつけたらしい。
「ライムラットを溯行する船はあるけど、だいたい魔力船だから運賃は高いわ。時間もそうだけど、あんた達の事も考えたら陸路で行った方がいいと思う」
ノーリゥアちゃんは、時間をかけても陸路を選択するということか。まあ船に乗ってたらザッカリアまでは何も起こりませんでした、なんて事も有りうる。少しでも旅の経験を積ませるなら、陸路で行くのは正しいだろう。
でも、乗ってみたかったなぁ。
「ライムラット沿いの街道『ザックレーエズ街道』はザッカリア、クレーリア、ウェズデクラウスを結ぶ街道で、商隊も相当数動いてるわ。その辺の護衛として依頼をこなしつつ移動すれば、収入にもなるし経験も積めるわね」
なるほど、冒険者の仕事は素材回収や討伐ばかりではない。民間人の護衛任務も当然あるわけだ。比較的平和なこの辺りでもゴブリンは出るし、魔物もいる。実際乗り合い馬車で一角狼に襲われたし、野盗も出てきた。そういった手合いから民間人も守るのも大事な任務である。
「じゃあ、ギルドで護衛任務を探すのね?」
イリーナの発言に頷くノーリゥアちゃん。ただどこまでのどういう依頼なのかを選べばいいのかと言うと中々に難しいと思う。
「ギルドの方でも依頼にはランク付けがしてるから、白磁用の依頼を見つければいいわ」
依頼として出される場合、報酬額が固定が普通だ。危険が少なくてもこの分は貰える。逆に危険が大きすぎても報酬が増えることは余りない。
これは彼ら商人の懐具合によって決まるからだ。大商人は唸るほど金をかけてくるし、零細だと規定のラインギリギリアウト辺りまでしか出せない人もいる。
当然のように高い報酬額のモノは高レベルの冒険者に優先的に回され、新人の冒険者にはかつかつの商人の依頼しか受けられない。
危険から守るのが冒険者の仕事だけど、命あっての物種なのは商人も冒険者も変わらない。護衛として雇われたからといって、自分達にはどうすることも出来ない脅威に対しては任務を放棄する事も選択肢に入る。
例えば、自分達よりも倍以上の野盗などの場合、降参してしまうのもありなんだとか。ただ、その場合は任務は失敗するしその時に殺されたり酷い目に合うのを避けるのは自分達の裁量に委ねられる。誰も責任は取ってくれないのだ。
要は乗り合い馬車での対処と変わりない。そこに守るべき人間が増えるだけの話だ。それを越える脅威に対しての強制も保障も無いだけだ。
「街道沿いの商隊の護衛は規模が小さければ白磁の物もあるわ。規模が小さい商隊は報酬額も多くは払えないからね」
色々話してはいるがやはりピンとこないので、冒険者ギルドに行くことにした。実際に出ている依頼を見た方が分かりやすいだろう。
「どこのギルドでも依頼は掲示板に貼られるわ。貼り出された順に早い者勝ち。まあ、本当にそれをやって先輩達に白い目で見られるのはやめた方がいいわね。私なら絶対根に持つから」
自分のことを言わないでよ、ちょっと付き合い方考えちゃうよ?
掲示板は半分くらいが無くなっている。画鋲に引き千切った紙が付いていて、争奪戦の模様が想像される。よく見ると白磁の依頼はほとんど残っていない。あの冒険者達の半分くらいが白磁だからだ。
彼らの半数は青銅になる前に脱落する。脱落とは、死ぬか辞めるかのどちらか。そしてその三分の一が黒鉄になれるそうだ。
「あ、これなんか良さそうじゃない?」
イリーナが見つけたのは白磁用の依頼で、クレーリアの手前三つ位の村サゼスタスへの護衛依頼だ。報酬額は銀貨五百。クレーリアまでは隊商の速度でだいたい九日でサゼスタスだと七日くらい。一日当たり銀貨七十前後、私たちは五人パーティーだから一人頭だいたい銀貨十四枚になる。命を賭けるのだとするとちょっと少ない気がする。けど、街道を行き来するだけならそこまで危険度はだとすると高くない気もする。
「構わないけど、こういうのの場合はそこから先の依頼が取れない場合が多いわ」
小さな村とか開拓村とかには冒険者ギルドが、存在しない。だから冒険者ギルドを仲介した依頼が出ない。こういう場合は、商人の側が目的の街に着いた段階で依頼を発注して完了を同時に行う『臨時依頼』という形になる。それでもあればいいのだが、そういう商人がいなければその村からの移動は自費で動くことになる。
「初めのうちは大きな街から大きな街へ行くようにした方が確実よ。人が多いところには仕事も増えるし、冒険者ギルドの支部もある。食いっぱぐれる可能性がぐっと減るわよ」
「なるほどー、先のことも考えないといけないのか」
「余裕があるときはそれでもいいとは思う。この場合、クレーリアまでは残りは二~三日のはず。てくてく歩くつもりならね」
状況判断が意外と難しそうだね。
「依頼主に会ってから決めるっていうのもアリね。誠実で人が良さそうな商人なら多少安くても受ける価値はあるかもね」
なるほど、依頼主の人徳とかで判断するのか。
「口うるさいとか、愚痴ばかり言うとか色んな奴等がいるけど、大抵の商人は契約を守るわ。彼らには契約が一番だからね」
『魔王』とさえ契約できる商人も昔はいたらしい。ほとんど昔話の域だが、事実だそうだ。人間という生き物は時として想像もつかない事をするんだなと、話してくれたエカティリーナ様を思い出す。
「だから、その商人が信用できるかどうかは危機の時が一番分かりやすい。護衛対象に売られた冒険者なんて様にならないわ」
「売られる…とはどういうことでしょう?」
フランが聞いている。彼女には意味が伝わらなかったみたいだから、ノーリゥアちゃんは説明する。
「野盗に襲われて自身の身の安全だけを図る小心者や迎撃に向かった冒険者を残して逃げてしまう者。個人的なギャンブルを持ちかけて、冒険者の所持金を巻き上げて奴隷扱いしたり、本当に奴隷に落とされたり。商人って奴等は基本、自身の儲けを優先するから契約してる冒険者も自分の資産とか勘違いする輩もいるのよ。だから、依頼主の商人は信用し過ぎちゃダメ」
「分かりました。常に疑っておきましょう」
「いや、そうじゃないって。そしたら向こうも信用してくれないでしょ?」
「難しいですね…信用するふりをして、警戒しろと言うことですか?」
「そこまでは言わないけど、騙されるような隙を見せないっていう感じかな?」
隙を作らないと言うのは大事だね。特に私たちは殆どが女の子だ。与し易いと思われたら色々面倒事も起こるだろう。
「でも、そういう局面ってどうしたらいいの?ギャンブルとかはやらなければいいけど、難癖付けて報酬払わなかったり、賠償しろなんて言い出す奴の話、ヤゼンも文句言ってた事があったよ?」
イリーナがそうしたときの対処法を聞いている。
「そのためにオルガ達、冒険者ギルドが在るのよ。依頼が基本的にギルド経由なのも、彼らが間に入って契約の不備や賠償に対しての判定をするの。中には冒険者を騙すのが目的の詐欺師がいたりするから」
騙す前提の商人とかいるのか…冒険者って騙しやすそうだもんね。私達も気を付けよう。
幾つかの依頼があるけど、ここではさっき見つけたのが一番よさそうだった。
「あ…」
掲示板の一番端辺りにあった依頼をノーリゥアちゃんが見つめてる。見てみると捜索依頼と書いてあった。グアルコの村のゴブリン退治を引き受けた白磁のパーティーの捜索及びゴブリンの討伐依頼だ。ランクは青銅になっている。
「誰も行ってないか…」
私たちはこの依頼に少し関わってはいた。でも、依頼として受けた訳でもなかったしそこに偶然居合わせただけだ。ノーリゥアちゃんは若干引け目を感じているのかもしれない。
「まあ、仕方ないわね。こういう事もあるのが新人だから」
予測通りに、彼らは戻ってこなかったのだ。白磁から青銅に上がれるのはだいたい半分くらいの現実が、まさにそこに貼り出されていた。
「明日の朝になったらいいのがあるかもしれないわ。今日はもう戻りましょう」
ノーリゥアちゃんはさばさばとした感じで特に何も言わなかった。彼女はもう何年もこうした光景を見慣れてるベテランだ。感慨も何もわかないのだろう。
「ああ、そうだ。施術院でも薬師でもいいけど、薬草の類いを見繕っておきなさい。ジュンはだいたい分かるわよね?」
傷薬や火傷、色んな種類の毒や病気に必要な薬草は様々な種類がある。中には保存が効きづらい物も多い。旅先で必要だけど湿気ったりカビたりして痛むことが多いので冒険者は多くを持ち歩きたがらない。
でも、私には【保管】があるから、そういったデメリットは何もない。壊れたり痛んだりしないので、在庫は多いに越したことはない。
「買えるだけ買っておきますね」
「あんまりやり過ぎないでね。あんたの【保管】は知られないように注意して。私はちょっとオルガと話があるから先に帰りなさい」
ノーリゥアちゃんと別れた私たちは、イリーナの行きつけの薬師、ラークトさんの店に行くことにした。
「風邪引いたときに飲んだでしょ?あれ作ってくれた人だよ」
「ああ、そうなんだ」
意外と飲みやすい煎じ薬だった。たぶん、子供用に甘い成分を足してくれてたんだと思う。よく効いてくれたから、腕は確かなようだ。
薬師ラークトの店はウェズデクラウスの旧市街の一角にある古い店だった。かなり年期の入った店構えだが、その前では子供たちが地面に何か書いて遊んでいる。店先には乾燥させている草や木の皮、何かの動物の皮とかが干してある。
「ごめんくださーい」
昼下がりの街にイリーナの声が響いた。




