やくそうとまほうやくとおかし
薬師のラークトさんはお年寄りかと思ったらまだ若い男性だった。キョウガイシの僧侶でもある彼は、医学や薬学を中心に学んだそうだ。
「父の跡を継いで薬師にはなったけど、簡単な術ならまだ使えるよ」
とはいえ、彼の本業はやはり薬師。様々な薬草や動物の部位などを使って薬を調合するのに長けている。その種類もかなり多い。風邪や化膿症の薬からこの辺りに住む蛇の解毒剤、ネズミのもつ病気(紫熱病)の特効薬、大百足の解毒剤などなど…。お値段もそこそこするので買い置き分は人数分だけにしよう。また、普通に使える傷薬の軟膏や、疲労回復のお香とかもある。こっちはそれなりの数を購入しよう。私の呪文だけで何ともならない時に、こういうものがあれぱかなり違うだろう。
「出来れば、保存用の箱も購入しておいた方がいいよ。湿気とりとか草とかもセットでお買い得ですよ」
【保管】に入れておけば劣化はしないんだけど、まとめておけるのはありがたいよね。
「魔法薬の方は要らないかい?」
あれ?普通の薬草だけじゃなくて魔法薬も扱ってるの?
「僕はキョウガイシの僧侶だけど、クラスとして[賢者]も持ってるんだ。同じくらいのクラスレベルまで持ってると、[錬成]の技術を取得できるようになるんだよ」
魔術師にも錬成はあるけど、やはり似たような感じだったはず。
「傷用の回復薬なら治癒呪文みたいに治せるよ。解毒は専用に配合した物よりも効果は薄いけどだいたい何にでも使えるよ。ただ、僕のだと何でも治せるとは言えないけどね」
魔法薬は、錬成した人の技術と魔力や神力によって品質が変わる。低い技術と低い魔力しかない者が作ったモノはかすり傷とか軽い打撲を治すので精一杯だけど、錬成職人の作った物は折れた骨を繋ぎ、えぐれた肉を再生させるという。
「おいくらですか?」
「回復薬が銀貨二十、解毒薬は銀貨三十だよ」
数は三本ずつあるらしいから、全部買った。気前のいい客に彼は気を良くしたみたいだ。おまけで試しに作った魔法薬を一本くれた。
「不眠という。飲むと最低十二時間位は眠くならなくなるんだ。魔術だろうとね」
へえ。まるでエルフみたい。この間、ゴブリンとの遭遇戦でノーリゥアちゃんが(睡眠の霧)を使ってるけど、彼女は効果を受けなかった。というか、『エルフは魔術などで眠らされる事はない』のだ。エルフだって眠るのだけど、魔術や神術やその他の特殊な属性攻撃とかでも、強制的に眠らされる事はエルフは絶対にない。これは種族的な特性だ。お酒を飲んで、酔って眠るのはよくやってるみたいだけどね。
「君は勉強とか好きみたいだから、これを飲んで勉強に励んでほしい。出来れば継続で購入してほしい」
正直な人だね。ともかくその小瓶は受け取った。中に入っているのは透明な水で、瓶には線が幾つか書いてある。
「その線まで飲めば一刻半(約三時間)ほど効果がある。味は少し苦いけど珈琲みたいな苦味だから」
「有り難く。ちなみにこれは他にもあるんですか?」
「実はそれは試作品だよ。効果はあるのは実証済みさ。何せ昨日から寝てないからね。まだ後六時間くらいは眠くないはず」
「出来たら作っておいてくれませんか?販売価格は幾らくらいになります?」
私はこの魔法薬に価値を見いだしている。何本かあれば、かなり使い道がありそうだ。
「一本銀貨三十五くらいかな。材料に珈琲樹の果実を使ってるから少し割高なんだ」
「明日までに何本作れますか?」
「一度の錬成で五本くらいかな。材料が一回分しか残ってないけど」
「では、明日また来ますね。お代は先の方がいいですか?」
「いや、それは止めておくよ。錬成で失敗する可能性もあるんだ。出来なかったら金を返すのが恥ずかしいからね」
苦笑しながら答えるラークトさん。材料とかにかかる費用もあるだろうから、先払いでもよかったんだけど。一通り買い物が終わったから店を出る。日が傾き始めていたから、意外と時間がかかったようだ。イリーナとフランはかなり暇そうだったけど、最後の不眠の魔法薬の話をしてきた。
「眠れない薬なんて何に使うの?まさか本当に勉強なの?」
これから冒険に出るのに勉強って。イリーナに説明をする。
「もし、敵に包囲された状況になったらこれを飲んで周りに(睡眠の霧)をかける。ノーリゥアちゃんみたいに[無詠唱]は出来ないけど、上手くすれば周りの敵は無力化出来る」
あれは彼女がエルフだから出来る反則技みたいなものだけど、それを真似できる訳だ。少なくとも飲んだ人は眠ることはない。
「相手が眠る生き物ならだいたい使えそうだし」
眠ってしまえば、逃げることも倒すことも選べる。
「なるほど。ジュンの魔力なら相当強い敵でも効きそうだもんね」
「夜営の見張りの時にも使えそうですね。ついうとうとしてしまうかもしれないので」
「一目盛で一刻半だから、きちんと時間を計らないとね」
まあ、高価な薬だからあまり乱発はしない方がいいだろうけど。
私たちは購入した薬草や収納箱、魔法薬を持ってイリーナが子供の頃に行ったというお菓子屋さんに行った。そこは喫茶スペースもある所らしく、そこで買ったお菓子とお茶を頂けるのだそうだ。こういった喫茶店のような形態のお店が増えたのも実は『勇者サトル』のお陰らしい。彼はお菓子を作るのがとても上手かったそうだ。
それまでは、お茶といえばお安いところは麦茶、高価な所は紅茶だけだったけど、それと同じくらい高価な珈琲とかココアとかも出てきた。
「ここは勇者様直伝の菓子職人が出したお店何だって」
イリーナの目の輝きが凄いので、そのテンションの高さが窺える。お店は新市街の中でも高そうな物件が、並ぶ住宅街にある。『キューリシューナ』と書かれた看板にはその下に何か字が書いてある。
「…オータムピアーズ洋菓子店協賛…」
なんか聞き覚えのある単語だけど…なんだっけ?
それにこの文字。私は読めるけど、【翻訳】があるから読めるだけだ。どこの言葉だろうか?古代語とも違うし、エルフやドワーフのとも違う。この辺の言葉は全部分かるから人族の言葉じゃないのかな?
「ほーら入るよ♪」
「あう」
イリーナに引っ張られて店に入る私。中は木目調の調度品が品よく揃えてある、貴族の応接間に近い感じだ。店には何人かお茶を嗜む客もいる。身なりの良い商人とその娘さんみたいなカップル。何やら本を読み耽るおじさん。魔術師風のローブを着た男性と軽目の革鎧を着た女性は冒険者だろうか。みな、思い思いに寛いでいるみたいでちょっとほっとする雰囲気だ。
そもそも、料理屋にしても酒場にしてもだいたいが喧騒の中にあるのが普通で、こんな落ち着いた店はあまりない。
板ガラスで囲まれた中にカットされたクーヘンやらトルテやらがちょこんと残っている。かなり数が少なそうである。
「あ~やっぱり時間が遅いからあんまり残ってないよぅ」
イリーナは少し残念そうだ。その横でご婦人とメイドさんが店員さんにあれこれと注文をしている。別の店員さんが私たちにも声をかけてきた。
「いらっしゃいませ、キューリシューナへようこそ。お持ち帰りですか、店内をご利用しますか?」
女性の店員さんはメイド服みたいな格好をしている…がちょっと違うな。スカートの丈が意外と短い。膝丈位なので、メイドでこんな短いスカートの者はいない。色も鮮やかな青色で、中にフリルのついた白いブラウス、首元は赤いリボンをつけている。真っ白なエプロンは清潔そうで好感度は高いのだけど。脚を見せてて恥ずかしくないのかな?
「久しぶりだね、ミリアーナ」
「あれ?イリーナ?なんだ帰ってたの?」
お二人は知り合いか。まあそれもそうか。三年前までここで暮らしてたんだし。
「レアチーズトルテ、売り切れちゃったのか」
「ちょうど今ね」
と、彼女は小声で目配せする。なるほど。あのご婦人とメイドさんが最後のを買ったのか。と、こちらを向くご婦人と目が合った。
「ユーニスさま?」
「え?」
つい言ってしまって口を手で押さえるご婦人は、ロザリンド=トライデトアル士爵婦人。ウェイバール伯父様の奥方だった。
「そうですか、お宅はこの辺りでしたね」
「はい、そこからしばらく行った所に」
私たちはキューリシューナでお茶をすることになった。私とロザリンド様が窓際の見晴らしの良い席に座り、フランとイリーナ、それにロザリンド様のメイドさんのカタリーナさんもそちらにいる。
カタリーナさんはフランより年上のベテランのメイドらしい。
「今は執政官様のお宅にお邪魔しております」
「そうでしたか。あちらの宿でも私どもの所でも仰って下されば宜しかったのに」
むしろ、なぜそうしないのかと問い詰められてるような気がする。ロザリンド様はメイドから奥方になった方なので、お世話という事が大好きな気がしたのだ。残念だけど、お世話好きのメイドさんは一人で事足りていますので。私は基本的に放っておいてもらった方がいい性分なのもあるけどね。
まあさすがにそんな事は言えないから適当にお茶を濁す。
「伯父様はおかわりなく?」
「はあ。毎朝の出仕に合わせた散歩も常に滞りなく、暇なときは庭で剣を振っております。軍を辞める前よりも健康的になりましたよ」
それは良かった。気落ちしてふさいでいるなんて無さそうだとは思ったけどね。
「あの宿はライデルの部下の方が支配人になるという話でした」
へえ。まあ伯父様にしてもロザリンド様にしても、客商売に向いてるとは思えない。正しい判断じゃないかな?
「先日、男爵閣下が夜分おいでになったらしいのですが、私は就寝しておりまして閣下は旦那様に用件だけを告げて帰ったそうです」
「はあ、それで父様はなんと?」
「二年ほど後に内にここの執政官になってほしいとの事でした」
ほう。じゃあダリエル君が軍の司令官になるのかな?彼は軍よりも民政の統治の方が向いてる気がするけど。
「執政官様は、サンクデクラウスの執政官として迎えるという事らしいですが…」
はてな?父様が今のサンクデクラウス執政官なんだけど。その地位を渡すってこと?あれ?どういう事だ?
「それは…つまり男爵領の領主が変わるって事ですか?」
「私にもどういう事か…あくまで都市の統治のみを任せるおつもりなのかどうかは分からないと旦那様も仰ってました」
男爵は統治する街の執政官を兼任するのが慣わしだ。複数の街を統治する子爵になると、その代行として街に執政官を置くことが出来る。現状、規模の大きい街が二つあるこのアークラウス男爵領は特異な存在なのだ。
「ひょっとして、陞爵するのかな?」
「かもしれない、と旦那様は仰ってました」
めでたい話ではあるけど、急な話でもある。領主屋敷の焼失はかなり大事のはずだ。それ自体は不名誉な事件だから。元からそういう話があったのかもしれない。
私達が真面目な話をしてる間、隣の席ではイリーナとフランが蕩けそうな顔でお菓子を食べている。カタリーナさんは紅茶を品よく飲んでいるだけで、レアチーズトルテには手をつけていない。宜しければと、イリーナの方についと、寄せていたので食べる気はないようだ。
私も気を取り直してトルテにフォークをいれる。柔らかな感触のあと、トルテの皿部分の生地に届くがそちらも少しの抵抗で切れた。口に運ぶと爽やかな酸味と蕩ける触感に驚く。広がる甘味と酸味のコラボレーションは、果物を使った味とはまた別の次元だ。
そのまま、紅茶を口に含む。こちらも中々にいい淹れ具合だが、この黄色い果実のスライスが爽やかな香りを付けている。果物紅茶とも違う。後で聞いたが、これはアクアリアとかで収穫される檸檬という果物らしい。勇者サトルはこの果物を使って色々と技巧を巡らせたらしいのだが、この使い方は割りと初期の頃に編み出されたんだけどものだそうだ。
「ふう…美味しいですね」
「私のもどうぞ御召し上がりください。私どもには少々多いもので」
そう言いつつ、ロザリンド様は、皿を渡してくれた。行儀が悪いけど、半分だけ頂く事にしよう。
「私も太りたくはないので」
「まあ」
そろそろ日が落ちる。遅い時間のお茶は、あまり誉められた作法じゃない気もするけど。
たまにはいいよね。




