めいどとのふれあいとたびじのかくにん
何やら騒がしいので目が覚めた。と、思ったらなんか暑苦しいし、香水やら女性の体臭やらやたらと鼻につく。しかも、体が動かない。目を動かすと目の前には大きな桃があった。…これが水蜜桃というものかと、感心しきり。
「お嬢様!起きてください!」
ベリッと引き剥がすように私を起こすフラン。騒がしいのでフリーダ様も起きてきた。
「あら、おはよう」
「おはようございます」
「おはようございます…ではありません!なんで奥さまと一緒に寝ておられるのですか?」
フランの剣幕がすごいけど私だって知らないよ?
「さあ?」
「ねえ?」
「なぜお二人とも知らないんですか?」
そんなフランにダリエルさんが答える。もう、君なんて呼べないよね。
「話してる最中に寝てたから、妻の横に寝かしたんだ。夜中に君のいる部屋に入るわけにもいかなかったからね」
ほう、なるほど。自分に配慮しての行動な訳でフランとしては責めるわけにもいかなくなったみたい。
ちょっと照れてる所が可愛いですよ♪
「妹と眠ってた昔を思い出して嬉しかったわ。今日も来なさいな」
おう、フリーダ様にはご好評だったようだ。遠巻きに見ていたメイドたちも旦那様に散らされていく。私とフランも元の部屋に戻って着替える事にした。
「う、ちょっと頭いたいなぁ」
「お嬢様、お酒臭いですよ。なんで十歳なのにそんなにお酒が、好きなんですか…」
うう、なんでかは知らないけど、親の子だからじゃない?父様もお酒はよく飲むからね。先に洗面所に寄って、冷たい水で顔を洗い、口を濯ぐ。少し頭が冴えてきたら、喉が乾いたので水を飲んだ。さて、戻って着替えよう。
「フラン。今日はどうするか聞いてる?」
「いえ、昨日はなし崩しに別れたので…」
そう言えばそうだった。どうしよう。また冒険者ギルドに行ってみようかな。でも、また声をかけてくる人達がいそうだしな。ハイヤール老の家に行けば確実なんだけど、レガン君に怖がられてるし…
朝食が終わったあたりの時間で行動を決めかねていると、ドアをノックして入ってくるメイドがいた。
「汚れ物をお預かり致します」
フェデルだ。今日は朝だからか少し顔色は良さそうだ。笑顔はなく、淡々と仕事をこなす。フランは何故かうんうんと頷いている。
「ありがとう」
「…いえ、仕事ですので」
お礼を言うと、少しだけ首を傾げてからお辞儀を返してきた。やっぱり、ぎこちない感じだ。本人には聞かないと約束した手前、私としては為す術がない。てきぱきとシーツやカバーを外し、私達の服をもって退出していった。
「仕事ぶりは良いのですが、覇気がありませんね。せっかくお嬢様からお褒めの言葉をいただいたのに」
フランは変わらないなぁ。なんだか嬉しくなって、フランに抱きつく。
「ふわっ!?お、お嬢様?」
「そのままのきみでいてね?」
「え、あの。どういう意味でしょうか?」
「ん~、ないしょ」
家は男の人が父様以外にはお爺さんの家令しかいなかったから、こういう事は起こらなかった。いや、父様がそうした事をする可能性もあった訳だけど。私の父様はそうした事に興味が無かったのだろう。
子供も私一人で、テレーゼ母様が亡くなってから、再婚もしない。私としては嬉しいんだけど。
「あのぅ…お嬢様?」
抱きつかれたままのフランがちょっと困っているようだ。しょうがない、離してあげよう。
「さて、どうするか」
と、そこでまたノックがされる。フェデルがドアを開けてこちらに伝言を伝えてきた。
「ノーリゥア様とイリーナ様がいらっしゃっております。応接間に入らしてくださいませ」
おう。向こうから来てくれたよ、早速向かおう。
昼の鐘一つから半刻たった位の時刻。応接間に通されたイリーナは借りてきた猫のように固まってソファーに座っていた。もう一方は、やけにリラックスしている。
「『黄金の森』のノーリゥア様に会えるとは思いませんでした。こ、こちらにサインを戴けませんか」
フリーダ様が手巾にサインをねだっている。やはりミーハーなんですかね?ノーリゥアちゃんもノリノリで(術式ペン)を使って書いてたりする。ちなみにこの呪文。中級の理術だ。魔法陣や咒符を作製するために使われるけど、普通に筆記具としても使えるのだ。
「今日はこれからの旅程の確認よ」
応接間のテーブルに、ノーリゥアちゃんが広げるのはこの地方の地図だ。ダインベール南西部、この辺はルグランジェロ伯爵領を筆頭に大小二十二の領地がある。九つの領地はルグランジェロ伯爵の係累に属するけど、残りはもう一つの伯爵家であるヴァルトシュタイン、やや中央よりのクレメンタイン侯爵の配下になる。子爵と男爵が各々の領地を治めるのだが、伯爵というのはこの配下の下級貴族からの上納と、自身の治める都市の権利を有する。
例えて言えば、アークラウス男爵エルザムはルグランジェロ伯爵ラザルの部下という形になる。配下の領地の資産全てを有している訳ではなく、あくまで税としての徴収になるし、勝手に併呑なんかは出来ない。そんな事をしたら国王から追及されてしまう。
侯爵や公爵は直轄領が増えるので、自身の資産も多い。伯爵というのは意外と中間管理職のような立ち位置とも言えるのだ。
男爵や子爵には領地の自治権が認められ、領軍の編成も認められていている。伯爵以上の上級貴族は彼らの領軍を統制し軍として編成する権利が与えられている。戦争などが起こった場合、こうした形で軍を編成して対処する事になる。当然、その際の最高指令は国王に委ねられる。
ダインベールはこんな感じの国だけど、ベルゲルメールやインペツゥースなどの他の国もだいたい似たり寄ったり。南方諸国も北方三国の辺りはちょっと調べてないから分からないけど、国が存在してる以上制度はあるし、それは似通ってくるものだ。
まあ、話がまた逸れたけど、今回の行程はどうなるかという話だ。ノーリゥアちゃんが示したルートは、ここウェズデクラウスからライムラット河を北上していくルートだ。ライムラットはそのままだとダインベール中央近く、ダールトン公爵の勢力下の辺りまで続いている。
そこまでいくとアクアリアの方へ行くのは若干遠回りになるので、途中のザッカリアの街から東へ向かう事にする。
ザッカリアはクレメンタイン侯爵の直轄領にある都市だ。ダインベール南西部の中心的な街でもあり、人口も多いそうだ。
「ザッカリアから東へは『溶岩街道』を通って、ザンアントスへ」
ザンアントスはダインベール東部の街で領主は…忘れた。でも、ルーレベルト伯爵の勢力下のはず。ここはゴーカシャ神殿の総本山があったと思う。
ザンアントスから先はやや北に進路を変えつつ国境の街アーザドスを目指す。アーザドスはアクアリアとの国境の前にある都市で、ギルフォワード辺境伯の勢力下だ。
「アーザドスからはそのまま北東に向かうとアクアリアの街、キューエルと通ってグランアクアリアの西端の街、イーズアクアへ到着となるわ。私は北の街ナールフォワズへ行かないといけないから、たぶんここでお別れになるわね」
「リールフォワズは、南にあるんですね」
グランアクアリアは広大な湖で、南北の一番遠い辺りはだいたい二百キロ近くある。でも、北に一緒に行って南への船とかあれば楽そうな気もする。
「グランアクアリアの中心部は船は通れないわ。湖底大穴があって、その周辺は大きな渦が無数にあるの」
グランアクアリアでの船は、沿岸から精々十五キロ位までしか行けないんだそうだ。つまり、陸路で行っても大差は無いかもしれない。
「まあ、ざっとこんなところね。道中色々変わるかもしれないけど、基本的にはこんな感じかな」
ノーリゥアちゃんの説明が終わった。こうしてみると、かなり遠いけど前人未踏の荒野を行くわけでもない。行く先々には街もあり、人もいる。本当に旅行みたいなものだ。旅慣れた人間なら一人だって行けてしまうかもしれない。
この旅がどういうものになるのか、私にはまだ分からないけど。こうして地図を見てあれこれ考えるのはとても楽しいと思った。
うん。頑張ろう!




