すくろーるぎあす
今回も途中から視点が変わります。
「えええ!? なんであんな奴が同行する事になったのぉ?」
イリーナに言われるが、私も聞きたい。
何でだろう?
「私も納得はできません」
フランも忿懣を覚えているようだ。仲間の半数が納得していない状況はどういうものかと思い、オルガ氏は『宵闇のサルビア』の酒場に私たちを呼び寄せたのだ。
ちなみに呼び寄せた本人は遅れるとの事をノーリゥアちゃんに伝えてきた。
今は夕刻を過ぎた辺り。先ほどご飯は食べたけど、今回ほど味が分からない食事は初めてだった。やはり人の精神状態は味覚に大いに影響を与えるようだ。
私たち以外にいるのはノーリゥアちゃんだけだが、そのノーリゥアちゃんはライデルの同行はさせるべきだと言っている。
「だって、純粋な前衛がフランだけなんて危ないわよ? クラスレベル0なんでしょ?」
それはそうだ。でも、私やイリーナも回避の出来る戦闘系クラスはある。そこに彼女は畳み掛ける。
「回避盾って概念は技量がとてつもない高いレベルでないとこなせないの。二人とも戦闘系はレベル、1か2でしょ?」
うん、私は1だ。
イリーナを見ると頷いている。
「だとしたら普通にゴブリンとかでも攻撃が当たる可能性が高い。しかも相手は数が少ないとは限らない。四方八方から来るかもしれないし、避けようもない飽和攻撃をかましてくるような魔物もいる」
飽和攻撃っていうのは、面や空間を埋め尽くす攻撃の事だ。射葉灌木の葉弾とか、床擬態魔生物の床面攻撃なんかがこれに当たる。
「そういうのを対応できるのですか。ライデルには」
「あんた限定ならね」
「? え? どういうことです?」
「抱きついて肉の壁になってくれるわ、あいつは♪」
────ゾッとした。
たしかにそれなら守ってもらえるが、私の方が気持ち悪さで死にそうだ。
フランは私以上に嫌そうな顔をしていたが、ふとなにかを思いついて顔を赤らめてこう言ってきた。
「そういう事なら私が壁になりましょう! 彼奴に抱き付かれたら、お嬢様が妊娠してしまいます」
……いや、恥ずかしいなら言わないでよ。
こっちも恥ずかしくなるわ。男に抱きつかれただけで妊娠してたら私は何人産むことになるんだって。
ノーリゥアちゃんが飲んでいるは黒麦芽酒、前も飲んでたよね? 美味しいのかな。
ちょっと一口と口をつけると、中々に香ばしい麦の薫りがふわりと抜けていく。後味はスッキリしてるけど、口に入れたときに若干の苦味を感じる。こらっと適当に怒って私からジョッキを取り返すと彼女はこう言った。
「それにライデルはああ見えて紳士的よ。貴方のお母さんの傷もあまり酷くなかったでしょ?」
「そりゃそうだったけど……」
「よく後ろから殴られて気絶するって状況は物語の中ではあるけど、実際はかなり難しいのよ?」
傷を殆ど付けずに脳にのみ衝撃を与えるか、延髄への打撃で神経を一時的に寸断しているかだろうけど、どっちも後遺症のようなものが出てもおかしくない。それが起こってないところを見るとやはり奴はわざとそうしたのだろう。悔しいがやはり技量は高いみたいだ。
「それにライデルにとってフランは論外、イリーナや私はちょっとずれてるから、まあ気にする事はないレベルなのよ。だから、一緒にいても危険なのはジュンだけよ?」
これに対しフランは何か発言があるみたいだ。挙手をして意見を言ってくる。
「遺憾ながら、ライデルはジュン様に対しての不埒な行いはしないと思います」
「何か理由があるの?」
ノーリゥアちゃんが聞いてくる。もっとも少し笑ってるから答えは予測済みみたいだ。
「奴はジュン様、正確にはユーニス様を心酔しております。女神か何かのように。お嬢様が本気で嫌がる場合、不埒な行いは出来ないと思います」
ノーリゥアちゃんがうんうんと頷いている。つまり私には決して危害を加えないということなの?
「あいつは歪んではいるけど、美というものに対しての探究者なのよ。だから自分の心酔するものを自分で壊すような事は出来ないわ」
ノーリゥアちゃんが意外なほどに押してくる。
私は自分の頼んだ赤林檎の炭酸水割りを飲みながら、榛実の殻を割りつつつまんでいる。林檎は擂り潰して布で濾してあるから、色は少し赤みの着いた透明な水に見える。魔術装具『氷結庫』で作られた氷を浮かべてとてもきれいで、榛実は殻ごと煎ったものだ。
それをあてにしてノーリゥアちゃんもつまむので、減りが早い。仕方ないから彼女の頼んだ烏賊の薫製に手を出す。
うん、これはしょっぱいなあ。私もお酒を飲みたくなるから、やっぱりもう木の実をもう一皿頼もう。
イリーナも今日は私と同じサワーだ。相変わらずフランは炭酸水のみ。つまみは小さめの腸詰めを焼いたものだ。お肉の良い匂いがする。パンが欲しくなるね♪
ノーリゥアちゃんはやはり女の子ばかりの仲間に対する不安があるのかもしれない。その辺を聞いてみると意外な答えが返ってきた。
「あんた達のためよ?」
「ええ? どーいう意味ですか?」
「男に対しての免疫が何もない状態で旅なんかできるわけ無いでしょ?私がずぅっと一緒な訳じゃないのよ?私はアクアリアで別れるの。その先まで行くときに、ライデル以外に男をパーティに入れなきゃならなくなる事もありえるのよ?」
たしかに、その通りだ。
ノーリゥアちゃんがいればなんとか行けるかもしれないが、彼女は途中でいなくなる。その時に私たちが旅を続けられるのかは分からない。
「ライデルは目下一番安全な男よ。そいつで慣れておけば、別の男を入れるにしてもハードルはかなり下がるんじゃない?」
イリーナやフランにとっては安全だろうけど、私は常に身の危険を感じながら旅をするのか? たしかに奴は私を崇拝するような節があるけど、それだって絶対じゃないような気がする。私はあいつの鼻先にぶら下げられたニンジンだ。間違って食べられてしまうことだって十分にありうる話だ。
「オルガが保険をかけるって言ってたわ。実際の保険なんてかけるだけ損するモノだけど、アレなら信用はできるわよ♪」
ニヤリと笑うノーリゥアちゃんは、年相応の悪女に見えました。
え、なに、それ?
◇
「おい、オルガ=メイヤーズ。なんだこれは?」
見りゃ分かるだろうに。向こうの子供が見れば意味もわかるだろう。
「(強制の誓い)の巻物だが?」
「私にそれを使えと言うのか?その文言に従えと?」
(強制の誓い)は、呪いの一種であり、その効果は『禁じられた行動、現象、感情を起こすと耐え難い苦痛を与える』とある。効果時間は永続ないし執行者が設定した条件をクリアしたとき。解除するには上級理術魔術(呪い解除)か(強制の誓い)の対抗呪文の(強制からの解放)が必要になる。
ちなみに巻物というものは、術を使えない者でも使えるようにする物である。この場合、巻物に後から書き足された文言が条件になり、誓う者はそこに血判を印す事で発動する。文言を書く側は執行者で呪文で使われる場合は、それは術者に他ならない。
「『ユーニス・ジュリアーヌ・フォン=アークラウス、ヤゼンの娘イリーナ、アークラウス男爵家メイド、フランドール、北のエルフの里サーディエナンの娘ノーリゥア、以上四名と彼女たちと同行するすべての女性に対し、欲情する事を禁ずる。背いた場合、その痛撃は頭部ではなく局部に与えられる』ふざけるなぁ‼ 私を殺す気か?」
ライデルは激昂している。然もありなん。男が女に欲情するなとは、死ねと言われてるようなものかもしれない。ただ彼は自分で言っているではないか。
「ユーニスは女神か天使みたいなものなんだろう? 欲情なんかするわけないよな?」
「当たり前だ! 私の崇高な魂を侮辱するか!」
「でもな、ユーニス以外に手を出すとたぶんユーニスはお前の事嫌いになるぞ?」
「な、なんだと!」
「そりゃそうだろ。何人も女に粉かけるような奴を誰が好いてくれるかね?」
女は誰しも自分だけを見てくれる男に惚れるもの。大貴族の中にも何人も妻を抱えてる奴はいるが、その誰からも本当は好かれてはいないのかと疑心暗鬼に陥るものらしい。それを感じないのは余程胆が据わってるか、愛情を知らない者かだろう。
「お前が自分で言うようにユーニス以外眼中になければ、このギアスは何の効果も出さないだろう。むしろお前は感謝する事になる。何故なら、お前の言うことが真実で、お前の愛が真実の愛だと証明できるはずだからな」
ここまで言うと、ようやく奴が俺を信じるような眼で見始めていた。
なんというか。
気分は魂を掠め取る契約の悪魔だ。
違うのは、この契約が成立しても俺には何も得る物が無いということか。
なんでこんな事までしてるのかね、俺は。
「分かった。真実の愛を証明するために、この(強制の誓い)! 受けてやろう‼」
「おっと、乗り気なのは有り難いが、まだ期間の説明がまだなんでな」
「期間は……ユーニスと共にアークラウス男爵領サンクデクラウスに戻るまで、か」
「そうだ。今回の旅程はどうなるか分からんが、お前の役目はユーニスの盾となり剣となって守り抜くことだ」
正直、この条件を呑む人間はいないと思う。同行者の女の子を含む女性に欲情せずにユーニスを守っていけとか。
かなり無茶だ。
でもこいつなら進んで飛び込んでいくだろう。
「さあ、どうするね。ライデル」
そういってテーブルの上に短剣を置く。妙な行動をするかもしれないので、(雷撃掌)を〔遅延詠唱〕してあるが。たぶんそういうことはしてこないだろう。ライデルは短剣で親指を切り、血でギアスの巻物に血判を印す。
途端、巻物は光に包まれて消え去る。
これで契約は完了だ。
「これでよかろう。私の高潔さに打ち震えるがいい、ユーニス!」
いや、あいつが震えるならたぶん『気持ち悪い』とかじゃないかな?
俺もちょっと気持ち悪いもん、こいつ。
さて、用件は済んだからもう帰ろう。今から行けばまだあいつら飲んでるだろうし。俺は執政官の屋敷からそそくさと逃げ出した。
────酒でも飲まないとやってられないぜ。全く。




