じだんというなのわな
「では、ライデルの所に案内します。宜しいでしょうか?」
彼は外れの一室に軟禁されているらしい。牢でないのはある意味仕方ない。自分の従兄弟を犯罪者とはいえ、冷たい牢に入れるわけにもいかないだろう。
「特別扱いする必要はないのだがな」
ウェイバール伯父様の言だが、それは無理だと思う。年の近い従兄弟同士で同じ街に暮らしてるなら、諍いの種になることはしたくないよね。
さして長くない廊下を歩いて行くと部屋の前に椅子を置いて座っている領軍の従士がいる。
ちなみに、『従士』と云うのはダインベールでの領軍及び王国軍の一般兵の事を指す。賦役での徴兵や軍人としての徴用に志願した者はだいたいここからスタートする。
従士長には通年で五年以上勤めれば上がるけど、そこから小隊やらの指揮官になる者は『従士曹』という役職が与えられる。
ここから上は、腕や体力だけで上がれなくなるので無学の人間は従士長辺りで生涯を終えるか、退役となる。
そこにいた彼はまだ年若い従士だ。私たちが近づくのに気づいたのか、椅子から立ち上がり直立不動の姿勢を取る。右手は額に手の甲をあけ、敬礼の形で固まっている。
「エーレンデュッセ従士、任務ご苦労、と。私はすでに上官ではないか」
ウェイバール伯父様がそう言っている相手はハイヤール家に一番に到着した従士の一人だ。
「ウェイバール閣下には大恩ある身でありながら、ご子息の投獄に関与してしまいました。申し訳ありませんでした」
彼はウェイバール伯父様に対し深々と頭を下げた。
「エーレンデュッセ、とりあえずライデルと話したいんだ。鍵を開けてくれ」
ダリエル君がウェイバール伯父様との会話に割り込むように命じる。まあ、そういう話は当人同士で後でやったらいいとは思うけど。ダリエル君の空気の読まない所は良いところとは言えないみたい。
命令があれば否応もない。エーレンデュッセ従士は腰に付けた鍵束から一つの鍵を使って扉を開ける。
中は暗いが、ダリエル君の「星三つ」という言葉で室内に明かりが点る。魔術装具の機動が音声での入力方式になっている。物理的にスイッチを押したりするよりも便利だが、本人以外には使いづらい方法だ。
部屋の中は貴族の私室のようだ。
いや、たぶんダリエル君の私室の一つじゃないかな? そこそこな調度品にテーブルとソファー、シングルサイズのベッドに手頃なサイズの木製の椅子が何脚か。サイドボードの中にはガラス瓶に入った酒とかまで置いてある。
でもテーブルの上に置いてあるのはティーポットとティーカップ、後は香りからココアじゃないかな? それを飲んだカップが置いてあるくらいで酒は嗜んでいないようだ。
「おお、麗しの乙女よ♪」
きた!
奴がベッドから跳ね起きて一足飛びに跳ねてきた。思わず身が竦むが、素早く前に回ったフランに叩き落とされていた。
【熱狂的な守護者】が発動してるから落とされたライデルがかなりヤバそうだ。
慌てて短杖をだして(小治癒)をかけてやる。
「……酷いじゃないかね?」
ライデルは叩きつけられた時に腕を折っていたと思ったけど、私の呪文であっさり治っていた。ダリエル君とライデル本人は気づいてないみたいだけど、ウェイバール伯父様はちゃんと理解してるみたい。
「……なんで折れた腕が簡単に治るのだ?」
小声で聞いてくる伯父様に私は答える。
「……魔術ですから」
「いや、それは無理があるぞ……」
そうかな? まあそうかもね。
フランにかけた時もだけど、どうも高過ぎる魔力のせいで骨が折れても簡単にくっついてしまうみたい。
魔術といっても万能ではなく、本来は骨とかを繋ぐには水魔術中級(骨接ぎ)とか、ジョウコウカン神の専用呪文、(整形外科)とかが必要になると言われている。
それらの呪文は骨自体の再生を主にする物で、外側の肉を再生するための呪文とは質が異なるからだ。けど、誤解があるようだが、実は双方ともに再生はしてるのだ。別方向にいく効果は弱いからそれだけでは無理というだけで。丹念に(小治癒)だけで骨折を治した事例が無い訳じゃない。
ちなみにフランとライデルとの口論がまだ続いているが、空気を読まない定評のあるダリエル君はそれに割って入る。
「今のは不問にするけど、留置中の者に対しての暴行は犯罪だからね。あと、ライデルも留置中の問題行動は罪状が悪化するだけだから止めること」
「「は、はあ」」
空気を読まないのもたまには良いことがあるよね。ダリエル君は双方に注意して距離を離す。
で、ようやく話ができるようになった。
「さて、些細な行き違いから起こってしまった不幸な現状をなんとか打開するための方策を皆で考えていきましょう」
ダリエル君の司会進行で話は始まる。まずは彼による現状の確認だ。
「まず、ライデルには幾つかの罪状がある。ハイヤール氏の家宅への侵入、ヤゼン氏の奥方に対しての暴行、フランドール嬢への婦女暴行だ」
「まて、私の言い分を先に聞け」
ライデルが待ったをかけるがダリエル君は意に介さず先に続ける。
「これらは罪状としては軽視は出来ないが、やった当人が貴族の嫡男、つまり次期当主である場合は略式での裁決か『貴族裁』への起訴が出来る。どちらを選ぶかは原告側の判断によるが、どうします? ええと、ジュン様?」
いちおうこの件の被害者フランドールの主人はジュンだから、ジュンとして聞いてるのね。
なら私はジュンとして、答えよう。
「私は事を荒立てるつもりはありません。ライデル氏の謝罪があれば示談による解決を望みます」
「では、ライデル。君の言い分を聞かせてくれ。それにより彼女らの方針も定まると思う」
私たちの発言に対しライデルはこう言った。
「一暴行犯として処断されるのは不愉快だ。私は忠臣である。主家の娘ユーニス様を誘拐犯の魔の手より救出せんとした忠義の行動だ」
ライデルは捲し立てたが、それは既に分かっている事だ。
「ライデル。悪いがそれは忠義の行動にはならない。ジュン様はご自分の意思で出奔しておられる」
ウェイバール伯父様が諭すように言う。さすがに面食らったかのようだ。
「本当なのですか、ユーニス様。なぜそのような!」
みんなが気を使って『ジュン』って呼んでるのにユーニスとか言っちゃうライデル。
でもまあ、彼はそういう人だからね。
「誘拐犯というのもやめてね。フランドールは私の友達です。根も葉もない話で勝手な行動をしたのは貴方の失態です」
そうゆう憶測で行動した事が今回の事態を招いたのだ。まあ、最初から言ってたら反対されてたとは思うけどね。
「でも、あなたを罪人にしたいかと言うとそうじゃありません。私としては穏便にかつ素早く処理したいのです」
ライデルが罪人として処罰されればウェイバール伯父様の名に傷がつく。けど、なんの罰則もなしに懲罰金だけで対処されてはヤゼン一家の憤りは収まらないだろう。
「では、どうします? 後は穏便な手なんて『所払い』位しか無いですよ?」
所払いとは読んで時の如し、その場所に留まる事を禁ずる事だ。
「罰として定められたらライデルは罪人になってしまう。つまりライデル自身が自らの行動によって罪を認めて罰に準じる形にならないと私の望む結果にはならないのですよ」
……自分で言っていてなんだけど。
『ライデルが自発的に罰を受ける』
かなりハードル高そうだなぁ。
「私は悪いことなどした覚えは無い。どうしても罰したくば毒でも飲んで自害した方がマシだ」
こんな事をまだ言ってる人にだよ? 彼が納得づくで受けてくれる罰ってなんだよ? 私だって分からないよぅ……
と、ここで静観していたオルガ氏が挙手をした。
当事者でもないし本来は居るべきではないんだけど、何となくこの場にいた彼は不敵に笑っている。
「オルガさん、発言があるならどうぞ」
ダリエル君が許可を出す。咳払いを一つして、彼はこう言った。
「一つ意見がある。ライデルに相応の罰が与えられる場合、ジュンの側は懲罰金相当の額面での謝罪で納得はするのか? 当然、ヤゼン一家とハイヤール家の損害分、フランドールへの慰謝料を含めてだが」
即答はしづらいけど落とし所はやはり金だろうし、ライデル自体の罰さえ確定すればそれで納得はしてもらえるだろう。彼らだって貴族相手に有利に事が進むとは思ってないだろうし。
「フランはそれでいい?」
「私はジュン様の裁量を信じます」
うん、まる投げしやがった。
まああれこれ言うつもりなら死んでくれとか言いそうだし。この方が穏便ではある。
ライデルは不服そうだが、父に迷惑をかけるのを良しとはしないみたいだ。そこまでは腐ってないのだね。
ウェイバール伯父様は静観だ。この人は自分の家もどうなっても構わないつもりだろうけど、私としてはそれは無しだ。ヤゼン一家に対しての感情と同じように、トライデトアル家に対しても思い入れはあるのだ。
「概ねその通りです。ヤゼン一家の前での謝罪に相応の罰則。それと懲罰金相当の慰謝料で事を納めるように善処します」
確約はしないけど、まあ納得してくれるだろう。
「なら、私から提案がある。ライデル=トライデトアル。君はこれより次期トライデトアル士爵の名乗ることを禁ずる。勿論、期間限定で」
ライデルは『むう?』と言ってるみたいだが、話を続けるオルガさん。ライデルを相手にすると話が進まないからね。
「次に一個人として不始末を起こした家族に対しての誠意ある謝罪を望む。まあ土下座しろとは言わないから、ちゃんと謝れ。先方にはそれが大事なんだ」
まあ個人として謝る分には家は関係はない。双方の家に対しての配慮としては間違ってない。
「そして君はこれより贖罪の旅に赴く事になる」
なるほど、所払いで矛を収めるつもりか。期間限定で家名を名乗らせないのは、そういう事なのか。いや、オルガさん考えてるな。これなら八方収まるじゃないか。
「期間はジュンと共に家に戻るまで。君は彼女の盾となり剣となって彼女のために働くこと。これが罰だ」
────え?
なにをいってるんだこの人。
あれ。
フランが固まっている。
ウェイバール伯父様は手を叩いて納得しているみたいに見える。
そして、奴は。
「不肖、ライデル。身命を賭して仰せつかります。この身は気高く麗しき乙女、ユーニス様に捧げます」
片膝をついて私に臣下の礼をとっていた。
……え?
なんでこうなったの?




