しつむしつでのかいわ
「大事なことなので率直に聞きます。貴女はアークラウス男爵家のご令嬢、ユーニス様ですか?」
ダリエル氏が単刀直入に聞いてきた。
……どうしよう。
示談交渉をするために来たのだから、立場は明確にしておくべきなんだけど、ちょっと気後れしてきたなぁ。
「それは真の名なので、みだりに名乗ってはいけないのです」
ゴッ
「いったあぁぁ……」
「お前、何しに来たのか忘れたのか?」
オルガさんが私の頭に拳骨を食らわせるのを見て、二人の家臣は看過できなかったようだ。
「貴様、お嬢様に何をするか!」
「そんないきなり体罰なんて……」
二人の追及はオルガ氏には届いてない。
何故なら背後にいるフランによって首を絞められて、今まさに身罷ろうとしていたからだ。
「グエェ……」
「フラン、ストップだ。どうどう」
「お嬢様に不埒な真似を……バカになったらどうするおつもりですか?」
いきなり殺人にまで発展しそうな展開に、二人は呆気にとらわれている。
「……こ、この女、ほんとに力強えぇ。振りほどけなかったぞ」
脂汗をかきながら、喉をさするオルガさん。私もちょっと焦ったよ。フランには後で説教だ。まあ、私が茶化したせいなんだけど。
「そうですよ。私はユーニスです。これでいいですか?」
ようやく名乗る私。
まあ、ウェイバール伯父様には名乗ったようなものだったし、オルガさんにもバレてはいるのだ。これはダリエル=グエンタール士爵閣下に対しての宣告であり、ウェズデクラウスの執政官に対しての宣言でもある。
すぐに二人の士爵は片膝をつき、臣下の礼をとる。
ちなみにオルガさんはしない。アークラウス男爵家の禄を食んではいないし、冒険者ギルドは国に属さないからだ。
あ、後ろではフランもしゃがんでるけどこちらは両膝をついた女人の礼儀作法だ。
「ていうか、やめてくださいよ。そういうの嫌だから名前隠してたのに!」
私は慌てて止めてもらう。そもそも私は娘であり、今の男爵は父様だ。子供に頭を下げるなんておかしい。フランにも止めさせる。なんかノリでやってたみたいだけど、そういうのはいいから。
「なんでお一人で来られたのですか? 焼失事件の犯人も捕まってないのに」
ダリエル氏が大前提の疑問をぶつけてきた。
「いや、一人じゃないよ? フランがいっしょだったし」
「いや彼女はメイドでしょ? そうじゃなくて供の護衛とかですよ」
……え?
元からそんな人居なかったけどな。
居たっけ?
「…………」
「なんで黙るんですか?」
「護衛なんていないのですが」
「「えっ」」
士爵二人がハモッた。
オルガさんはさもありなんみたいな顔してるし、フランは『私が護衛なんですよ』と言いたげに頷いている。
うん、やっぱり可愛い。
「前にここに来たときも、確かにエルザム様とお二人でしたが……」
「男爵がいれば、護衛なんぞいらんのは確かだが……本当なのか?」
「僭越ですが、屋敷を警護する領軍の従士はいましたけど、お付きの護衛とかは今までおりませんでした」
この言はフランだ。
「これは由々しき事態だとは思いませんか、叔父さん」
「ああ、自分だけなら分かるが、その家族にまで護衛をつけないとは。男爵は危機感が無さすぎる」
二人は私に護衛を付けてない父様が非常識だと思っているみたいだけど……そうなの? そう言えばラザル伯父様の家では奥方さま一人一人に護衛が張り付いてて『面倒くさそうだなぁ』と思ったことがあったっけ。
だから別に護衛とか要らないと思ってたんだ。
「ともかく、君は一度帰るべきだ」
ダリエル君が少し怒った感じで言う。もうダリエル君でいいよね? なんかこの人威厳が無さそうで~氏って呼ぶの違和感があるよ。
それはともかく、私はそれには拒否をする。
「帰りませんよ。これは父様も認めて下さってる旅なんだから」
「なっ、なんだって?」
ダリエル君は私の言葉が信用できないみたいだからオルガさんに話を向ける。
「オルガさん、父様と私の件で話したとき、どうでした?」
彼は掌を上に向けておどけたように言う。
「余計なことはするなってさ」
「お主にもそう言ったか」
「嬢ちゃんを信用しきってるか、放任してるかは分からないがな?」
いや、信用してるんでしょ? そうだと言ってよ、いや、マジで。
「そもそも何だって旅に出たの?」
ダリエル君がそう言ってくる。
……んん、なんでだろ。
家を焼かれて逃げ出して。
父様の書き置きを見て大迷宮の湖畔を目指してみようと思ったのだが……具体的な理由と言うと、何だろう。
「……はじめは、よく分からなかった。いきなり焼け出されて、怖かったから何かしないといけないと思ったんだ」
そう、最初は本当に怖かった。
まるで私じゃないみたいに逃げ出せたけど……あのときに死んでいてもおかしくなかったんだ。
でも、師匠と話してる内にそれが変わった。
死と云うものが何処にでもすぐ側にでも在るということを知った。
それなら信じることだけはしてみたかった。父様の事もそうだが、自分の決めた生き方を信じたかった。
次にそれが変わったのはフランが倒れて介抱していた時だ。
あの時はお風呂にはいった後で、ちょっと余裕が出てきてたから自分の境遇を物語のように捉えてた。
自分が運命的な旅路に出る主人公のように思っていたのだ。
その旅には特になにも意味もないのに。
そして工房から出るときにまた大きく変わった。私は父様の書き置きを実行できない自分に対して苛立ちを覚えた。
つまり。
「私は父様に負けたくないんだ。あの書き置きの挑戦状を絶対に果たして凱旋する! そう、決めたんだ!」
「はあ?」
ダリエル君は理解できなさそうだが、ウェイバール伯父様は頷いていた。オルガさんはやれやれといった風情で笑っている。
「ちょっ、二人ともなんで分かったような感じなの? 僕にはさっぱり分かんないんだけど」
「お前はいい子なんだなって事さ」
「違いない」
オルガさんとウェイバール伯父様に言われて、ダリエル君は面白くなさそうだ。
「なんだかよく分からないけど。君が旅をやめないということは分かった。それを踏まえて、今回の事件の幕引きをどうするか。一緒に考えては貰えないだろうか」
そうだね。
そのために来たのだから。




