しっせいかんにあいにいく
途中から視点が変わります。執政官、ダリエルの視点になります。
私は、フランとオルガ氏と一緒に執政官ダリエル氏の屋敷に赴くことになった。
もともと伺うつもりではあったからそれ自体は問題はない。
「お前が証言するとして、それによってお前はどうしたいんだ?」
オルガ氏は道すがら問うて来た。
真面目な口調だ。茶化すつもりはないみたい。
わたしは思うままに答える。
「真実を告げるのに意図は関係ないと思いますけど」
そうは答えたが彼の言わんとしている事は分かる。
私がこの問題をどこで落とすか、ということだ。フランやソリシアさんへの危害への懲罰、ハイヤール氏の家への損壊はいうに及ばず、ライデル自身やウェイバール士爵家の風評の流布や『宵闇のサルビア』の経営なども含めて。
さらに言えば、私こと、アークラウス男爵令嬢ユーニスがそこにいたことによる意味もふくめて。
「逆に聞きますけど、あなたはどうするのが最適だと思うのですか?」
八方丸く収まる話ではない。そこには損得勘定があり、汚されてはいけない尊厳もある。
金を払って泣き寝入りをしろと言われては、ヤゼン氏じゃなくても怒るはずだ。
かといって、ライデルが悪者になればウェイバール伯父様やロザリンド様に余計な心配事を増やす結果にもなる。『宵闇のサルビア』は信用を落とし多大な借金の果てにこの一家自体が破滅への道を辿る可能性すらある。
私個人の問題もある。
ここで私が証言した場合、私がサンクデクラウスにいない事が露見し、あの真犯人や他の密偵などが押し寄せる可能性がある。
せっかく変装したのに、その姿が今のユーニスと知られれば変装した意味がなくなるよね。
父様は連れ戻しはしないだろうけど、ライデルのように余計なことをする人間は出てくるかもしれない。
ダリエル執政官もその可能性は無いとは言えない。
他の土地に行ったとしても、今度はそこで別の勢力の人間が私を捕らえて父様に何らかの要求をしてくる可能性も高くなる。
ダインベール国内ならまだましだが、ベルゲルメールやアクアリア、インペツゥース辺りでそうなった場合、国際問題に発展しないとも言い切れない。
この旅自体はそういったリスクは承知して行うつもりなのだが、大前提の変装が意味がなくなるのはかなりの問題なのだ。
それはともかく、先程の問いにオルガ氏が答えてきた。
「俺が分かるわけ無いだろ? 俺の話じゃないんだ」
正論だ。
オルガ氏にはあまり関係のない話しだから。
冒険者ギルド支部長として問題になるのは登録情報の改竄が公になること位だ。それも、私の出方一つで登録抹消をすればいいだけの話。リスクはほとんどない。
「方法は三つある。お前が自分の保身を考えてるなら、今回はこのまま見過ごせ。フランやヤゼン一家に対しての懲罰金は出るだろうし、ライデルもすぐ釈放だ。お前がさっさと出ていけば、さすがにライデルだって追っては行かない。宿の経営もあるし、さすがに恥は知ってるだろうからな? お前は旅を続けられるし、金で解決出来れば大体の人間は憤懣は納まるものさ」
確かに私のこと優先ならそれが一番だ。ダリエル執政官の裁定でライデルには懲罰金が課せられる。
ただ、万事金で解決するやり方は正しいとは言い切れない。ヤゼン氏が怒りを露わにするのは正当な理由があった訳だし。
「ウェイバール閣下の事が心配なら問題を大きくしないようにすればいい。ライデルと話し合って示談を付ければ、穏便に事は収まる」
それは一番大人な対応だ。何でもかんでも罰則や懲罰で縛るのがやり方じゃない。
ただ、私が出なければ話しにはならない。少なくともライデルは自身のプライドから暴行犯として一方的に追及されるのはよしとしないだろう。そこに私を家に戻すための行動があったればこそ起こった悲劇という形にしたいはずだ。理由がなくては本当にただの暴行犯だからね。
つまり、ライデルと今は身柄を預かっているダリエル氏には私の正体を明かさねばならない。
それは若干のリスクはある。
「もし、公明正大に正しいやり方で裁くつもりならお前が証言し、告発しろ。そうでないとライデルには大した罰則は与えられない」
ライデルは貴族だから裁判は貴族達による合議制の裁判、『貴族裁』によって裁かれる。これは原告が貴族か平民かでかなり変わる。平民の告発によって重大な罰が与えられる事はほとんど無いのだ。あっても懲罰金がかかる程度で、蟄居や修道院送りが良いところだ。死罪なんてない。
ソリシアさんやフランがおそれながらと訴えても、最初の選択とほぼ変わらない結果にしかならない。ダリエル氏の裁量で決められる程度と差はないのだ。
ところが原告が貴族の場合、相手との力関係がかなり影響してくる。この場合、主君の令嬢たる私が家臣の息子であるライデルを不埒な行いをした乱心者として告発することになり、最悪本当に死罪なんてこともあり得る。
さらに言えば、『貴族裁』へ告発する場合は旅になんか出てられなくなる。
つまりこの手は私が旅するのを諦める手なのだ。
旅を続行しつつウェイバール伯父様に配慮した形で済ませる方法は示談しかなさそうだ。
私の知る限り、ダリエル執政官は温厚で朴訥、権力欲や金銭欲は人並み程度と認識している。持ち込まれたこの案件に意欲的に取り組むとは思えない。
むしろ厄介事という認識でいるとおもう。自分で従兄弟に懲罰を与えて、伯父を苦しめるのは彼の精神にはかなりの負担をかける筈だ。示談で話が済むならそれに任せると思う。
妥協点をどの辺にするかがポイントだけどね。
◇執政官
「お前さあ。なんであんなことしたの?」
照明は暗いが別に狭苦しくもない、不潔でもない部屋の中にいる青年が声をかける。もう一人の青年は、ソファーに座ったままカップを持ち、それを口につける。上質なココアの香りが部屋に充満する。
「それはもちろん、我が崇拝する乙女を助けるためさ」
「なんでそれで付き人の子を襲っちゃったんだよ。ついでに喰おうとしたの?」
「私は年老いた堕肉に興味はない。あれは私にも分からなかったのだ。いつの間にか服が脱げていたのだからな」
「それを誰が信じるんだよ……」
僕は額に手を当てる。
相手の奇人ぶりには気づいているが、ここまでとは思ってなかった。きちんと商売を立ち上げ、あの宿はかなり名を集めているという噂だ。
その商才は間違いはなく、自分も彼に投資した一人として誇らしくも思っていた。やや難しい人間なのは否めないけど。
「他人の家に押し入って、奥さん殴ったら犯罪だと思わなかったの?」
一応聴取をしているのだ。まあ、従兄弟に対しての会話だからそうは聞こえないが。
「思ったよ、それは。でもあの子が囚われているのを見過ごせる訳はないだろう。必要な行動だったんだ」
「僕は直接見てないから分からないけど、ジュンていう子がユーニスだって証拠はあったの?」
「見れば分かるさ! あの美しさ、あの気品、あの気高き精神。例え髪や瞳の色を変えたとて、私には分かるのだよ」
ユーニスの話しになると、彼はいつもこうなる。
確かに可愛いし、年のわりには頭を回る。毅然とした態度は僕には真似も出来やしない。
だけど、そこまで心酔するものかな?
「そもそもさ。ユーニスが誘拐されたってなんで分かったの?」
「それは親父殿さ。あの事件以降姿が見えないとカウフマンから連絡があったらしい。ここにいるという事は親父が推理したみたいだ 」
叔父さん、なんで教えてくれなかったの? まあ、知ってたとしても何か出来るわけでもないけどさ。
「あのユーニス様が勝手に出奔するはずがない。拐かされたに決まっている」
「なるほどねぇ」
とは言え、行動が拙速で短絡的じゃないかな?
「ハイヤール氏の家にいると確証を得たのはどうして?」
「私の宿に食事に来たときに、あそこの孫と来ていたと案内係が言っていてな。キョウガイシの信者だから間違いないと」
イリーナ嬢がいたからといって、その家に居るとは確信するのは早計じゃないかな? 何処かで合流してくるという可能性は考慮しなかったのだろうか?
「ユーニスが訪ねてきたら是非会わせてくれ。呼んではいるのだろ?」
「向こうが望めばね」
僕はその部屋を出て廊下を歩く。いちおうおざなりな鍵はかけてあるが、ライデルが逃げるなんて事は無いだろう。暴行とかの罪は認めている。懲罰金の支払いくらいで事は収まるだろうから、無駄に罪状を増やす事はしないはずだ。
事情聴取と言うことになってはいるけど、僕はそのジュンという子がユーニスであると信じている訳じゃない。その場にいた、暴行を受けた婦女子の主人という事で話を聞くだけだ。
その女の子がユーニスだとしたら、誘拐ではないと思う。変装させて人目につくように誘拐するなんて馬鹿がやることだ。その場合はユーニスは自分で出奔したにちがいない。
ただ、理由に関しては見当もつかない。
誰か嫌な奴と婚約させられて逃げたって話なら分かりやすいけど、そんな話しは聞いてない。
その子がジュンという別人なら話しはライデルの空回りということになる。
彼の目は節穴で、傍迷惑な事をした変人として罰を与える事になってしまう。
不名誉な事だ。
執務室に戻ると、ウェイバール士爵が訪ねておられると秘書官に聞いたのでお通ししろと命じた。いつもの軍服姿から貴族風のスーツに着替えているので違和感がある。
「この度は我が息子が多大な迷惑をかけた。申し訳ない」
深々と頭を垂れるウェイバール叔父さん。常に威風堂々たる彼のこんな姿を見る日が来るとは思わなかった。
「止してください、叔父さんが悪いんじゃないんですから」
悪いのはライデル自身で彼はもう大人だ。罰を受けるのも彼だ。
「ときに叔父さんは、ユーニス様の件をどう思います?」
話題を強引に変えてみよう。僕はこの件に関しては何も知らされてない。何が本当で何が嘘なのか。それを知らないとライデルの処遇も間違ってしまうかもしれないのだ。
「あの事件以降行方がわからないユーニス様がこの街にいる。その話しは叔父さんから聞いたとライデルは言っていました。そのジュンという子供がユーニス様だという確証はあったのですか?」
彼はため息を一つついてこう答えた。
「会えば分かる」
えっと、会話が噛み合ってない気がしたんだけど?
「控えの間にあの子がいた。お前が呼んだのだろう?」
「えっ!?」
「秘書官は私の後に面会させるつもりだったのだろう。呼び入れては如何かな?」
昨日の今日で来るとは思わなかった。すぐに呼ぼう。秘書官に次の客人を入れるように言う。
「よう、執政官の旦那。ご機嫌よう」
なぜオルガ=メイヤーズが同行している? 成人の婦女子と少女が連れられるように入ってきた。子供がぺこりと会釈をして挨拶をする。
「失礼します。ジュンと申します」
……なんとなく、叔父さんとライデルが言ってる事が分かった。立ち振舞いからして普通の子供とは思えない。
ともかく、話を聞こう。
この問題がどう帰結するのか。
話を聞かねば先には進まない。




