きぞくとへいみんのさ
「実際、ライデルには余裕がなかったと思うのよね」
更衣室でのやりとりで、彼の行動に対しての疑問はなんとなく分かったけど。ノーリゥアちゃんには別の角度からの見方があるようだ。
「この宿にかかってる費用はおそらく士爵家の身代をかなり食い潰してると思うわ」
それはそうだろうね。
ライデル自身に資産は今のところないから、父のウェイバール氏の名前が担保なんだろうし。他の出資者もいるだろうけど、だいたいは士爵家の嫡男という肩書きで借りている筈だ。
「順調な営業みたいだし、早急に返済を求めるような事はないと思うがな?」
そう言うのはヤゼン氏だ。
店を経営してる側の意見は重要だよね。長期的な期間を見込んで出資するのが普通なので、どこも焦って回収にかかるわけはない。
ウェイバール伯父様が領軍司令官を辞していなかった時は資金繰りに困る事態にはなってなかったと思う。……ライデルにはなにか別の理由があったのだろうか?
場所と時間は変わって、ここはヤゼン氏たちの続き部屋だ。ノーリゥアちゃん含めて全員が集合してるので、広い部屋なのに人口密度は高めだ。ファリナちゃんはソリシアさんとお昼寝タイムなので隣の寝室にいる。話についていけなさそうなのにこっちにいるレガン君はハイヤール氏と騎士将棋を興じている。チェスみたいな物だけど、取った駒の再利用が可能だ。
「状況は変わったよね? ジュン達に手を出したせいでウェイバール士爵は名声を落としてしまった。こうなると利に聡い商人達は資金繰りに不安を抱く。そうなると順調な今の経営をしている間に回収しようとするかな?」
そう言ったノーリゥアちゃんを否定するヤゼン氏。
「順調ならその経営権を奪う方が確実だろ? 利益出してないなら処分しようとするかもだけど、今のところは金の卵なんだぜ?」
確かにその通り。少なくとも人は集まってる。この業態を模倣する連中が出てもおかしくないほどだ。
「今回の件は、出資者の中からの離反によるものって可能性は?」
イリーナの意見はあるようで、実はないと思う。ライデルのように運営できる自信のある者ならそれもあるかもしれない。でも、貴族と冒険者の両方にアピールしつつ細やかなサービスを提供するその手腕は、従来の宿屋の主の手に負える物じゃない。これは新たな業務形態の確立と言ってもいい。
ライデルはその先駆者なのだ。この形がある程度の成果が出るまで維持しようとするのが、出資者としては本来の望みのはず。
彼の真似は今のところは誰もできない。それが金の成る木になるかどうかまだ分からないから真似しようとしても二の足を踏むのだ。
魔力炉まで投入して、これだけのサービスをして失敗したとしたら目も当てられない。投資が高過ぎるから即破産へ直滑降に成りかねない。少なくとも自分はそうはなりたくない人間が金だけを出して様子を見てるはず。
ライデルがこれだけの事業を起こそうと考えた辺りが謎を解く鍵だとは思うけど。
「もし離反だとしても、彼を誘導するのは難しい。今回の件は確かに失態だけど、あくまで未遂。出資者の誘導にしてはお粗末だし、その線はないと思う」
ヤゼン氏が言うことは合ってると思う。
ライデルを追い落とす為に私を使うなら、むしろその離反した側が私を確保してライデルに退陣を迫るという筋書きの方が納得がいく。
もしくは、不祥事が起きた段階で介入して、ライデルの弱味を握るつもりだったとか。
だけど露見してしまえば弱味とは言えない。そうするなら、秘密裏に事が収束するように仕掛けないと意味がない。
出資者側の離反だとすると、その中の誰かがライデルの弱みを握り、それを以て経営権の独占を目論んだ、辺りかもしれない。
ただ今回はこの推論は当てはまらないと思う。ライデル単体の行動のような気がする。
「何だか小難しい話してやがるな。しかも子供がぞろぞろいやがる。ガキの頃から経営とか思惑とか話してんじゃねえよ」
おっと、勝手に入ってきたオルガさんだ。どうやって入ったのかと思ったら、ハイヤール老がいつの間にか招き入れてたみたい。
「オルガさん。どうしてここに?」
私が聞くと鼻を鳴らして答える。
「爺さんとノーリゥアがいるって聞いたから寄ったんだよ。まさかヤゼン一家とお前らが居るとは思わなかったんだ」
まあ、嘘だろうな。
知ってて来たに決まってる。大方、ウェイバール伯父様が事の顛末を教えたついでに謝意を込めて招待してると伝えたのだろう。でなければタイミングが良すぎる。
「ライデルに会ってきたぜ」
そしてタイムリーな話題も投下した。どれだけ狙ってるんだ、この人。当然、みんなに緊張が走る。
「それで。なんと言っておったのだ?」
ハイヤール老が問いかける。ライデルがどういうことを言ったのか、それによってこの事件の意味はかなり変わってくる。
「嬢ちゃんにはすまなかったと、謝ってたよ」
……え? 認めたの? 襲ったという非を?
「ああ、平民の冒険者にとっても可愛い少女がいたそうで。その子に思いを遂げようとしてあんなことになってしまったと言うことらしい」
「え……それってつまりフランさんが目的だったとでもいうの?」
イリーナは信じられないといった表情で言う。
「まあ、そういうことだろうな」
オルガ氏はそう嘯く。
「貴族と平民の間にある格差は知ってるだろ? 証言にも重みが変わってくる」
────ああ、そう言うことか。
この人が言ってることはそう言うことなのか。
「あの場にいたはずのもう一人の貴族が証言しない限り。奴は大した罰則もなく解放される」
オルガ氏はこちらを見ない。目を合わせない。
彼は別に私に強要してる訳じゃない。
私がユーニスだと、認めろと。
「傷害はまああるし、家を荒らしたのも謝罪する。懲罰金は支払うだろう。当然、被害を受けたフランドールにも。で、そこで終わりだ」
「……なんだよ、それ」
ヤゼン氏がソファーから立ち上がった。拳を握りオルガ氏に掴みかかる。
「たったそれだけで! 済まそうってのか? 下手したら死んでたかも知れないんだぞ、ソリシアは!!」
「それは、俺に言うべき事じゃない」
「なんだとぅあ!」
怒りすぎて変な感じになってるヤゼン氏。
「お前の入れ知恵かの?」
ハイヤール老が険しい顔で問うが、オルガ氏は涼しい顔だ。
「いくら俺が人でなしだからって、こんなことするわけないじゃないですか」
「そうだとよいがな」
ハイヤール老は憮然とした様子だ。というか心穏やかな人間などここにはほとんどいない。話を聞き付けてきたソリシアさんも不安気で、レガン君は意味も分からず泣きそうだ。
ヤゼン氏はオルガの胸ぐらから手を離し舌打ちしている。イリーナとフランは、重大な問題が起きてしまったことに気づいて震えている。
そしてわたしは。
「──なら、わたしが証言すればいいんですね?」
努めて、平静に。
そう言った。




