しんかんさまもまちをあるく
今回は途中からイリーナ視点になります。
翌日、起きてみるとなんかやたらと寒いので、驚いた。なんと二組の間で寝ていた私は薄いタオルケットだけで寝ていたのだ。
「申し訳ありません! 主の寝具を奪い取るような蛮行をどうかお許しください!」
フランは相変わらず大袈裟に土下座で謝っている。イリーナも謝ってはいるが、こちらはいたって平常通りにゴメンゴメンと言っていた。
私としては別に謝る事ではないと思うのだが、放っておけないと言ったにも関わらず布団を奪うような事をされると、少しばかりやるせない気持ちになる。
ともかく、ノーリゥアちゃんに同行するために打ち合わせをしておかないと。詳しいことは今日あちらの部屋で行うと決めてあるので、遅れないようにしないと。
……と、と、ぽすん。
「もー、甘えん坊さんなのかな?」
勢い余ってイリーナにぶつかってしまった。ん、あれ?
「ん、いりぃな、冷たあくて、きもち~」
まずい、呂律が回ってない。
意識に靄がかかったようになる。
身体が熱いのに寒気がしているよ?
「ちょっ……ジュン熱あるんじゃない?」
ん、そうなの?
イリーナの手が冷たくてとても気持ちいいなあ。
「ああ、お嬢様。やはり私が布団を引き剥がしてしまったせいで!」
席を外していたフランが血相を変えて抱きついてきた。
う~、暑いよ、フラン。
そんなこの程度で死ぬわけないじゃないか……しんぱいしょおだなぁ……
◇イリーナ
「まあ、風邪だとは思う。熱もあるけど、耳の下も脇の下も腫れてないからそこまで大事ではないかな?」
私もキョウガイシ様に仕える神官なので、一通りの医学の心得はある。
まあ、専門ではないので診察の見落としとかは有るかもしれないけど。一般的な風邪の症状だけだから、暖かくして寝てれば治るはず。
「私のせいでお嬢様に万が一の事があったら、死んでお詫びを致します!」
フランさんが物騒な事を言っているが、熱も物凄く高いわけでもないし。もう少しして、黒い斑点とか出てくると不味いけど。でもたぶん平気だと思う。
何となくだけど、ね。
ユーニス様が熱を出したと知るとお祖父ちゃんは少し慌てたみたい。でも、貴族の娘でも風邪はひく。私の見立てを説明すると、薬師の所に行ってくると言って出ていった。
ちなみに、簡単な風邪とかなら私の呪文でも治せるの。でも、流行り病の類いは迂闊に(病気快癒)を使うと逆効果になることもある。回復させるための力が病気の原因の物を元気付けてしまう。怖いよねぇ。
その辺りをきちんと学んでる者が扱うなら、流行り病にも効果は出るのだ。神術も魔術も、ただ使えるだけじゃダメな事もある。私はその方面はまだまだ研鑽出来てないから、万が一の事も考えると神術で治すのは止めておいた方が良いと判断したのだ。
だいたい風邪なら何日か寝て、果物とかお粥とか食べてれば治るんだ。ユーニス様は少しばかり張りつめ過ぎだから、ゆっくり休んでなさい。
ぽんぽんと枕元を叩いて、席を立つ。
「フランさん、私もちょっと出かけるんで、後は宜しくね♪ 一刻もかからないから昼二つの鐘までには戻るよ」
「はい、一命を賭してもお嬢様の安全を守ります」
……フランさんの方が張りつめ過ぎだ。
とりあえず着替えと食べ物と、後は氷か。
戸締まりはちゃんとして、と。この家はお祖父ちゃんがやっていた金物屋が隣にあって、その先にお父さんとお母さんの住む武器屋兼自宅がある。
金物屋と武器屋は奥の居住スペースで繋がっていて、お弟子さん達は武器屋に住んでいる。家族は金物屋の方に住んでいるのだ。ちなみにこの金物屋の名は『ハイヤール金物』、捻りも何もないです。
「お母さん、いる?」
金物屋の勝手口から入ると、お母さんが台所で何かしていた。あ、お粥か。てことはもう聞いたんだな?
「ちゃんと寝かせたかい? まったく……子供の布団奪うなんて恥ずかしいよ私は」
「うう、面目ないです。で、ちょっと買い出しに行ってくる。フランさんも居るから大丈夫だと思うけど、時々様子見てあげて」
「はいはい、誰の母親だと思ってるんだい? あんたで苦労したから平気だよ」
「ありがと♪ じゃ、行ってくるね!」
お母さんに任せておけば安心だ。フランさんが頼りないとは言わないけど、若干ズレてる時があるし。
肌着と町中での服と、手拭いを何枚か。これはよく行く服屋で揃った。手持ちのお金は少ないけど、何回かご飯食べさせてもらってるしこれくらいは出しておこう。
食べ物は、黒パンを二斤、羊の乳のチーズを固まり半分で。
美味しそうな香辛料の腸詰めを一綴りに、橙色梨を三つ。黄金色の林檎は、ちょっと高いが一個買っておく。ロート種の方が安いんだけど、甘さが違うんで口当たりが良いはず。皮剥いて削り器で擦ってあげよう。
街を歩いてたら、知り合いの人に会った。冒険者のアインズだ。
「よ、久しぶりだな。しばらく見なかったけど」
「お久しぶりです。実はちょっと前まで領都で修行してたんで」
三年前ほど向こうに行ってたからちょっと見ない間に逞しくなってて驚いた。最下級の白磁だったのに、黒鉄になっていたのだから、ちゃんと仕事をこなしてきたのだろう。お父さんのお弟子さんだ。もちろん戦士としての。
「ようやく神官として認められましてね。これで私も冒険者!」
「え、まじで? 侍祭くらいだと思ってたけど神官かよ」
どの神殿でもそうだけど、一般の信者から僧侶侍祭を経て神官となる。これはまあ、神殿においての序列であり、冒険者としてのレベルとかの意味とは違う。実力が無くても上にいる人はいるし、逆の人もいる。
私の場合、祖母の七光りなんだろうけど、それでも成人前に神官位を得るのは珍しい話なのだ、えっへん。
「んじゃあ、うちの仲間にならないか? 癒し手が若干弱めでさ」
「あ、ごめん。先約があって無理~」
「ガクッ」
本当にごめん。
でも、あの子達と行く方が絶対面白そうだし。
これは譲れないんだ。
「ちぇ。まあいいか。ところでジュンってやつ知ってるか?」
「え……え、誰?」
ヤバ、どもっちゃった。
「なに? お尋ね者?」
「いや、なんか野盗を捕まえたのに置いていっちまった奇特な奴がいてな。街道で縛られてたのを巡回の領軍兵に捕縛されたんだけどな。そいつらをやっつけたのがそいつなんだと」
「ほ、ほう~、そうなんだぁ」
うん、ちょっと変な声になってるけどまだ平気だよ。
一応、傷は私が治したんだ。(地の小治癒)は、範囲に効果を出すキョウガイシの専用神術。(小治癒)に比べると回復量が低いけど、いっぺんにかけられるのが便利なんだ。
ユーニス様のだと、全快しちゃうから私がかけたんだ。
「んで、冒険者らしいんだけど、登録はされてても誰も顔知らないから誰だって探してるんだよ。ちょっとだけど、報酬も出るし冒険者の間じゃ話題の人間だぜ?」
「へ、へぇ~。そうなんだぁ」
なんか大変な事になってる気がする。ちょっとオルガさんに話聞きに行った方が良さそうだ。
「じゃ、ちょっと用事思い出したからまたね!」
「おう、またな」
アインズに会ってて良かった。知らない間に有名人とか洒落にならないよ。
私は冒険者ギルドに行くと、ギルド支部長に面会を申し出た。ハイヤールの孫と伝えてくださいと言うと、受け付けのお姉さんがすぐに取り次いでくれた。
「よう、早いじゃないか?」
「オルガさん、どういうことか説明してください。なんでジュンの話を広げるような事を?」
私の問いに答えるオルガさんはばつが悪そうな感じだ。
「ウェイバール閣下のお出ましでな。あらましは聞いたろ?」
うん、と答える。
つまり褒美を与えるという餌で釣りだそう、ないし、炙り出そうということだ。ちょいちょいと手で寄せる仕草をしたので寄ってみる。耳打ちでこう言った。
「しかも、正体に薄々気づいてる節がある。確証は無さそうだが」
んー、そうか。
状況から推察するとそう思うのは自然かも。
消えた子供と、現れた子供。怪しんでも不思議はない。
「受け付け連中の口止めはしてあるし、改竄も済んでる。幸いお前ら来たときは他の連中はいない時間だったから目撃証言もたぶんない」
それも確証はないけど、まあ惚けてしまう手ならいけるか。
「まあ、ここには近づかない方が無難だな、特にあいつは。監視の目も付いてるし。お前ん家はどうだ? じい様がいるから迂闊な奴はいないと思うが」
お祖父ちゃんなら密偵とかはすぐ分かるとは思うけど。
「実際に実力行使してくる可能性は低いとは思うけどな。ウェイバール閣下は短気ではないが、一つだけ欠点があるとすれば忠誠心過多だ。嬢ちゃんの身の安全を図るためならなんかやってもおかしくはなさそうだ」
私は会った事ないけど、貴族の家臣ていう人はそういう人間もいるんだろう。家の存続は私たち領民にも関係ない訳じゃない。
「そう言うことで、お前だけ来たのは正しい判断だぜ? しばらくは大人しくしといた方が無難だな。場合によってはノーリゥアの件は破棄するしかないがな」
ノーリゥアちゃんは、アクアリアから帰還命令が出ていると言っていた。余裕がどれ程あるか分からないけど、時間がないなら同行は無理になるかな。意外と厄介な状況で困ったな。
「実は風邪ひいて寝込んでるんですよ。私だけ来たのはそれでなんです」
「……そいつは不味い。あいつが臥せってる嬢ちゃんみたら、絶対連れ戻すぞ」
「ですよね~」
私もあまり出歩かない方が良さそうだね。
フランさんもだけど、ジュンと一緒にいるところを普通に晒してたからね。冒険者ギルドを出てみると昼二つの鐘がなった所だ。意外と時間をかけてしまった。ノーリゥアちゃんとの件はオルガさんに任せて早く戻ろうっと。
────このとき私は、まだ事のなりゆきを知らなかった。




