ひるふたつのかねのまえに
今回も視点が途中で変わります。
◇ウェイバール
翌朝、昼の鐘一つ(だいたい八時ほど)で目を覚ました。いつもは鐘のなる前に出仕しているのだが、昨日は夜に動きすぎたようだ。
妻は朝の支度をすませて、私が起きるのをメイドと一緒に待っていたらしい。夜半に戻ったから翌日は休みだと思ったのか。まあ、それもやむをえまい。
「ライデルは戻っているか?」
妻に聞くと、まだ戻らないそうだ。まあ、経営しているのが宿屋ならそちらで泊まれば構わないだろう。三十も過ぎて子供扱いでもあるまいしな。
朝餉をすませて、軍服に着替える。今でこそ毎日洗い立ての服に袖を通せるが、家を出てからしばらくの間は何日も汗や泥の染み込んだ服を着ていたものだ。逆にその頃が懐かしくも思える。
これが歳を食うと言うことか。
「では、行ってくる」
妻の見送りで屋敷を出る。
ウェズデクラウスの西側にある私の屋敷は、かつて豪商が暮らしていたとかいう話だ。領軍指令部から程近いので、私はいつも徒歩でそこへ向かう。馬車を使うほどでもなく、またいざという時に動けない兵など役には立たないので鍛練がてらである。
指令部の門番が私を見ると、直立不動の姿勢になり、敬礼をする。
「司令官閣下に敬礼!」
「任務ご苦労」
返礼をし、中にはいる。通りすぎる下士官、士官も同じ様に過ぎ去る前に敬礼をする。
正直な事を言えば、いちいち足を止めて敬礼せんでもいいとは思う。だが、古くからこの慣習を続けているなら私が無理を言って止めさせるのも問題だ。これを続けていた過去の者達に対しての責任は取りようもない。
こんな事をしなかったために無礼討ちにあって死んだ兵もいただろう。
だから、私は止めさせられない。
過去と未来のあいだを取り持つくらいしか、私の裁量には合わないのだ。
「おはようございます、閣下」
指令部の参謀と廊下で会い、敬礼での挨拶を交わしたのち司令官室へと入る。彼は情報参謀のリーアム準騎士。元はルグランジェロ伯爵家に仕える士爵家の三男だが、継げる家が無いため家名は名乗れない。かつての私と同じだが、そんな者は幾らでもいるのがこの世の中だ。
「実は例の件ですが、男爵閣下のお耳に入ったようです」
「ふむ。なんと言っておる?」
「は、えっと……」
「構わん。そのままに伝えろ」
僅かな逡巡のあと、彼はこう言った。
「『余計な真似はするな。』と伝えてきたそうです。通信兵は用意しておりますが……」
余計か。
家を守る事を余計と言うか。
我が弟ながら、その気概には敬意を表しよう。
しかし、それは聞けぬ。
例え命令無視の咎を責められようとも、家が存続せねば其を咎める立場では居られないのだ。
奴が何を考えていようとも、ユーニス様は保護せねばならぬ。
場合によっては、奴を斬らねばならぬやもしれぬ。
しかし、やるしかない。
愚直と謗られても、例え罪人として処断されようとも。
「閣下には返信はしない。また、再度この件を阻もうとするならこれも無視する」
事実上の命令無視だ。
リーアムは、さすがに面を喰らったような顔をしていたが、復唱して退出した。彼がエルザムに伝えようが構うものか。
私はアークラウス男爵家に仕える士爵。
家の存続は私の使命だ。
何者にも邪魔はさせぬ。
ノックがあり、秘書官のゼルシュヴァイン従士曹長が入って来る。
「失礼します! 昨夜半から早朝までの報告書が上がってきております。指示通り、纏めずに其々の報告書の原本をお持ちしました!」
「ご苦労。指示あるまで隣室で待機していてくれ」
「了解であります! 失礼しました!」
受け取った束はかなりの厚みになるが、全てに目を通す必要がある。捜索班には、気づいた無関係そうな事も全て記述しろと命令し、本来なら不要な部分は添削して簡潔に報告させるのだが、今回の件はそれでは見落としかねない事が有り得る。手間が掛かるが多面的な視野を持たない自分には地道に調べていくしかない。
途中で秘書官に珈琲を淹れさせている時に気になる情報が幾つかあった。ハイヤールが薬師の店に行ったそうだ。高齢者だから薬くらいは飲むだろうが。
冒険者達の捜索には引っ掛かってないらしい。登録はされてるらしいが、オルガは分からないと言っていたな? 冒険者としての登録もしている兵がいるので、そちらを見ると受け付けの話ではいつの間にか登録されていた、とあった。
オルガは関係しているようだ。そもそも、昔のよしみでエルザムに手を貸しても特に不思議はない。
街の住人からの聞き込みでは、子供と兜を被った戦士と一緒に歩いているもう一人の娘が居たそうだ。
話によればそれがハイヤールの孫、イリーナだった。そのイリーナは先ほど肌着と服を買っていったそうだが、これは一体関係ある話なのか? 妙齢とは言えんが、女の肌着の話は必要ないと思うが……。
孫のイリーナは今でもジュンともう一人の居場所は知っているのではないか?
そのイリーナだが、冒険者ギルドに入るとオルガの執務室に入っていったようだ。あいにくとあそこは防諜設備があるので話は聴けないが、オルガとイリーナは繋がっているのは確実だ。
ということは、イリーナという孫を監視すればジュンの居場所による可能性が高い、と言うことか?
「この報告者を呼べ、早急に!」
「はっ!了解であります!」
秘書官が慌ただしく出ていく。あいにく私はハイヤールの孫との面識はない。この報告者はイリーナと明言している所を見るに面識があるのだろう。
秘書官に連れられて寝ぼけ眼の若年兵が来た。夜通しの勤務明けで出頭させられるのだから眠かろう。
だがここは無理をさせる。
「エーレンデュッセ従士、出頭しました!」
「ご苦労。エーレンデュッセ、君はハイヤール老人の孫、イリーナを知っておるか?」
「はっ! 家族でキョウガイシの信者でありますゆえ、イリーナ様を見間違える事はありません。三年ほど前にサンクデクラウスへ修行に出て、近日お戻りになられたそうで。神官位を賜ったそうです」
「よろしい。なら、君はこれよりイリーナさんの警護に当たれ。ただし当人には気付かれぬようにな。明けでの任務だが頼む。曹長、彼の所属する小隊から二~三名見繕って彼に同行させろ。エーレンデュッセ、彼らにもイリーナさんの容姿を覚えさせろ。君の交替要員として彼らを使う。一時的なリーダーは君になる。不馴れな任務だろうが、事は急を要する。報告は一刻ごとに上官へ、ゼルシュヴァイン、君はそれを書面にて私に報告せよ。連絡用に(無線伝声器)を貸し与える。君と予備を一つずつ、彼の上官に一つだ」
手早く指示を出す。エーレンデュッセとゼルシュヴァインが敬礼と復唱で答えると執務室から出ていった。
「うまくいけば良いがな」
昨夜は確証はなかったが、調べてみればそこかしこに足跡はあった。
いずれ発見は出来るだろうが、それからはどうする? エルザムの命令を無視して保護をすると決めたが、それを理由に私を更迭するかもしれん。その場合は私は背信の徒として追われる立場になる。
兄に保護を求めておくか?
妻と息子には咎を負わせたくはないが、そんな都合良くはならん気がする。
「やるしかない。奴も分かってくれるはずだ。そこまで愚かではないと信じよう」
鐘二つ目が鳴り響く。そろそろ昼休みだが、飯を食う気にはなりそうもない。
◇イリーナの母
そろそろ様子を見に行こうかね。息子に少しの間、妹をよろしくねと頼んだ。まだ五歳だけど何かあったら呼びに来るくらいの分別はつくはず。隣にいるんだしね。
勝手口から隣のお義父さんの家に向かうと、身なりの良い男性が書き付けの木片を見ながら佇んでいた。私の顔を見ると上品に微笑みながら尋ねてきた。
「こちらはハイヤール様のご自宅で間違いないでしょうか?」
「はい、そうですが」
隣に看板がかかっているのにわざわざ聞いてくる?
何者かと考える間に相手が名乗ってきた。
「私、『宵闇のサルビア』の者ですが、ジュン様はご在宅でしょうか? 昨夜のお食事の際にお忘れものをされたようで、お届けにあがった次第です」
あの子達は昨日確かにそこで食事をしたと言ってたわね。
「ちょっとお待ちくださいね」
鍵を出して開けると、玄関の扉を開く。
「どちら様でしょうか?」
中からフランさんの声がする。
「私よ。具合はどう?」
「ソリシア様でしたか。ハイヤール様もイリーナもまだ戻っておりませんので」
フランさんが部屋から出てきてこちらを伺う。すると、いきなり顔が強張った。何故か私の事を睨み付けている。
「いけません、ソリシア様! その男は……」
振り向こうとする私は、いきなり暗闇に飲まれた。
薄れゆく意識のなかで、フランさんの悲鳴が聞こえた気がした。




