どうこうしゃはこども
オルガ氏はワインでもエールでもない酒を飲んでいる。父様が好きだった火酒だと思うが、瓶のラベルが見えないなあ。質はそれほど高くなさそうだが、酒精は強そうだ。室内を飾る花の香りに負けない強い薫りを放っている。
もっとも、彼にとってはそれは食前酒の前の軽くひっかけた一杯のようで、瓶の栓はすでに戻されている。グラスの中で揺れる琥珀色の液体を一口つけると彼はイリーナに話を向けた。
「じい様は元気かい? 年始めに会ったきりだもんでな」
「もう元気いっぱいですよ。半年ぶりにお祖母ちゃんにも会えましたしね」
そうか、エカティリーナ様に会いに行ってたのか。てっきり孫の引率が主の目的だと思ってた。
「相変わらず仲がよろしいことで。で、お前は神官になれたそうじゃないか。まずはめでたい」
「ありがとうございます。出来ましたらお気持ちは形に残るものが良いですね♪」
「お前は誰に似たんだか図々しいねぇ。飯だけじゃダメかよ?」
「これはジュンへの謝罪の為であって、私は付き添い、おまけに過ぎませんよ?」
「へいへい、まったくその通りで」
なんというか、気安い関係だね。師匠の孫なら自分の孫みたいなものなのかもしれない。
「で、そっちの二人だが真面目に答えてくれ。旅出るっての、止めるつもりは無いんだな?」
最後通牒かもしれない。
まさか手のひらを返すとは思えないけど、きっちり宣言しよう。
「私は行きます。フランも付いてくるつもりです。イリーナはどうか知りませんが」
「いや、ついてくって言ってるでしょ? 何回この件やればいいのよぅ」
ごめん、お約束みたいなものと思って。
「そうか。まあ、早すぎる気もするがそれなりに並みの連中よりは腕が立ちそうだからな。ところで、一人同行させたい奴がいるんだが」
ん? 監視員か? オルガ氏を信じきるにはまだ材料が足りないので、そういうのはやめてもらいたいな。
「警戒するのも分かるが、そいつはエルフだ。少なくともダインベールの連中に雇われる事はない。アクアリアまで帰るのでその道中を同行する奴を探していてな。お前らはひよっ子どもだが、戦いに関してはそこそこやれるみたいだからな」
ああ、なるほど。
一人で帰るには道は長い。
だから同じ方向に行く人間を探すというのは間違ってはいない。監視を付ける言い訳としてはもっともだが、エルフだとすると信用しても良いかもしれない。
理由は、彼らの高い自尊心だ。
彼らはエルフにしか仕える事はない。ごく稀に人間社会で育った歪んだエルフもいたりするが、基本的に人間やドワーフ達との関わり方は金銭での雇い入れで、しかもそのプライドを傷つけるような仕事は引き受けない。アクアリア森林連合においてはどうかはしらないけどね。この知識も本で蒐集したものだから、あんまり過信はできないし。
「エルフって私は見たことないんだ」
イリーナが微笑みながら言うが、私だってない。フランもないと思う。興味がないわけではないが、そんな理由で同行者を増やすのもどうかと思う。
「会ったことない方をいきなり信用しろ、と言うのですか?」
少し険のある言い方になってしまったが仕方ない。向こうもそれは承知していたようで、事も無げにこう言ってきた。
「実は顔合わせをしようと思ってな。奴がここに泊まっているからセッティングした訳さ」
……まあ、ただでご飯食べさせてくれる訳もないか。上手くすればお互いに良い結果になるし。
「そろそろ来ると思うがあいつらは時間にルーズでな。いつも遅れてくる」
たぶん時間感覚が人間と違うからなのかもしれない。エルフの平均寿命はだいたい百五十~二百くらいらしい。人間の平均寿命はだいたい六十五前後だからおよそ二・五倍~三倍になる。しかも彼らは外見的にはほぼ老いが見当たらないのだ。
「人は忙しすぎるのだ。もう少し鷹揚でもいいではないかな?」
よく通る声の主が扉を開けて入ってくる。当然のようにノックもナシだ。
絨毯の上とは言え、堅そうなブーツの底が音を立てていない。
透き通るような金の髪が棚引き、形の良い少しだけ尖った耳をくすぐるように揺らめく。
美人の特徴の扁桃の実のような眼にすらりとした鼻梁、瞳は群青。
これでもかというばかりに端整な容姿のその人はエルフだった。
「わぁ……きれい」
イリーナが見惚れているのも分かる。これが種族的にも神に愛されていると云われるエルフなのか。わたしも外見だけは結構周りからの評価は高いみたいだが、これは別次元だと思う。嫉妬するのもバカらしいくらいだ。
「オルガ、この子供たちはなあに? もしかして同行してくれる冒険者の家族とか?」
うん、冒険者そのものだとは思ってないようだ。
まあ、仕方ない。
確かに私たちは子供だ。
だが、ひとつ言わせてほしい。
「貴女も子供じゃないか!?」
「なっ……なんですってぇ? このノーリゥアを子供呼ばわり?」
「え……子供ではないのですか?」
「かわいい~、綺麗~、お人形みたい♪」
「うわっこらっ離せ!」
てんやわんやの大騒ぎになった。
そう、一般的なエルフはだいたい二十代~三十代くらいの年齢の容姿で固定される。
ただ、このノーリゥアさんは、と言うかノーリゥアちゃんは人間で言えば十五くらいの姿なのだ。
個々のパーツは素晴らしく出来上がっているのに、全体的に小さく可愛い仕上がりになっております。
「ガキどもの声ってなうるさいもんだな。託児所かよ」
台詞だけ聞くと悪態なんだけど、ちょっと笑ってる所がいい人っぽい。なんかこのオルガという人は信用してもいいのかもしれないと、遅ればせながら思う。
「むきーっ! 子供が私を子供扱いするなんて許せないわ! 親御さんに叱ってもらうんだから! オルガ、そいつらはどこにいるのよ!」
ノーリゥアちゃんの激昂が収まらないようだ。私たちの親に叱って貰おうと考えたみたいだけど、ここにはいないんだよね♪
「因みにその抱きついてるのは、ノワールの孫だ」
あ、オルガさんバラした。
ていうか、そっか。
ハイヤール老とノーリゥアちゃんは顔見知りか。なら教えるべきだよね。
「道理でエリィみたいに無邪気なわけだ……」
げんなりとした様子のノーリゥアちゃん。エカティリーナさまも若い頃はイリーナみたいによく笑う子だったのかな?
「まさか、そっちも知り合いの子とかじゃないでしょうね?」
ジト目で睨むノーリゥアちゃん。しかしエルフって超然としたイメージだったんだけど、完全に普通の子供じゃないか。この宿屋はわたしの常識を悉く打ち砕く為に存在しているようにすら思える。
「ああ、こっちはエルザムの娘だ」
またあっさりばらしおった! この人、守秘義務という概念がないのか?
「うえ、エルザムぅ?」
しかもなんでそんな嫌そうなの、ノーリゥアちゃん! 父様、貴女になんかしたの!? 私、いちおう父様のこと尊敬してるつもりだったんだけど、蔑まなきゃいけないの?
「あいつ、わたしのこと子供扱いするから嫌いなのよ」
あー……そうですね。
わたしも子供扱いされますよ。まあ、子供ですし。
「あ、あのわたしも……抱かせてもらっても宜しいですか?」
「よろしくないわよぅ!」
フラン、君までどうしたんだ……と思ったけど。
よく考えたらフランて可愛い娘大好きだよね。こんな可愛いなら私だって……ああ、人形みたいって意味でね。勘違いしないでよね。
「なんなのよ、あんたら?」
そう聞かれたら答えるしかない。目配せして三人で答える。
「「「新人冒険者でーす!」」」
「新人らしくないわー!」
らしくないと言われましても、新人冒険者を見たことがないので分からない。と言うか、冒険者自体あんまり見たことがない。小首を傾げていると、オルガ氏がさりげなくフォローしてくれた。
「お前に同行する腕利きの冒険者だ」
「えっ……」
ノーリゥアちゃんがピシッと固まる。
「腕利きの冒険者たちの子供じゃなく……」
「ああ、そいつらが同行する。もっとも、こいつらの行き先はもっと先だがな」
ノーリゥアちゃんはガックリ項垂れてしまった。さすがにイリーナも、様子がおかしいのに気づいて体を離す。今までずっと抱きついてたのか。
「わたしに子守りをさせるつもり?」
お、なんか気配がおかしいと思ったらこの人[詠唱隠蔽]やってるみたい。この技術は中級以上の魔術師にとってかなり便利だ。言葉を話しながら後ろで詠唱するという、腹話術みたいなものだが対人戦とかには威力を発揮しやすい。
ノーリゥアちゃんの回りに風が巻き起こる。今はまだ緩いがそのうち加速していくだろう。オルガ氏は涼しい顔で見ているが、私に目線で合図してきた。どうやら魔術を止めろと言いたいらしい。
んー、高名なパーティーのメンバーだったノーリゥアちゃんの魔術を私なんかが消せるだろうか?
そもそも矛先は私たちではなく、オルガ氏だけのようだから下手に手を出すと藪蛇にならないかな?
まあ、食事の前に目の前で惨殺事件とか起こったら嫌だしやってみるか。実のところ、この[詠唱隠蔽]は私も出来る。成功率は八割程度だから、実戦で使うには心許ないのでやらなかったが。
「私は虚仮にされるのが我慢ならないの知ってるハズよね?」
彼女の使っている魔術はたしか風魔術、中級、(風刃巻戟)。本気で当てたらこの間戦った一角狼なんかは一撃のハズ。
たぶん脅かすためにやってるんだけど、本来なら人に向かっての呪文詠唱は犯罪行為になる。オルガ氏は唱えさせてはいるが、彼に攻撃されても文句は言えない立場だ。二人が知り合いだからこそ成立している状況とも言える。
私が[詠唱隠蔽]している呪文は理術、初級の(魔術除去)。
唱えられた魔術を打ち消すための対抗だ。
相手の方がレベルの高いと消せない可能性が高くなるが、自身の出鱈目と言われてしまう魔術補正を考えると意外といけるのような気もする。実力を見せておく必要もあるので頑張ってみよう。
「(魔術除去)」
私が呪文を唱えた後、室内に吹く風が止んだ。ノーリゥアちゃんは何が起こったか理解したのか、術を行使するために出した短杖を持つ私を睨み付ける。
「私の呪文を解除した……?」
新人冒険者と呼ばれる人間の魔術師が高レベルな自分の魔術を打ち消すとは思わないだろう。私は短杖を下ろしながら席に座るとこう言った。
「落ち着きましょう。食事が出来なくなりますよ?」
ガクっという音が聞こえそうな位のリアクションをしてくれるイリーナ。フランは何が起きたかさっぱり分からない様子だ。そしてオルガ氏は含み笑いをしていた。
「そいつがただの新人に見えるかい? お前の魔術ってのが、新人に消されるほど弱いってんなら別だが?」
いや、オルガさん、挑発するのはやめよう! ほんとにご飯食べられなくなるから! ここでこれ以上騒ぐのはやめようって!
コンコンと、ノックの音がする。扉が開き、給仕の方たちが中に入ってくる。風で撒き散らされた花びらに驚いているが、私たちがいたずらした位に思ってなにも言わなかった。子供みたいで助かった。
さて、ようやく食事タイムだ。




