おるがとはいやーる
「ギルド支部長にそんな事言われたのか、ふむ」
ハイヤール老は白い顎髭をさすりながら呟く。冒険者ギルドでの顛末を語ったあとだ。イリーナは少し怒っているように続ける。
「オルガさんて怖そうだけど、泣かせるまで怒るなんてしないと思ってたけどな」
「昔はかなり怒りっぽかったがな。でも、ギルド支部長に落ち着いてからは険は取れたようだが」
「むしろ、私が弱かったからです。今にして思うと、混乱してましたし」
自分の失態を、彼のせいにしてはいけない。それは見苦しい。
「オルガも悪いとは思うただろう。でなけりゃ飯には誘わんだろうて」
ハイヤール老の言い方に少し気になる素振りがあるので思いきって聞いてみる。
「ひょっとしてお知り合いだったりします?」
「ああ、儂の弟子じゃからな」
……とても驚いた。あの『鋼鉄の華』のオルガの師匠とは。とてもそうは見えなかったのにはある理由があったかららしい。
「今の儂には君らのような力がない。儂は吸血鬼に殺されかけたからな」
吸血鬼。
高レベルアンデッドの代表といっても過言ではない超有名な魔物だ。
ということは彼は天神祭
「そう、活力奪取を受けたのだ。それもしこたまな」
活力奪取。
これもアンデッドにある特殊な攻撃手段でその当人の持つ根元の力を奪う。これをされ過ぎるとアンデッドにもなるし、呪いとしての効果でもないので治ることはない。その力を取り戻すには、再び鍛練を積む以外無いのだが、人間の寿命は有限だ。
「だから、今の儂は普通の爺いじゃて。お前さんがたのせいじゃないんだから、そんなに落ち込むんじゃないぞい」
うん、まあ私たちのせいではないけど、それを話させた事はちょっと引け目を感じてしまった。
「オルガは儂が二十五くらいの頃に出会ってな。その時はまだまだひよっこじゃったよ。あいつも十二位だったかな?」
それから彼はオルガさんの話を少ししてくれた。その頃は南方諸国の一つ、タイデルという王国がベルゲルメール南部を切り取ろうと躍起になっていた。若きハイヤール氏は程近いフルグメル辺境伯の領内で活動する冒険者だったそうだ。
オルガ氏は、難民が溢れるその土地で 彼から財布を摺り取ろうとして取っ捕まったらしい。その身のこなしとギラギラとした眼に光るものを感じて、彼を弟子として引き取ったのだという。
「あいつが助けてくれとか言ってたら、警吏に突き出す所だった。悪びれもせずに『俺を弟子にしたら倍にして返してやるから』と言いおってな。見処が有りそうだから色々と仕込んだわけさ」
なるほど。人を見る目はあったのか、それともそう仕向けるために敢えてスリを行ったのか。いずれにしても、難民という逆境を越えて、彼は力を手に入れたのか。
「それはさておき、ハイヤール老。もう一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
私はもう一つの疑問を解きたかった。どっちかというとオルガ氏との関係はどうでもよかったから、こっちの方が本題だ。
「何となく想像できるが、なんだい?」
彼はにこやかに聞いてくる。
「エカティリーナ=ソイルハイド様との関係……というか馴れ初めをお聞きしたいな、と」
市井の人であるハイヤール老とキョウガイシ神の司教にまでなった女性との関係。興味本意ではあるが聞いてみたい。
「馴れ初めと言われると照れるのう。そうさな」
「私も聞きたい! お祖父ちゃん、私には教えてくれなかったのになんで話す気になってるのよぅ」
あ、邪魔な子が出てきた。お陰でハイヤール氏がちょっと引いちゃったじゃないか!
「まあ、話すほどの事でもないしな」
あ、逃げようとしてる。
「ハイヤールさま、出来れば、私もお聞きしたいです」
ここでフランが待ったをかけた。意外な行動だなと訝しむが、すぐに理由を打ち明けた。
「母亡きお嬢様にとって、一番親しく接して下さいましたお方なのです」
……私のためか。そうだよね、フランにとってはあまり接点無かったし。
「今年の新年の祝いの席で、手ずから編んだ赤いマフラーをお嬢様に授けてくださいまして。それはもうお嬢様も嬉しかったのか、メイド長様に叱られるまでずっと着けっぱなしでおいででした」
うん、微笑ましいエピソードのように私の恥ずかしい話をするのを止めるんだ、フラン。
「お嬢様がそこまで心酔する方の成り立ちは如何様なのか。私個人としても気になります」
ずいっと前に出るフランに勢い負けるハイヤール氏は、やれやれと手元からパイプを取り出す。
「ちょっと吸うが構わんかね?」
聞いてはくるが、やめるつもりは無さそうだし、こちらも嫌がるつもりはない。嫌煙なんていう概念はそもそもないし、父様もかなり吸うしね。
火口箱で器用に火をつけると深く吸い込み、上に向けて煙を放つ。この煙の良さが分かるのはいつになるのか、見当も付かない。ただ煙いだけなのだが、大人には大人の味が在るのだろう。ゆらゆらと揺れる煙を見ながら、老人は話を始める。
それは、オルガ氏を弟子に取った十年後の話だ。




