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異世界で命のせんたくをすることになりました。  作者: fuminyan231
2 となりまち
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おこたでのむここあはかくべつ

 二階のイリーナの部屋から出て階下に降りる。この家の造りは土台以外はほとんどが木で作られている。壁は漆喰を塗ってあるけど、おそらく土壁だ。ベルゲルメールの古い民家はこういう造りをしているらしい。


 ただ不思議な事に内壁にはこういった加工をしているにも関わらず、外観は木造の家屋だった。漆喰は目立つから、普通の市民からの妬まれぬようの配慮なのか?


 ただ、そのせいかドワーフおじさんの家みたいなすきま風は少ない感じだ。内壁や外壁に漆喰を加工できる家は少ないから、やはり少し違う。


 一階の廊下には幾つか戸が見える。一番手前の戸をイリーナが引いて開ける。このスライド式の扉は、私たちには少し混乱させられる。ドアは引くか押すかで開く常識があるからだ。


「さ、さ、座った座った。まだ火は入れておらんが、布団が掛かるだけでも暖かいからな」


 おう、これは。

 『炬燵(こたつ)』じゃないか。

 これもベルゲルメールに伝わる暖房器具だ。単純にテーブルの下に布団をかけて、中に炭火などを置いて暖をとる。だけど、ダインベールの一般的な家屋は靴を屋内でも履いているので流行らなかった。


 貴族の場合、部屋に余裕があるから靴を脱いで入る部屋を作るという手もとれたのだけど、平民の家はだいたいが狭いので嵩張る暖房器具を置くことは出来なかったのだ。


 私が知っているのも、ルグランジェロ伯爵邸にその『炬燵部屋』があったからである。

 お呼ばれした冬の日は、そこが私の居場所とばかりに入り浸って、父様に怒られた。

 伯父様がいいって言ってるんだから、いいじゃないかと反論したかった。

 あの頃はまだそんな気も起きなかったけどね。


「ほらほら、ジュンもフランもどーぞ。遠慮なんかしないでね」


 イリーナも誘ってくれるのでお邪魔しよう。布団をめくり中を覗くと、そこにはあるべき灰も炭もない。その代わりにランタンのような物が置いてある。


「昔は炭でやってたんじゃが、このバカ孫が中で酸欠を起こしよってな。以来ウチでは『携帯用暖房灯(ポータブルランタン)』を使っておるんじゃ」

「うわっわー。お祖父ちゃん、なに言ってるのよ⁉」


 バカ孫が怒っているが、それは置いといて。

 魔術装具はそれなりに高価な物だ。やはりこの家は庶民では無さそうだが、貴族という感じでもない。あと、経済的に高い収入の得られるのは……


「ちなみにこれを()うたのは、ウチの連れでな。キョウガイシ様の司教を任じられておる」


 な、に?

 このアークラウス男爵領においてキョウガイシの司教と言えば、エカティリーナ=ソイルハイドじゃないか? 当年とって五十七だが、昨年の年明けの祝いの時にも元気そうだったけど。


「どういうこと?」

「え、何が?」

「聞いてないよ?おばあ様がエカティリーナ様だなんて」


 三白眼で見つめると若干どころではないくらい引いていたが、これは私も予想してなかった。私の知るエカティリーナ様は、大人の女性としては稀に見る憧れの存在である。


 年は確かに高めだが、その容貌は未だに四十でも通じるほどに衰えを見せない。

 いつもころころと笑う姿を見せているが、彼女は王立図書館の名誉会員に推挙されるほどの博識ぶりだ。ソイルハイドという姓は、それまでの神官としての実績に報いるためにダインベールの国王がわざわざ名誉女士爵として与えた家名だったはず。

 ある意味、私の父様よりも高名な存在だ。


「それはわしが止めておいたのだ。むやみやたらに教えてはならんとな」


 ハイヤール老が間に入ってくるが、彼はパチリとウインクをしてこう言った。


「良からぬ人間に聞かれると、その名目当てに寄ってくるでな。お互い様じゃろうて」

「……なるほど、たしかにそうです」


 知られると不味いのは互いに同じだろう。

 つまり、それなりに見当は付いたと言うことだろうね。それを話してきたということは。


 にわかに緊張感が増したのだが、ハイヤール老は全く頓着無さそうに席を立った。戻って来たときは手に盆を持っていた。その上には片手用の鍋と袋と少し大きめの瓶、それと瑠璃(ガラス)で作られたポットだ。中に入っているのは先程飲んだ珈琲(カフェ)に入れた牛乳だろう。


「まずは招待したのだから、茶をたてねばのう。とはいえ、先程と同じでは芸がないのでな」


 イリーナはそれを見ると、いそいそと近くの戸棚から30センチ四方の箱を取り出してきた。

 これも魔術装具で『携帯用竈(ポータブルストーブ)』という。

 さっきの『携帯用暖房灯』は、熱を発するが炎は出さない。こちらは実際に炎を出す。その火力は最大だと高さ10センチくらいの炎になるが、魔石をあっという間に使ってしまうので普通はそんなことはしない。


 魔術装具の上に鍋を置いて、袋から匙でなにか黒っぽい粉を開け始める。けっこうな量を出し終えると、イリーナに指示をして火をつける。お、これは魔力を注ぎ込む事が出来る新型の方か。少しくらいの才能があれば、魔石を使う旧式よりも使い勝手はいいんだよね。でも、一番いいのは最新型の共用タイプ。魔石を入れておけばスイッチ一つで使えるし、魔力を注げる人なら魔石の消耗を抑えられる。


 ごく弱火にして、匙でくるくる粉を回していく。たぶん焙煎してるんだ。薫りが立ってきた。香ばしいけど、先程の珈琲よりも何となく苦そうだ。で、それをしばらく見ている私たち。


 イリーナだけは何をやってるのか知ってるようでウキウキしている。この苦そうな匂いでなんで嬉しそうなのか……けど、珈琲の例もある。ハイヤール老がすることだから見守ろう。


 そして、彼は牛乳の入ったポットに手を伸ばす。ごく少しくらいのだけ注いでから、またかき混ぜる。黒い粉はこの時にわずかに茶色になり、粘り始める。


「北の民はこれを滋養強壮の薬として飲んでいるらしいが、やはり儂等には苦くてな。だが、何時だかの勇者とやらが教えてくれたのだそうだ」


 また少し入れてくるくる回す。繰り返す毎に粘り気が薄れて飲み物のようになる。

 ここで最後の瓶の蓋を外す。ほのかに分かる甘い香り。これは蜂蜜だ。瓶の中身を少しずつ溶かしていく。蜂蜜の甘さが内包され、香ばしさがさらに際立つ。


「さ、お上がりなさい」


 ハイヤール老は鍋の中身をカップに手際よく注ぐ。とろとろに溶けたその飲み物は既に苦いだけの物ではなくなっていた。


 私達よりも先にイリーナが口をつけ、舌鼓をうつ。


「うん、やっぱりココアは美味しい♪」


 ココア……これがココアか。

 私も聞いたことはあった。

 珈琲樹(コフィア)が生育する似たような環境でしか育たないココという木から採れる木の実だ。


 ハイヤール老が言っていた様に苦すぎて誰も飲まなかった薬膳茶が、ココ茶と呼ばれる。これを三十年ぐらい前に召喚された勇者が手を加えてきちんと飲める様になったのだ。


 その名はサトル。

 『山羊頭の魔王』が現界(げんかい)したときに召喚された『勇者』だ。彼は旅の最中に知ったココ茶の加工法を知っていたらしい。詳しい事は省くが、その改善点のお陰でただ苦いだけの物が独特の香気を放つようになったそうだ。この時にすでに珈琲に入れる牛乳や白糖、蜂蜜なんかを混入して飲むという技術を確立させていたらしいが、これは私は後から知ったことだ。


「うん……とても風格がある……柔らかい味だ」


 うん、何て言っていいか分からないけど。

 とても美味しい。

 複雑な苦味がちらほら散見するんだけど、全体を通しての甘味がほとんど覆い隠している。

 基本甘いのに、ただそれだけではない広がりを感じるのだ。

 甘さは当然蜂蜜なんだろうけど、牛乳の持つ成分とうまく融合している。


「なんだか、懐かしい味がします。初めてのはずなのですが」


 フランが、運命の人に会った時のような感想を漏らしているが、これは私も同意だ。どこかで味わったような懐かしき感覚。私たちはカップを両手で挟み込み、暖かさを逃がすまいという感じで味わう。


「二人とも、食べたり飲んだりしてるときってすごく静かだよね?」


 何度でも言う。

 あなたが騒ぎすぎるのだ。

 美味しいものを味わうのに言葉はいらない。蕩けるような表情の私たちに満足したハイヤール老はにっこり笑っていた。


 うむむ、この人も侮れない。

 私はそう思いつつも、ココアを飲み続ける。

 出来れば、もう一杯欲しいなと思ったが、さすがにそれは出来ないな。

 たぶん、これは珈琲(カフェ)よりも高い気がする。

 おいそれとは出せないものを(きょう)してくれた事に感謝しよう。



 ご馳走さまです、おじいさま。

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