かふぇののみかた
むう、不覚だった。
まさか、父様以外の人間に泣かされるとは。父様にしても最近はそんな事はしないし、師匠は基本的にいじめてこないからね。
それに、あれはいじめというか、私が弱ってたからなんだろうけど。
そりゃあ、私だって勇者じゃないのに、勇者なんて言われたら傷つくよ。勇者は召喚されてくる人間なのは、周知の事実だ。いくら能力値が高いからって、そんなのと一緒にされて喜ぶ人なんていない。
それに、あの人。
父様との関わりが多すぎる。
なんで私が話してないのに話してるの?
私の事頼むとか、なんか面白くない。
断然面白くないよ。
あ、だからなのかなぁ、泣いちゃったのは……。
はあ、こどもじゃないと思っていたいけど。やっぱりそうなんだな……。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「もう、フランさんは心配性だなぁ」
部屋の外から二人の声が聞こえる。ここは、イリーナの実家のイリーナの部屋。泣きじゃくる私を落ち着かせようと、私を連れてきてくれたのだ。
イリーナは一人にしてあげようとフランを表に連れ出してくれた。こういう気のきくところはフランとは違う意味で助かる。
この部屋は私の部屋と全然違うな。まず、狭い。あ、ごめん。悪気はないんだ。
でも、広すぎるとなんとなく寒く感じるからこれくらいの広さの方がいいと思う。暖炉がないけど、下から火鉢を持ってきてくれたので少し温かい。
この家はベルゲルメールの家のように家屋内は靴で上がれない造りらしい。玄関が広くてそこで靴を脱いでから上がるのだが、これが思ったより楽なのが分かった。
ハイヤール老人の奥方、つまりお祖母様がベルゲルメールの方だったそうで、その頃からこちらのお宅はこの造りなんだそうだ。
武器屋『ヤゼンガルド』は二軒隣にあり、イリーナの母と父は工房のお弟子さんと一緒に暮らしている。イリーナも小さい頃は当然そっちで暮らしていたのだが、キョウガイシ神殿に八歳の頃に入るときにこちらに引っ越してきたそうだ。
ノックがされる。
「ジュン、入るよ?」
控えめな声色のイリーナが中に入ってくる。一緒にフランもお盆を手に入ってきた。
「ごめんね、ありがとう。もう大丈夫」
だいぶ落ち着いたから、笑うことも出来た。二人は安心してくれたようだ。
あ、フランも私も、防具とかは外している。
やっぱり楽だよね、鎧とかない方が。
「ハイヤール様が淹れてくださいました珈琲という飲み物です。いかがでしょうか」
「お祖父ちゃんの趣味なんだ。豆が少ないからあんまり飲めないって言ってたけど。ジュン達なら特別だって♪」
珈琲か。北方三国の方で採れる珈琲樹から採れる実から作った飲み物だ。父様が好きだったけど、私は苦くて飲めなかったんだ。
「あ、ごめん。わたし、珈琲はちょっと飲めなくて……」
そう言うと、フランとイリーナが目を合わせて笑った。
「やっぱりダメって言ったね」
「お嬢様、こちらの珈琲は甘くなって苦味も少なくなっています。私も頂いたのですが、飲みやすくなっておりました」
「そうなの?」
「はい」
「牛の乳とウギ砂糖を入れてあるの。甘いわよ~♪」
ふむ、確かに珈琲の匂いだけど、甘い香りがする。見てみると薄い茶色で珈琲の黒い色とは似ても似つかない。
お盆から器を受けとる。器は陶器だけど、すごく綺麗。白い地に青い色の模様が描いてあって。言っては悪いが、庶民の家に在るものではないと思う。高級な、茶器だ。
一口、つけてみる。
ほどよい暖かさが沁みてくるが、それと一緒にじんわりと甘味と苦味が混ざりあって口腔を満たす。
うん、苦くない。
というか。おいしい。
あの苦味の中に、こんな芳醇な香りが隠れていたのか。
ウギ砂糖は精製されると白糖になるのだが、白糖と比べると雑味があったりする。けど、珈琲の場合はあまり雑味が感じられなかった。苦味に消えてしまうのか、それとも牛の乳のためなのか。
牛の乳を入れて緩和するという方法は思いつかなかった。
「……どう? 美味しい?」
イリーナが声をかけてくる。おいしい物を味わっているときに声をかけてくるのは、イリーナの良くない癖だ。
けど、今は言うまい。
「おいしいよ。私が飲んだ事のある珈琲とは、全然違うよ」
私の話を聞いて、満面の笑みのイリーナ。君の功績ではないと思うけどね。もう一口飲むと、ほうと息を吐く。
「旦那様は混ぜ物を好まなかったので、そのままお出ししていたのです」
フランが私が飲めなかった理由を教えてくれた。珈琲とはそうやって飲むのも有りなのだそうだ。
ただ父様はそれが好きではなかった。
私はそれが普通だと思い込んでいただけだった。
「私もまだまだだなぁ。そんな事も知らなかった」
父様のする事が正しくて、他の事は違う。そんなことは無いと知ってる筈なのにな。
。
ポロリ。
また、涙が零れた。
でも、さっきとは違う涙。
「ジュン……」
「お嬢様……」
ふたりが心配そうに声をかけてくれる。どうも感傷的になってるな。こころが揺すられ過ぎてる。
「大丈夫だよ」
ニコッと笑う。
涙ぐんだままだけど、二人は安心してくれたみたい。
イリーナはそのまま私の隣に引っ付いてきて、私の飲んだ珈琲を一口飲んだ。
「うわ、なにこれ。お祖父ちゃん、牛乳とウギ砂糖、入れすぎだって」
なんと。彼女たちの飲んだものより、甘いのか。ハイヤール老人の配慮に感謝するべきだね。フランにも飲めとイリーナが押し付けてる。躊躇いつつも、私が頷くと恐る恐る飲んだが、やはり少し特別製だったらしく少し驚いていたようだ。
イリーナとフランに囲まれて、私は少し気が楽になったみたいだ。
いろんな人たちの気遣いで、私は生きている。そんな当たり前の事が、ようやく実感できた気がした。
それからしばらく、イリーナの部屋でくつろいでいた。とりとめのない話をしていると、部屋をノックする音がした。
「せっかくだから、もう一杯飲むかね?」
ハイヤール老がお誘いに来てくれた。話している最中は気にならなかったが、喉が乾いているのに気づいてしまった。
断る理由は、何もないよね?




