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異世界で命のせんたくをすることになりました。  作者: fuminyan231
2 となりまち
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あねでしのどくはく

今回はチコの視点になっています。ウェイルン師匠の一番弟子さんですね。

「はい、フレスコ……なんだお前か」


 導師に誰かから連絡があったようです。

 私は私室から出て、工房へと移ります。工房は幾つかの区画があります。


 私はこのウェイルン魔術工房、主任魔術師、チコリーヌ=ハウフェスバルド。

 皆さんからはチコと呼ばれております。そろそろ二十の後半にかかってしまいますが、未だに独身です。こんなでもダインベールの貴族の出ではあります。

 ハウフェスバルドはダインベール南西部に位置するクレメンタイン侯爵家に臣従する士爵家で、私はそこの長女です。家は既に兄が継いでおり、私の居場所はもうないので、ここが私の居場所となります。


 師のフレスコに十五の頃から弟子入りしました。その頃は既に引退されていました師は、私に様々な事を教えてくださいました。

 魔術は元より、物の見方や思想、哲学なども修めました。

 師は私の事を可愛がってくださいました。いつしか、私も彼の人となりに惹かれました。彼との間が男と女になったのは、そんなに時間はかかりませんでした。


 そんな時に彼はもう一人弟子をとりました。僅か六歳の子供は、見た目は人形のようでした。

 比喩的ではなく、人形と言っても過言はありません。細く華奢な手足に綺麗な銀の髪、白い肌は私が持つことのなかった全てを持ってました。ただ、その赤い瞳の奥はなにも映してないように見えました。


 この男爵領のご令嬢ということでしたが、そこに貴族の娘にあるべき高慢や奔放、子供らしい快活や無邪気といったモノは見当たりませんでした。生きること自体に何の意欲もない、本当に人形のようでした。


 領主様は彼のご友人であったらしく、魔術の師として託されたそうです。もっとも、この娘の様子を見ていきなり男爵様に掴みかかった時は生きた心地がしませんでした。


 御母堂様(ごぼどうさま)が亡くなられているそうですが、そのために心に(いささ)か問題が残ってしまったらしいのです。

 領主さまはその問題はそのままに、基礎的な事を教えていったらしいのです。知識は申し分ないを遥かに越えていました。

 ダインベール公用語は言うに及ばず、商業公用語、ベルゲルメール公用語、インペツゥース皇国語は全て網羅し、エルフやドワーフの言語も扱うことが出来てました。算術も10桁を越える暗算を事も無げに成し、倫理や道徳もきちんと覚えていました。


 ですが、覚えていたけど理解はしてなかったと思います。人を傷つけると何が良くないかは分からず、よくないから傷つけないという、知識ありきのモノでした。


 そんな子供の師匠として(フレスコ)がやった事は、最初はなにもありませんでした。

 朝、男爵邸に赴き、そこで彼女と挨拶をします。それから書物を開くかと思えば、庭に出て遊び始めたのです。


 最初はその子供も、投げられる革で作られたボールを受け止め、投げると言う事の意味が分かりませんでした。

 彼は枝で地面に文字を書き、それで投げる、受け止める、投げ返すという事を説明しました。

 説明を受けると、彼女はそれを実践します。言われた事は出来るのです。でも、暫くそれを行うようになって少しずつ変化が出てきました。


 投げる球が少しずつ勢いよくなります。彼はわざと少し高い位置に球を放りますと、それを取ろうとして背伸びをします。ギリギリで取って、ほっとしたようでしたが、それをまた彼に戻します。


 彼は今度はもっと上に放ります。彼女はそれを取ろうとしても届かないことに気づくと、ジャンプをして取ろうとします。それも届かずに球は後ろに飛んでいき、彼女は視線でそれを追おうとしてバランスを崩して倒れました。


 倒れた彼女に「取っておいで」と声をかける彼は朗らかでした。けど、言われた彼女は笑ってはいません。きっと睨むと、なにか言いたそうにしてます。彼はそれ以外はなにも言わず待ちます。


 彼女は立ち上がると後ろにいってしまったボールのところに歩いて、それを彼に投げつけます。ことなげもなくそれを受け取り、今度は普通に投げます。

 変なところに投げられると思っていた彼女は、まっすぐ自分の取りやすいところに投げられたそれを受け止めて、少し驚いていたようです。


「さ、もう一度だ」


 言われて投げる彼女の顔は、少し楽しそうに見えた気がしました。


 彼が必要だと思ったこと。

 それは彼女のこころを動かすことだったようです。



「今日はなにもしませんでしたが、よろしかったのですか?」


 屋敷からの帰り道、私が聞くと彼は暫くは遊ぶことが勉強かなと答えました。私はそれから後は、屋敷には行きませんでした。


 彼から工房の仕事を任されたのです。とはいっても、大したことではなくて受注の連絡や納期の確認、作業工程での初歩的な部分の作業が主でした。

 彼は昼の間は領主屋敷に赴き、夜の間に作業をするという激務を一年くらい続きました。


「ようやく、あの子が笑うようになってきたよ」


 嬉しそうに言う彼を誇らしく思う反面、あの子供への(ほの)かな嫉妬を感じてしまいました。この人の熱意と頑張りを一身に受けるあの子が、羨ましかったのでしょう。


 おそらく、あの通話はあの子の件の話なのでしょう。女の勘は当たるものです。作業を進めていると、彼が工房に入っていてこう言いました。


「やれやれ、あいつにも困ったものだ」

「どうかしましたか?」


 いちおう聞いてみます。


「オルガの馬鹿が、ユーニス(あの子)を泣かしてしまったと言ってきてな」

「はあ、子供なんですから泣くのくらい当たり前ですが……」

「私は今まで、あの子が泣くことは見たことなかった。あの野郎、なんてレアなもの見やがって」


 まあ、そうでしょうね。

 でも、それは貴方がこころを戻すことに尽力した結果なんですから。


 それがなければ、あの子はいまだに生きてるのか死んでるのかも分からない迷路にいたのでしょうから。



「子供の泣き顔見れなかったのがそんなに悔しいモノですかね?」



 だから、こんな負け惜しみくらいは言わせてください。

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