2-4 おとなたちのおそいないしょばなし
今回は別人物の視点です。閑話でもあるので長文が苦手な方は読み飛ばしてください
───ある日、冒険者ギルド、ウェズデクラウス支部において、ギルド長のオルガ=メイヤーズはとある人間から(暗号化通話)を受けた。
かけてきたのはフレスコ=ウェイルン。サンクデクラウスで魔術工房を営む旧知の友人だ。
「おう、どうしたい魔術師」
「変わらなそうだな、団長は」
「団長は止してくれ。今はしがないギルドの手下さ」
彼らは冒険者として活動していた頃からの付き合いだ。オルガが団長として仲間をまとめあげていた。
その時のパーティー名は『アイゼンブレーム』。
高名な冒険者達で、勇者を擁するパーティーではない中では破格の強さを誇っていた。
彼は現役を退いてからは冒険者ギルドの支部長におさまっているが、これは彼が生家のメイヤーズ家に戻りたくないからだと言われている。
ダインベールの子爵家で、領地はないが北部高原地帯の銅山の採掘権を有している。嫡男だったオルガは家を継ぎたくはなかった。
そこで一度継いだあとに冒険者時代の傷が元で貴族として活動できないと理由をでっち上げて、あとを弟に押し付けてしまった。
弟の方は別に才能があった訳でもないから、渡りに船とそれを承諾した。
こうして嫡男だったオルガは晴れて一般市民に成りおおせたのだ。
姓は残しても問題ないのは一度継いだ人間は隠居という身分が家から保証されるからである。
もっとも、家の名前にはあまり固執してはいないのだが。
オルガはいちおうクラスとしては斥候である。魔術も操り中級の水や土、次元に理術と四つの属性を使いこなした。剣の腕も並みの戦士よりはるかに強く、いわゆる万能タイプの冒険者だ。
それなりに経営手腕もあり、ギルド支部長という肩書きも板についたものだ。
「で、何のようだ? 飲み会の誘いなら秘匿でかける訳ないだろ?」
この(暗号化通話)は、普通のものより魔力消費量がかなり多い。通話系の魔術は受ける側もある程度魔力を消費させられるから、連発されると嫌がらせのレベルを越えることも可能だ。
「実は、エルザムの娘がそっちに向かっている」
「うん? 領主屋敷が焼けたって話は聞いたが、俺に子守りさせるつもりか?」
たしかまだ成人してないと思った。
普通、そういうときは別の家屋敷を用意する。サンクデクラウスには執務で使う公邸もある。こっちに来るにしても行き先は執政官の屋敷で、冒険者ギルドに来る理屈はない。
「ああ、いやなんか旅に出るつもりでな」
「はあっ!?」
声が裏返る。
いや、意味わからん。
「なんでそうなる? ていうか止めろよ」
冒険者として活動できる限界の年齢は十歳前後からと言われてはいる。
が、それも近隣での採集とかであり、遠距離の行動はやはり成人後が望ましい。
「そもそも親父は、エルザムが許してる訳ないだろ?」
「それは聞いてみた。が、俺の通話は拒絶された。あの子自身からエルザムの指示でロボスホスまで行くつもりらしい」
「お、おう、お前……無理だろそんなの……」
俺らなら別に今でも行ける。
ハイキング気分で行ける。
だが、たしかまだ十になるかならないかじゃなかったかな?
「まあ、俺も止めたよ? そりゃあ。可愛い愛弟子がむざむざひどい目に合うのを望むわけも無いだろう」
可愛いと言った辺りに少し思いが透けて見えたが、まあ孫の年齢だから仕方ないか。
俺らも年はとった。
「エルザムとお前、仲良かったはずだよな?なんで拒否るの?」
「それは、奴に聞いてくれ。だが、この感じだとあいつは俺には会ってくれそうにないし」
「そりゃあお前、腹芸出来ないもんな」
「そうなんだ、腹は出てきてるけどな」
「そりゃ俺だって出てるわ」
はははっとしばし笑う。
「あの出火は誰かの差し金らしい。で、そのゴタゴタの隙を縫ってユーニスは旅にでることになった。カウフマンがうっとおしく部下を寄越してくるが、ユーニスはもうここにいないからな。渡しようもない」
「カウフマン? ああ、サンクデクラウスの領軍司令官だっけ、今は」
セバスト=カウフマン名誉士爵は、数年前からその職に従事しているが、エルザムがなんでこんな奴を登用したのか疑問に思うほどに使えない男だ。
事無かれ主義で機転の利かない人間である。生家のアルトフュッフェ男爵家の三男だが、今回の登用でようやく名誉士爵になれた形だ。流石に役職にある人間で貴族の係累であるならとの計らいであった。
「エルザムも目が曇ったかな? それともなんかの意図があるのか知らんが」
「ともかくカウフマンは実行犯を押さえられなかった。エルザムの心証を良くするためにユーニスだけでも確保しておきたかったんだろう」
小役人らしい発想だが、俺の中では別の仮説も出てきた。
カウフマンを領軍司令官にした理由はまさにこれにあるのか?
奴なら出火の実行犯を止められない。ましてや捕まえられない。それに大した人材でもないから降格や爵位剥奪が視野に入っても痛くない。
都合よく考えすぎかもしれないが、エルザムはそう考えてもおかしくはない。
合理的思考が過ぎて傷つける事も自身が傷付く事も厭わない。
それがエルザムという人間だ。
実行犯すら奴が糸を引いているのではないかと思うが、これはさすがに早計か。家屋敷全焼なんて下手をすれば家が傾く話だ。しかし、目星はついてるかもしれない。
「どうした? 急用でも入ったか?」
「ああ、悪い。ちっと考え事をな。で、どうすりゃいいんだ、俺は。悪いが子供の世話なんかしたことないぞ」
所帯は持ってない独身だ。この歳まで一人だからたぶんずっと独り身だろう。寂しくはあるが、柄じゃないのは分かってる。
「信用できる冒険者を斡旋してくれ。出来れば内密に護衛任務をしてほしいが」
「……また無茶言いやがるな。そんな都合のいい奴がいると思うか?」
「まあ、いないよな」
「いなくはない」
「居るのかよ?」
思いついたのは一人いる。
遠くまで行くことも厭わず、腕は信用はできる。
ただ金で動くかどうかは分からない。
ただ紹介して向こうとこっちが気に入ればという確証がないものだ。
「まさか娘は一人なのか?」
そう聞くとメイドが一人いるらしい。成人の戦士並みの力はあるが初心者なので戦い方には不安が残るそうだ。
「じゃあ、盾が必要か」
「出来れば女か女に興味のない男にしてくれ。さすがに友人の娘が手篭めにされたとか聞きたくない」
そんなのは俺だって御免だ。
そんなに性格が歪んでるつもりはない。
「そんな心配するくらいなら鎖を付けてしまっておけよ」
「それこそ、出来るわけないだろう」
父とかならその権利はあると思うが、師匠という立場は微妙だ。
「まあ、そうかもな。当たっては見るが期待するな」
そうなると気になることが一つある。
「護衛の場合は出費は何処持ちだ?」
「ああ、それならウチが払うよ」
おっと、まさかの自腹宣言とはな。そんなにいれこんでるのか。
「さすが腹出てきた言うだけあって太っ腹だな。かなりかかるぜ?」
「手加減はしてくれ。まあ金貨三百位までなら出せるから」
「てめえの娘じゃないのに良くそこまで張れるな、お前」
正直、感心する。
家族がいないのはあっちもそうだが……あ、内縁のがいたか。
「まあ、愛弟子だからな。それにその価値はあると思う」
「その辺は決まったらでいいか。で、その娘ってのはここに来るのか?」
「顔を出せとは言っておいた。茶色の髪と青い瞳の十歳くらいの女の子、名前はジュンと偽っている」
ジュン、か。
受け付けに言っておこう。
迂闊に測定板を触ると本名がバレちまうから先に処理しとかないとな。
「わかった。近いウチに会おうぜ」
「ああ、あんまり飲めなくなったが珠にはいいか」
──程無く、もう一件着信があった。
「やけに出るのが早いな、オルガ」
「てめえの娘のせいだよ」
フレスコからの通話は拒否しておいてのうのうとこっちにはかけてきやがった。
「それなら話は早い」
「なんだ、護衛の件か? それならフレスコから頼まれてるからやってるよ」
そう言うと、奴は意外なことを言ってきた。
「護衛というのは止めてもらいたい」
「……はあ?」
「金銭で縛られた者はそれ以上の働きはしない」
それはそうだ。
逆に考えれば、金がかかる以上その分の働きは保証できるのだが。
「てめえ、正気かよ?」
「無論」
「断ったら?」
「特になにも」
「なんだそりゃ?」
意味が分からない。
説明しろと言うと。
「事の成り行きに水を差して欲しくないだけだ。他意はない」
明確に関わるなとは言わないが、静観して欲しい、という所か。
「訳ありなのか?」
「そうとも言えるし、そうでもない」
「相変わらず煙に巻くのが好きみたいだな。それよりも家の方はどうすんだい?」
ちっと話を変える。
矛先を変えると意外とボロが出るもんだからな。
「しばらくは放置だ。公務は公邸で出来るし」
「堪えてないみたいだな。なんだか他人事みたいな印象だが?」
「フッ、そんな事はないよ。些か手間がかかるくらいでな」
でも、軽く笑っている。
少しムカついたから言ってやる。
「なんで、娘を手放すような真似をする? かわいくはねえのかよ?」
すると、少し間が開いてから珍しい声色で言ってきた。
「君からそんな言葉を聞くとはな。家族よりも女よりも冒険者であることを選んだ君が」
ち、やな事蒸し返しやがる。だが、奴はこんな科白は滅多に吐かない。それなりには痛い所だったのだろう。
「私はユーニスの為に舞台を整えただけだ。劇は演者が勝手に踊るよ」
「劇ってなそんなんじゃないと思ったがな」
「人生という劇に脚本はいらない。却ってその美しさを損なうだろう」
「気取った言い方も変わんねーな?」
どことなく芝居じみた台詞はいつもの通りだ。
「ともかく、余計な手は出さないでくれ。あれが妙な輩の手にかかるのもあれの選択だ。それも受け止めずにこの先は生きられまい」
自分の娘をしまい込んで出すつもりがない訳はないと思ってはいたが、こうも言い切られると反論は出来ない。
所詮は他人の娘だ。
「ああ、別に俺は構わないぜ。余計な事をしょい込む理由はないからな。ただフレスコには一言言ってやれよ」
あいつは少し入れ込んでいるからな、フォローくらいはしてやれよ。
「悪い奴でないが、魔術師らしくないからなあいつは。理よりも情を優先するから、本当は師にはしたくなかったんだが」
「それは言うなよ。本当に凹むからな」
まあ良いところだと思うんだ、俺は。奴の非情になれない所は人間臭くていい。
「優秀な人間なのは間違いないのだがね。君のように利害だけでは判断してくれない」
「買い被ってくれてるみたいだが、俺も歳取ったからな。涙脆くなって情に流されるかもしれないぜ?」
実際、手を貸そうとはしたからな。お前が言ってこなければ八方手を尽くすつもりはあったし。それだけ、危険な事をさせるこいつにこそ非情というのは相応しい。
「もし、そうなったら仕方がないな。私に見る目がなかっただけだ。君に不徳はない」
そこは認めちまうのか、食えねえ奴だ。
「可愛いげないな。お前の娘もそんな感じなのか?」
こいつの劣化版とか相手したくないな。殴っちまうぞ。
「あれは私より可愛いげはないぞ。言葉が使えるようになったと思ったら人の語学は言うに及ばずエルフやドワーフの言葉を話し始める。本を与えれば次の日には全て覚えている。私だってそこまでではなかった。事足りないのは身体だけだ」
糞味噌言いやがるな。手厳しいのか、惚気が逆さまになってるのか、判断に悩む。
「十の娘が身体が事足りてたら、余計怖いよ」
「それもそうだな。だが、末は妻よりも器量良しになるだろう」
ふん、言葉が透けてるぜ。
てめえの顔とかどうでもいいとかほざく人間が誉めるなんてあり得ねえ。
「お前、それにはなんの価値もないとか思ってるだろ」
言ってやるとフッと笑って返してきた。
「ああ、見た目などどうでもいい」
「けっ。いけすかねえ野郎だ」
「ともかく用件はそれだけだ。余計な仲間より必要とされる仲間が、わが娘には必要なのだ」
さいですか。
まあ、仲間なんてもんは勝手に集まるもんで、親が決めるなんて間違ってるからな。
過保護になるのはいけねぇ。
「……登録は偽造するぞ。ジュンって名乗ってるらしいから。ステも適当に改竄するが構わんか?」
いちおう聞いておく。
あくまで登録名と表記ステータスのみの変更だ。そもそもステータスを変えても、実際の能力とかは変動しないし。
「その辺りは構わない。むしろ目立たんようにしてやってくれ。おそらく、異常な事になってると思うからな。こちらはむしろ頼む」
なんか確信でもあるのか? 天啓でも受けたか。ま、見れば分かることだ。
「へいへい、承りましたーと。こっちにはまだ戻ってないのか?」
「ああ、少し野暮用でな。八日くらいはかかるか」
王都に用と言ってたが寄り道してやがるな。
本当に娘の事は信用してるみたいだな。
「ずいぶん遠いな。まあ、戻ったら連絡しろ。フレスコとも話をしろよ」
「ふむ、分かった。すまないな、面倒事を」
「今回は俺は大したことしないからな。せいぜい改竄くらいで」
「違いないな。ではまた」
「おう」
さてと、とりあえず俺がやることは今はないか。
階下に降りて、事務室に入る。資料を集めたり、計算したり、様々な雑務をこなす職員達を眺め、先に進むと机で書類を作成中の人間に声をかける。
ひとしきり頭を悩ませる彼女は私の声を聞きたちあがった。
「ギルド長、実はご相談がありまして……」
彼女の持つ書類は冒険者の新規登録用の書類だ。
俺はそこに書いてある名前を見逃さなかった。
「……あいつら、連絡遅すぎだよ」
会話文の辺りを修正しました。




