2-3 きえんがむすぶしまい
おいしい食事は人を幸せにするが、同時に狂わせることもある。ひたむきな姿勢でうまい料理を追及するほどに人は回りが見えなくなる。
自分の大切な人を遠ざける事も気にしなくなり、あまつさえ傷つける事すら厭わなくなる。
さらには自分の体すら料理に捧げ出してしまう輩まで出してしまう。
香辛料を使いすぎて味覚が壊れるもの、麻薬のような香草に体を蝕まれるもの、未知の食材を試して毒で死ぬくらいは普通だと言われるこの道は、かように修羅の道だ。
人から比べればまだまだ僅かな人生しか歩んでいない私でも、ここまで冷静でいられなくなる事は滅多になかった。
貴族の宮廷料理は繊細でそれはそれで美味しかった。この俗世の料理は味自体はたしかに上回らないだろう。
だが、その余りある将来性に感動を禁じえなかった。この世界はまだまだこれからなのだ。
──などと、脳内で語ってしまうほどに私は満足した。
最後のデザートの苔桃のクーヘンも、洗練はされてないけど油強めの料理の後はあの酸っぱさが嬉しかった。甘味は少し少な目なのは、やはり白糖の値段自体が高いからだろう。細かくひいた小麦で焼かれた生地はとても柔らかく、上に盛られたクリームもふわふわだ。
苔桃と書いてあったが、たぶん別のジャムも混ざってる気がする。ジャムはあまり詳しくないので分からないな。甘いのはあんまり得意ではないんだ。
けど、それでも美味しかった。
「ふう、食べた食べた♪」
にこやかなイリーナが食後のお茶を飲んでいる。これはあとから頼んだ麦茶である。舌を元に戻すために日頃飲むものを頼んだのだが、これもうまい。
粒が揃ってるのか、焙煎が上手いのか、乗り合い馬車で飲んだモノとは明らかに違う。
こんなものでも差が出るのだなぁ。
結局、私達は残しもせずに全部平らげてしまった。鶏が小振りだったというのもあるが、それでも食べ過ぎた。イリーナは余裕ありそうだが、フランはかなり厳しそうだ。
私は、今は一歩も動きたくないです。
あと、お腹は見ないでください。
とはいえ、お昼時に席を占領したままではマナーが悪い。お会計をして表にでると、勝手口に行くルイゼさんを発見した。
「ルイゼさーん」
声をかけるとすごく驚いてこちらを伺うルイゼさん。
あれ、人違い……の訳ないよね。
見間違うとは思えない。
すると彼女は私の手を握り、勝手口から店の中へ連れ込んでしまった。当然、フランやイリーナも一緒だ。かなり焦った表情のルイゼさんが、こう聞いてきた。
「ルイゼの知り合いなの?」
「「「えっ?」」」
思わず、声が重なる。
本人に知り合いなのかと問われるこの状況、どういうことだろう。
すると、勝手口から頭にスカーフを巻いたご婦人が一人入ってきてこういった。
「ごめんね、遅れちゃったわ、マリカ」
ルイゼさんと同じ声の人がそこにいた。スカーフの中から窺える顔もルイゼさんだ。その方も、当然驚いた。
「あら! ジュンちゃん。もう来てたの?」
……んんん?
まあ、要するにこの二人は双子だったわけだ。こちらのマリカさんはドリックレッド氏の奥さまである。
「私は、ドリックレッドさんが軍にいる頃からのお知り合いで、まあ先生にあたるのかしら。私の手解きで腕をどんどんあげていってね。そのうちに独立すると言ってね。彼の出身の村はウェズデクラウスの方が近いからそこに店を構えると出ていったのよ」
ドリックレッド氏の人生の足跡をあっさりと説明してしまうルイゼさん。そんな簡単な人生じゃないだろうに。
「店がまだ開店しない時期に結婚するって手紙が届いたのよ。もうびっくりしちゃってね」
ほう、ちらりと見たがドリックレッド氏は年齢はだいたい三十後半、四十にのるかどうか位に見えた。対してルイゼさんとマリカさんは今年で二十四といっていた。まあ、年齢的には晩婚だが、遅いと言うほどではないし、男性は多少年齢が高くても社会的地位を持った人間を選ぶ方が良いとされる。
あくまで、一般論だよ。
「『会ったら驚くよ、間違いなく』って言ってたから会いにきたら、そっくりな女がいるんじゃない」
「私も驚いたの。だって瓜二つなんだもの」
他人の空似かとも思ったらしいがマリカさんの生い立ちから考えて、双子だと確信したそうだ。
「私は孤児だったのよ」
なるほど。そういうことか。
「お嬢様。僭越ながら私には理解しかねます。なぜ、お分かりになったのですか?」
フランが聞いてくるので答えようと思ったが、先にイリーナに割り込まれた。
「それはね、双子が縁起が悪いからなの」
そう。
ただの迷信だと思うが、この辺り一帯の国々は全て双子を忌み嫌われる凶兆と捉えている。
「貴族の家でも内々にして里子に出したり、場合によっては殺しちゃう事もあるんだって」
「こら、言い過ぎ」
グイッと、頬をつまんでひっぱる。
「あう、いひゃい~」
その本人たちを目の前にして殺されるとかデリカシー無さすぎだよ。よく延びるほっぺたをつまんだまま、私はフランに答える。
「貴族がそうするのなら、その領民達もそれに倣うのが筋。だから普通の人たちも双子をなるべくさけようとするの。里子に出せなければ孤児院に預ける以外無かったんだと思うよ。そういう需要もあるらしいし」
だいたいは離れた地域に送るのが慣わしだが、今回は領内を出なかった故に起きた事みたいだ。私の言葉をつなげるようにマリカさんが続ける。
「私はサンクデクラウスの孤児院に預けられ、十一の時にウェズデクラウスの食堂に奉公させていただくことになりました」
「私もそれぐらいから奉公してたから同じね」
並べてみて分かるけど、ルイゼさんの方が若干朗らかというか子供っぽい。生活環境からか?
「わたしはメイドでしたが、そのような話は聞いたことありませんでした」
フランは自分だけ知らなかった事がショックなようだ。
フランがメイドとしてきたのはいつだっけかな? フランが十一の頃だから、私は三歳か。さすがに覚えてないよ。
けど、フランが知らない理由は分かる。
私を産んで死んでしまった母様の事を連想させる話は極力避けていたんではないかな、家の人たちは。
だからフランにもそういう類いの話はあまりされなかった。そもそも父様がこんな迷信、信じるとは思えないし。そう言うと、フランはなんとなく納得したようだった。
「ジュン、お母さんいないんだ」
お、イリーナが珍しくしおらしい。いつもそうなら、とてもかわいいのになぁ。
うん、黙ってれば美少女なんだよなー、この娘。
「別に気にしてないから。同情とかもやめてね?」
負け惜しみみたいにならないように気を付ける。こんなところで妙な属性をつけたくないからね!
「けど、ドリックレッド氏を介して二人が再会なんて……奇縁というか運命というか」
二人に対してそう言うと、同じ笑顔で答えてくる。
「「そんなに良いものじゃないわよ」」
「え…?」
聞き違いかと思ったのだが、そんなことはなかった。にこやかな笑顔で彼女達は言い合いを始めた。
「だいたい姉さん、自分があの人に手解きしたって言ってるけど。それを鼻に掛けて私より特別みたいな立ち位置に居るわよね?」
「そ、そりゃあほんとの事だし?」
「だからってあれこれ世話焼きすぎなのよ。そんなんじゃゼイクトさんが可哀想でしょ」
「か、彼は理解してくれてるわ」
「ならいいけど。いつのまにか愛想尽かされても知らないからね」
「わ、わたしはあなたたちのために善かれと思って……」
──なんというか。
運命的な再会ではなかった方が、お互い幸せだったのかなと、考えさせられた。子供の私達が口を挟めるわけもなく……こっそりと御暇することになった。
「なんか……すごかったねー」
イリーナの呟きがすごく切なく聞こえる。
「大人って、大変なんですね」
フランが疲れたように囁く。
「………」
私は心のなかで祈る。それでも二人がちゃんと向き合える日が来るように。そして、二人のせいでドリックレッド氏が倒れないように。
「なんか、疲れた……」
食事の前のテンションからは考えられないくらい落ち込んだ私たちは、仕方ないので冒険者ギルドを目指すことにする。
世の中は、うまくは出来てないんだね。




