2-2 ちょっとのめりこみすぎですね
サンクデクラウスでは街中での食事をしたことはある。父同伴で、だが。そうでないときは店での食事ではなく、魔術工房でチコさんの手料理とかそんな感じだ。
かように、私は外食というものはほとんど体験がない。
当然のようにこの街でもそれは初めてだ。視察に父の供をしてついてきた事があった。
しかし、その時はあちこち動いていたにも関わらず、基本的には街の中だけしか見ていないし、しかもほとんどが馬車の中だった。つまり私にとってはこの街を歩くのはほぼ初めての事なのだ。
たいていの貴族がそうであるように、士爵であれ執政官、しかもこの辺りの名門ルグランジェロ伯爵の息子がおさめるこのウェズデクラウスにはお抱えの料理人達がいる。
そこに滞在するなら、そのもてなしを受けるのが客人の礼儀であり、義務ですらある。
別にその時の食事が良かったとか悪かったとかそういう話ではない。だが、風情がないのは否めなかった。家で食べる食事と違うのは、客としてもてなされている事と同席した人間が多いというだけに他ならない。
そんなわけで、違う街で食べる初めての食事に対して、私は非常に期待していたし、かつ高揚していた。
舞い上がっていると言っても過言ではない。
開店まではまだ少しかかるらしいが、その間待つなんてどうでもいい。
というか、その待ち時間すら最高のスパイスになるはずだ。
書いてある札を眺める。
ふむ、川魚の塩焼き、猪肉の網焼き、羊の肉の鉄板焼き…焼き物はバリエーションが多いな。
スープの類いは、芋とニンジンの鹿肉のスープ、コーンのポタージュとはまた地味に手間のかかるものがあるな。コーンはあまり一般的ではないので、高いんだよね。
なんだろう、川藻と小魚のスープって凄い気になる。塩なのかな? なんかあっさりして朝御飯には良さそうだけど。
一品物というか取り分け前提の大皿メニューもあるな。
牛肉と豆の煮物、一角狼の骨付き肉の直火焼き、雀の姿焼きはちょっと引くけど、鶏一匹の蒸し焼きは、興味あるなぁ。
フランとイリーナがいれば食べられるかな?
「ちょっとちょっと、ジュン?顔がだらしないぞぉ~」
えっ? そんな馬鹿な。ちゃんと顔には出さないように気をつけてたのに。
「お嬢様、お気持ちは分かりますが淑女たるもの、お品書きを見てにやけるのはどうかと思います」
ぬう、フランが手厳しいことを言ってくる。とはいえ、顔に出てたのだからそこは反省、頬を軽く叩いてもう一度、熟考しよう。
「お、もう誰か来てんのか?じゃあ、はじめっからね」
奥から顔を出した壮年の男性がドリックレッド氏か。鍛え上げた体にエプロンという違和感有りまくりだが、こういうコックもいいじゃないか。なんか格闘強そうだよね。
「では、ご注文を伺います。えっとご会計はご一緒ですか?」
メモを片手に聞いてくる女給さんに一緒でと答える。イリーナがいいの? と聞いてきたが、一食くらいは別に構わないよ。
お値段はどれも良心的と言っていい範疇だ。
ただ、これは聞いておかないと。
「二人とも鶏一匹の蒸し焼き、食べられるかな?」
二人の顔がちょっと引くついた。
うん、分かる。
これ頼むとたぶん他にはあんまり手が出せなくなるし。
「私は嫌いじゃないけど……ちょっと多いかも」
イリーナが笑いながら答える。
「お嬢様が食えと仰有いますなら、一命を賭しても」
フラン、重いし、それはメイドの発言じゃないよ? 騎士とかだからね。
聞けば、器さえあれば持ち帰りも出来るようなので頼むことにする。フランに適当な器を買ってきてもらおう。露店にはそういう陶器や木の器も売っていたはずだ。
「では、鶏一匹の蒸し焼きにコーンのポタージュ二つと川藻と小魚のスープ一つ、川魚の塩焼き二つに半黒パン三人前、あとは苔桃のクーヘンも三人前でよろしいですか?」
「あ、私蜂蜜酒くださーい」「私はダールトン産の白ワインを」「えっと炭酸水でお願いします」
各々飲み物を頼むが、この辺は好みが分かれそうだ。蜂蜜酒は蜂蜜を発酵させたお酒だが、物によってはかなりの強さになる。
私の頼んだ白ワインは、ダールトン公爵家で産出される白ワインで、比較的弱めで甘味と辛味がちょうどよい感じだ。
家でこっそり飲んだら父に怒られた事がある。その七年という微妙な年数の白ワインには別の意味があった。
なんでも今はなき王太子アウガスト様の嫡子生誕を祝って造られた引き出物だったのだ。
この王太子様も嫡男も流行り病で亡くなっている。本来は嫡男成人に合わせて飲むべき物だったが、そういう理由で開ける機会を逸していた。
だから怒ってはみたものの、すぐに機嫌よく空にしてしまった。
ちなみにこの時の私は七歳。グラス一杯も飲めなかったので怒られたのは凄く割りに合わないと今でも不満に思っている。
この辺のミネラルウォーターは全て炭酸水だ。真水を飲むなら、川などの水を(水質浄化)で綺麗にするか、(水召喚)で水自体を作り出すか、あとは一度沸騰させてから冷まして飲むというシンプルな方法となる。
注文してから周りを見回すと、いつの間にか他のお客さんもちらほらといる。常連らしいいかついおっちゃん達もいれば、夫婦での来客もいたり。若い女の子は私たちくらいだからかなり目立ってはいるが、食欲には勝てません。
「川藻と小魚のスープにコーンのポタージュです」
おっと、まずスープからきたぞ? まさかコース仕立てで来るわけはないよね。
川藻というのは、読んで字のごとく川で採れる藻で、淡水で育つ割りに旨味となる成分が多いようで、出汁として使われる事は多い。今回は小魚も入っているのだが、ベースが醤油のせいか少しストレートな味だ。たぶんこれに味噌を使おうとしてるんじゃないかな、と思う。ちなみに小魚は頭と腸が細かく取ってあるので、エグ味も雑味もない。
コーンのポタージュは、香りからするとかなり美味しく見える。フランに一口とねだると、スプーンで食べさせてくれた。
何故か顔が赤いけど、なんか暑かったのかな? ちなみに兜は取らせてるよ、食べづらいから。
で、味の方なんだけど、濃厚なコーンの風味と丹念に作ったコンソメの味がなかなかにいい。色んな野菜とセロリやハーブをきちんと量って丁寧に濾して作ったコンソメは、とても手間がかかる。
一般的には乾燥させた野菜を混ぜ合わせた略式の物を使うのだが、おそらくそれは使ってないだろう。
こういうこだわりがある人は私は大好きだ。こと、料理に関しては、こだわりが強いほど美味しくなるというのが私の持論だ。そういう意味では私の心はすでに撃ち抜かれている。
次にきた川魚の塩焼きだが、これは調理の腕よりも素材の味が良すぎた。この時期の碧鮭は産卵期前で脂が乗りきっている。この魚は産卵のために遡上するが、元々は海の魚だ。身は生きているときは少しずつ碧みがかっているが、火を通すとふつうの白身になる。ちなみに紅鮭というもっと大きな魚もいるが、こっちは生きているときも火を通した後も赤く色づいている。
どちらかというと紅鮭は保存用に塩漬けにされて冬を越えるための食糧だ。対して碧鮭は、秋を彩る食卓の花のようだ。繊細で野趣溢れる旨味が身を噛み締めるほどに滲み出る。
この味を引き出しているのは、たぶん塩だ。おそらく高地で採れる岩塩、ロレイン産かはたまたベルゲルメールのエクレウス産か?塩田で造られる塩では、こういう雑多な味が調和する感じにはならない。もっと鋭角的な味になるはず。
そしてきましたメインのローストチキン。
この料理は下拵えが出来ていれば、野営とかでも作れる。当然、元騎士のドリックレッド氏が作らないはずがないと踏んでいたのだが、やはり堂にいっている。
小振りな鶏の羽はきちんと取り、フォークでしっかりと穴を開けている。これをしないと味が染み込みづらいのだ。大蒜とオリーブオイルの強烈な匂いに微かにハーブ類の香りがする。ラフィオンか、ダイラムか、アグレーノか? まあ、全部かな? 肉自体の臭みは全然なさそうだし、湯気でしんなりした回りの玉ねぎや芋なんかも、とてもよい香りを醸し出す。
女給さんが手際よく切り分けてくれる。本当は自分でやりたいが、いかんせん背が低くてテーブルに載ったローストチキンを切り分けるのはなかなか敷居が高い。
む、中からなにか出てきたぞ?
おお、ピラフが仕込んである! 芸が細かいなあ。普通は根菜とかを入れておいて蒸しあげるんだけど、これはやられた。
これなら黒パン頼むんじゃなかったかも。
おっと、そういえば黒パンを忘れてた。こっちはライ麦と小麦の半々の粉を使った半黒パン。
一般的には黒パンは七割から十割全部をライ麦で作るけど、半黒パンは小麦が入る分量が多い分柔らかくもなる。どうもここのは天然酵母は果物のを使っている感じだ。まさか、自前で焼いてないよね? さすがにそれは無いだろうが。
頭の中ではこんなことをダラダラ喋ってはいるが、私はかなり無口になっていた。
とうぜん、この味を堪能するためだ。
イリーナは一つ一つ口に入れる度に話をふってくるが、正直相手をしている余裕はなかったから適当に返事をしてしまっている。
フランはようやく私と同席して食事をすることに慣れてきたようで、私のイリーナへのぞんざいな受け答えのフォローをしてくれている。
助かります、フラン様。
「もー、ジュンってば聞いてるの?」
でも、仕方ないんだ。
美味しい料理が人を狂わせるのだ。
だからイリーナ、ちょっと黙って味を堪能しろよ、もう!!
一人での初の外食に浮かれまくるユーニスです。
正確には「お友達との」食事ですかね?




