1-28 みじかなきけんはどこにでもある
「要するに、イリーナが心配だから旅に出したくない訳ですよね?」
私の発言にハイヤール老人は肯定する。
「その通りです。それもまだ近くで素材回収とか迷宮の探索とかならまだ許せますが」
うむ、過保護というものかな? 冒険者の中にもそういうスタンスの人も確かにいるわけだし、分からなくはない。
「けどお祖父ちゃん、近くでだって危ない事はあるんだよ?」
イリーナの言うことも分かる。そもそも冒険とは危険に飛び込んでいくことと同義だと思う。危険のない冒険なんてただの仕事じゃないか。
あ、仕事で危険がないという意味ではありません、念のため。
ともかく、ゴブリン退治で全滅するパーティーも珍しくない。近かろうが遠かろうが、危険度はたいして変わらないというのが世界の摂理なんだろう。
「そもそも危ないことさせたくないんじゃよ!」
はい、本音をぶったゃけたよー。
けどこういう人の方が好感は持てる。
身内は贔屓しちゃうよね、当たり前だよ。
「けど、それは横暴ですよ? イリーナの生き方はイリーナのものです。たとえ、親族だろうとおいそれと批判はできませんよ?」
私は正面から諭す。自分の事を自分で決めてはいけないなんておかしいと思うから。この辺は譲れないよ?
私の生き方にも通じるしね。
「それも成人しとるならまだ分かるが、この子はまだ十三なんだぞ?」
ハイヤール老が言うのは一般論だ。だが、ある程度意味も分かる。
成人年齢の十五歳というのは、慣習的にも法的にも一個の人間として認められる年齢である。大っぴらにお酒が飲めるのも、成人になって成人式を迎えてからだ。
それまでは親や親族が子供の権利を有していると言えるから。でも、その親や親族が認めればその限りではないはず。
「私は十歳ですが」
まあ、父様が認めてくれてるみたいだし。私はその条件には合致してるはず。
「そーよ、ジュンの方が小さいんだから!」
おっと、イリーナがのっかってきた。
けど、そのチラっと動かした視線はなんだ。
「だから一部を見ながら言うな!」
いちいち見なくていいんだよ。
それとも私の自意識過剰!?
そうですか?
「あんたみたいな規格外と一緒にするな!」
「ピキ……」
この孫にしてこの爺い……?
失礼な!
「あ、いえ、失言でした。すいません……」
私が怒っているところを見て慌てて謝るハイヤール老。かっとなるのは分かるが、私を規格外とは何事だよ?
「まあまあ、落ち着きましょう皆さま。冷静に冷静に」
フランが間に入って険悪な空気を和ませようとしている。実際、この二人は私にたいして失礼すぎるよ? もう!
「話が逸れましたが、要するにイリーナ自身が充分な実力を持っていれば良い訳だよね。私たちと来るかどうかはともかくとして」
「そこは行くの、ついていくに決まってるの!」
私の言葉にイリーナが抵抗している。
「まあ、そうですね冒険自体を否定されるのは嫌ですよね。私共と同行するかどうかはともかく」
「だから、そこは同行するの! ともかくもないの!」
フランが追い打ちをかけるが、それにも抵抗を試みる。なかなかに折れないなぁ。
「そういうわけで、試験をしましょう。私とフランとでイリーナの能力が冒険者としてやっていけるのか、どうかを測ってみましょう」
ようやく、これが言えた。前置きが長すぎる。馬車の中の舌戦で疲れるなんて思わなかったよ。
ふと気がつくと馬車は止まっていた。
さっきの魔力暴走のせいで馬が驚いたのかと思ったが、どうも違うようだ。御者のロッツェン氏が御者台から小窓を開けて声をかけてきた。「前を倒木で塞いでいる奴がいます」
また、ろくでもない事になりそうだ。
(敵意感知)の呪文は精神系に属する初級の術で、こちらに害意を持つ意思を感知する。
ただ私の中に映し出される感覚が漠然としすぎるので、【翻訳】で魔術構文をちょっと改変して、マップ表示みたいにしてみる。
これなら分かりやすそうだ。だいたいの位置と数も分かる。 (敵意感知)の範囲は自身よりだいたい90メートル前後。
前方に三人は二十メートル、後方四人も二十メートル、左やや上方に三人はおよそ三十メートル、右手には一人が二十メートル。ほぼ囲まれているが、左手の三人はたぶん樹上からの弓矢か投石での牽制、右手の一人もバックアップ用の魔術師あたりかもしれない。
街道を外れて馬車を走らせるのはかなり危険なので、倒木とやらを排除しない限りこちらは動けないということだ。
野盗の類いのよくやる手口である。
数は十一人、こっちのだいたい倍か……いや、単純に戦闘要員と考えられるのは未知数のイリーナを含めても三人。
まともに考えたら戦いにすらならない。向こうは乗り合い馬車を狙う奴らだとすると、命を取るとは言わないだろう。
だが、金品は奪われるし、妙齢の女性や女の子にとってはそれより辛い事態が待っているかもしれない。
あ、私も含めてね。
お前はお呼びじゃないと言われたら、助かるけど釈然とはしない。
それはともかく、ここは逃げるために頑張らないとね。
「ここは通行止めだ! 全員馬車から降りろ!」
ハイヤール老人が狼狽え、イリーナが身を縮ませる。フランも不安そうだが、さっそく兜を被っていた。
「弓矢が狙ってるぞ。火をかけられたくなかったらさっさと降りてこい!」
そうはいうが、おそらくそれはすまい。
彼らは金品を奪うのが目的。火をかけては台無しになるし、やり過ぎると領軍や冒険者などに討伐がかかることもある。
何事も加減が大事で、長く続けるにはやりすぎはよくないのだ。
「は、早く降りないと、火つけられちゃうよ?」
素直なイリーナは相手の言うことを鵜呑みにしてる。
「馬鹿、そんなこと奴らはせんわ、出たら最後だ」
老人の方はよく知っている。
表に出たら、捕まる。
そして、その人間を人質に全員に投降を迫る。
家族が捕まれば、徹底抗戦を主張する人間がいたとしても、そいつにナイフを向ける事もある。
『私の大事な人の命がかかってるんだ、妙な真似するな』と。
だから、こういう時はぶれないのが肝要だ。
相手はこちらを揺さぶって弱味を握り、その全てを奪おうとするのだ。だから、基本的には私は戦う姿勢を選ぶ。
私は私のものだ。誰にも自由にはさせたくない。
たとえ父様やまだ見ぬ相手でも。
たとえ王様とかでも、私の大事な想いは自由にはさせない。
「まずは防御か」
(対射撃防御)を範囲拡大でかける。本来は自身から三メートル位までが範囲だが、これだと馬には入らない。馬を射られたら動けなくなるから、三回分の魔力を入れて馬まで入るようにする。
ローブのフードを被って、御者席に繋がる小窓から私はそのまま出る。
「お嬢様っ、いけません!」
フランが止めるが、ここは私がやらなきゃね。それにこの窓を抜けられるのは私だけだ。
「やりなさるかね?」
ロッツェン氏が聞いてくる。
「すいません。たぶん降伏すると、不幸になる人が多そうなんで。ロッツェンさんはなにもしなければ助かるのですが……」
御者に手をかける野盗もあまりいない。さっきの理由と同じでやり過ぎて討伐される可能性が高くなるからだ。
ロッツェン氏はにこりと笑い、こう言ってくれた。
「昨日死んでたかもしれないんだ。恩人を見捨てて御者を続けても、心穏やかではいられないでしょうね」
一角狼の襲撃がなかったら、どうだったろうか? その仮定を推敲する時間はない。
出てきたのがローブ姿の人間だと分かると、彼らは手をふって合図をした。
「やれっ」
左手からの殺気が強まると、そちらから矢が放たれる。全部で三つ、おそらく小弓、火矢ではない。
目標は私。
迫る矢が私に刺さろうとした時、それらは軌道を変えて外れていく。
風魔術初級の(対射撃防御)は、その力を発揮している。風だから発動していても分かりづらいのが、この術の良いところだ。
そして私はその間に呪文を唱え始めている。おそらく今の私の使える中で一番の攻撃力を誇る魔術を発動させるために。
右手に持つ短杖と左手との間に小さく揺らめく赤い炎。
唱える毎にそれはゆらゆらと大きくなり、その内に私の両手の幅を越える大きさまで膨らみ続けた。
「な、なんだ。ありゃあ?」
「馬鹿、攻撃魔術だよ」
「えっ、だってあんなの見たことないぜ?」
野盗たちが驚いているが、それは私も同じだ。
倒木を吹き飛ばすために五倍くらいの魔力を突っ込んだのだが、撃ち出す前にこんな大きさにまでなるとは予想できなかった。
さて、準備はできた。
さすがに死ぬことは無いよね? 野盗なんだから、この程度の術で死ぬはず無いよね。
でも、いちおう言ってはおこうかな?
「死にたくなければ、逃げろ!」
最後通蝶をしてから、その火炎の球を放り出す。
火系統の初級魔術中、最高の破壊力を持つ魔術(爆裂火球)。
わたしはそれを初めて使った。




