1-27 れきしとよんしゃめんだん
わたしとフランは前の個室に移り、イリーナとハイヤール老人との同席にしてもらった。料金は払ってあるから席は自由だとの事だが、たぶん、融通してくれたのだろう。
ありがたい話だ。
あれから、朝食のため部外者たるご夫婦や御者に聞かせられる話でもない。そんなわけで一旦話は中断しておいたのだ。
簡単な朝餉を終わらせてから夜営を撤去して出発することになる。日が出てる間が行軍時間だとすると、秋も深まったこの時期は夏に比べて短くなっている。
悠長な事はしてられないよね。
天候は快晴、雨の心配は全く無さそうで風も変わったらしく、南風が少し吹いてくる。気温も少し上がるかな? でも、夏ほどにはなるまい。
この辺の気候は、普通に四季というものがある。ダインベール、ベルゲルメール、アクアリア森林連合、インペツゥース皇国、この四国のベルト地帯は温暖な傾向が強い。
また特色はあれど穀物もかなり採れるので食糧を目的とした戦争などはこの四か国の中ではここしばらく起きてない。
北方三国や南方諸国との諍いは、ままあったりするが国家間の争いにはなってない。
位置関係で言えば、大陸の西側にあるのがダインベール、東側がインペツゥース皇国、やや南西に位置するのがベルゲルメールで、その北にアクアリア森林連合の領地になっている。
アクアリア森林連合の東よりの辺りから山脈が伸びていて、インペツゥース皇国の北側はほぼ山岳地帯となっている。この山岳地帯にはドワーフの国があったのだが、ドワーフの氏族同士が分裂してそれぞれアクアリアとインペツゥースに属している。
アクアリア森林連合の前身の国は、グルルカン首長国、つまり宗教国家だった。グルルカンの国教はアソーギ神であったが、時の首長であるザーダイア=グルルカンはその教義を歪めてドワーフの国とエルフの国を攻め滅ぼそうとしたのだ。
これに反発したダインベール、ベルゲルメール、インペツゥースは秘密裏にエルフとドワーフを援助し、経済的な圧力も含めてグルルカンに圧力をかけて、エルフドワーフ連合軍にグルルカン首長国王は討伐される。
その後、エルフとドワーフは人族との協議により運営する国家に乗り出すが、その際にドワーフの一派が離反、インペツゥースに併合するという事態が起こる。
元々ドワーフとエルフはそんなに仲が良いわけでもない。また、国としての体を成すほど人口の多くない。いずれ人族の国に帰順するなら、エルフのいない方がいい、という連中がインペツゥースへと流れたのである。
アクアリア森林連合の人口比はヒト四、エルフ三、ドワーフ三になっているが、これは離反したドワーフがいなかったらドワーフの国になっていた可能性もある。しかしながら、そのドワーフたちが戻ることはおそらくないだろうと言われている。
インペツゥース皇国はそのドワーフ達をかなり厚遇して迎えたそうで、彼らには採掘権が与えられて産出される鉄や銅は皇国の資金源にもなっている。
皇国ではドワーフも貴族として重用されていて、アクアリアのドワーフからは侮蔑の目を向けられているそうだ。
盛大に話がそれてしまった。
今は世界情勢や過去の話がメインではない。
私は兜を外したフランと並んでいる。ハイヤール老がハンカチで汗を拭うが、そんなに暑いわけではない。
「いやはや、申し訳ない。とんだお転婆娘でして……」
彼は孫娘がそんなことを言い出した事に、ただただ恐縮していた。まあ、分からないでもないがそこまで脂汗を流すほどではないと思うけど。
「あの、もしかして体調が悪いのですか?」
思わず聞いてみると、全力で否定してきた。
「滅相もない。ただその、驚いてしまいまして……」
たぶんそうなんだろう。
その孫も気にしてないようだし。
むしろニコニコしてるし。
「ね、どう? 私なら役に立てるわよ!」
イリーナはお爺さんの事はどうでもよさそうだな。自分の人生だから、そこは責めないけど。
「これ、よさないか、イリーナ」
止めようとするハイヤール老だが、イリーナには届きそうにない。
「お祖父ちゃんは黙ってて。これは私の事なのよ?」
うん、その通り。
だけど、一言言わせてもらう。
「イリーナ、私達は貴女と会ってから一日しかたってないよね。あまりにもお互いを知らなすぎると思うけど」
とりあえず、正論を言ってみた。
「そんなの、これから知っていけばいいじゃない? 長い旅になるんでしょ? 時間ならたっぷりあるわ!」
……まあ、そういう考え方は嫌いじゃないけどね。
「お前みたいな半人前が、この方たちの手助けなんかできるものか。足を引っ張るのが関の山じゃ!」
私達だって半人前だから、それはないんじゃないかな、とも思う。
「半人前なんかじゃないわ、ちゃんと練習だってしてるし、神術だって使えるんだもの!」
へー、キョウガイシ神官の資格はちゃんとあるのか。
「そんなもの、冒険の旅に出たら役にはたたんぞ。旅なんてものは逞しい連中がやるものだ。お前みたいな子供が出来るわけないだろう?」
うん、その意見には賛同できない。何故なら私達も子供だからだ。あ、フランは成人してるけどね。
「そんなの、彼女たちだって同じよ? ジュンなんか私よりも子供じゃない!」
否定しない。
けど、胸を見て言うのはやめて!
「だからお前は浅はかなんだ! この方が見た目通りの年齢の訳がなかろう!」
うん、?
あれこのお爺さん、ひょっとして……。にわかに緊張が走る。
「あんなに魔術をバカスカ撃てる子供なんかおらんわ!高名な魔術師様が転生の秘術でも使われたか、若返りの秘薬でも使ったのじゃろう!」
「ええっ!?」
あー……そういう。まあそう考えても仕方ないかもしれないけど。
けど……
なんか怒りがこみ上げてきました。
フランが危険を察知したけど、近すぎて何も出来ずにあわあわしてる。
かわいいなぁ。
でも! この怒りは、そんな程度では癒されない!
「わたしは、十歳だーっ!!」
ぶわっと広がる魔力が風圧のように周りに吹き出し、馬車を大きく揺らす。馬が怯えて、馬車が止まった。フランも前の二人も硬直していた。
……まさか呪文の詠唱もなく、魔力が暴走するとは私も思わなかった。
「……こほん」
わざとらしく咳をする。我ながらかわいく言えた気がするが、そんなことはどうでも良い。
「私は当年とって十歳の子供です。大魔術師とかではありません」
こくこく。
全員頷く。
フランまでしなくてもいいんだが。
「それを踏まえた上でハイヤールさん。私に考えがあるのですが」
人差し指をちっちっ、と振って囁くわたし。
果たして、彼にはどう映ったか。
それは彼にしか分からない。
転生の魔術というものがあります。
異世界に転生するわけではなく、何処かに生まれた赤子に魂を移す術です。
当然のように使える者はほとんどいない、秘術に属します。しかも、生まれを選べないし、記憶が戻るのもその時と場合によって変わります。
それでも、永遠の時を生きる手法の一つとして今も行うものは絶えません。
ちなみに。
この世界でも子供の生存率はそんなに高くありません。せっかく転生しても、その赤子の状態で死んでしまうことも多いのです。




