1-17 いろいろぶっしょくちゅう
いやはやと驚く事は多いモノだ。
自分の常識というか世間に対しての見聞や見識は、同年代の人間に比べれば高い水準にあると自負はあったはずだ。
だが実体験を伴ってないと底が浅いとしか言えない。
『セバスティアン』へと行った私達は、迎えた店員にドン引きされた。いや、私達、じゃないな。後ろの鎧武者にだろう。
今の私はいつもの私じゃない。髪も瞳の色も変えてあるから、どこかで見たことのある顔だと思ってもわたしだとは直結しない。後ろのは護衛の騎士だとすると、どこぞの貴族のお嬢さんが旅先で服を物色しに来たのだと思ったのだろう。
ほぼ、事実ですが、そこはさておき。
そんなわけで、まさにカモがやってきたとばかりに果敢に攻めてきた。ユーニスだと知っていたら間違いなく持ってこないひらひらしたスカートや可愛いアンサンブルとかを、あれもこれもと勧めてくる。後ろの鎧武者が「よくお似合いですわ」と言ってきて、驚く店員に笑いが出てしまう。
そのうち、その鎧武者まできせかえ人形にしてき始めたので、おかえしに装備を外させてこっちもやり返した。
常々、フランにはもっと派手な服装が似合うと思ってたので大胆なドレスとか着させてみた。
「あの、お嬢様。私にはこのような装いは不釣り合いでは……」
謙遜するフランに店員と一緒になって首を振る。
やはり、スペックが高い。
胸元をかなり大胆に魅せる真紅のドレスは、貴族の中に放り込んでも十分に目を引く。足元の夕暮れ色のハイヒールから覗く脚はすらりとして、若さゆえの輝きを存分に見せつけている。
きちんと化粧をしていれば、これから舞踏会に行く御令嬢にしか見えないだろう。
ちなみに、フランが顔を見せた段階で私は身バレしたよ。だって何度もここに一緒に来てるし。
髪と目に関しては、イメージチェンジと言っておいた。さすがにあれこれ言われるのもヤだし。
でも前の方がお似合いでしたよといわれたのは、素直に嬉しかったです♪
バレた以上は仕方ない。
ここは私もちょっとドレスなんか着てみるか。一念発起して白いフリルがいっぱいついたドレスを着てみる。
──あれ、なんでフランも店員も黙っちゃったわけ? くそう、こっちが恥ずかしいのを我慢して着てみたら!
「……とてもよくお似合いですわ、お嬢様」
アレ、なんでフラン泣いてんの?
「ええ、フランドールさんを大輪の薔薇とすれば、小さいながらも可憐なオリーブでしょうか。とてもよくお似合いです」
なんとベタ褒め!!
これはこれで、居た堪れない!!
うわー、恥ずかしいからコレ買っちゃおう! 当然、フランのもお買い上げだ!
あとは、普通に着られる服を数着ずつ買った。やはりこれも予備はいるからね。
そして、さらに肌着や靴下の類いはもう当然多く買っておかないといけない。年頃の女性であるフランなどは胸用の肌着まで買う必要があり、種類も値段も意外とする。
あ、わたしには必要ないとかそーいうのはいらないです。なんもなくても、必要な時とかあるんですよ、たまに。
でも、やっぱり子供用だからかフランの物よりは安いんだよね。うん、効率的と言おう。
そして、冒頭に戻るわけだが、まあ買ったこと買ったこと。値段もさることながら、重さがすごい。服だけの重さとは思えないが、たぶん三十キロくらいあると思う。
思わず、ウェイルン魔術工房に届けてって頼んじゃった。さすがに人の目の前で保管するのは不味いと思ったからだけど、やっぱり一度に買う量じゃなかった。
何事も経験しないと実感は湧かないもんだ。私だって服を買うだけでこんなになるとは思わなかったもの。
今更ながら、女の買い物ってこわいなぁー……
さて、師匠の店に一回戻ると、そこに従士が何人か来ていた。フランも装備は戻してあるし、私も色を変えてあるわけだから気づかれることはないはずだし、立ち去るまで待つか、ちょっとくらい。
二軒先には軒に大根を吊るした乾物屋がある。そこで食材でも物色しよう。
店の名前は覚えてないし、あまりここでは買い物はしてなかった。だいたい、貴族の子女が自分で食材を買い集めて調理するなんて普通はやらない。
けど、わたしはメイド長のミューリが教えてくれた庶民の味というのがすごく好きだったので、せがんで教えてもらっていたのである。
粟とか稗、小豆に大角豆、黒米、金時豆、クコ、ダーツ、燕麦、ライ麦、米等など。庶民だけでなく貴族や王族も口にするものもあるが、ここで扱っているのはその中でも品質は下から数えた方が早いものばかりだ。ライ麦や小麦は製粉したものもあるが、こちらは粉屋の方に行かないと買えない。
ちなみに黒パンというのはライ麦と小麦で作られたパンで、その配合は店や個人でかなり変わる。一般的に小麦が多いとよく膨らむし柔らかくなりやすい。逆にライ麦が多いと固く、噛みごたえのあるものになる。
私が好きな配合はミューリのお手製で、ライ麦全粒粉三割と小麦六割五分。燕麦麸を五分混ぜたものだ。確か酵母にヨーグルトを使っていたと思う。
適度に膨らみ、モチっとしてサクッとちぎれる。
うん、お腹減ってきたなぁ。
いくつか仕入れておいて、旅先で自作もいいよね。夜営で作るのは無理かもしれないけど、そこは挑戦してみよう。
見繕ってお会計すると、さっきの服その他の料金の百分の一以下になった。
……服、買いすぎだったかなと思っても、あとのまつり。
ようやく中から士官らしき男性が出てきて、兵士たちはその人の後を追って消えた。なにやら少しイラついていらっしゃる様子。
工房の方を様子見しているおっちゃんがここの乾物屋にいた。客を装ってるけど視線が向こうにいくことが多いのでバレバレだ。たぶん専門の方ではないだろう。
だけど違う毛色の人もいた。町の往来にくるジョウコウカン神殿の僧侶が一人。
風体も作法も正しいがいる場所がおかしい。彼らは町の住民の邪魔になるような場所で喜捨は求めない。必ず店先ではやらないのだが、店と店の間のほんの僅かな隙間に陣取っている。
まるでここでやらなきゃいけないという意思を感じる。
そんなわけで、ちょっとカマをかけに喜捨する事にした。
最初は銅貨を一枚、神様のありがたい詞を諳じてくれたあとに、その倍を入れるのがマナーである。最初に銀貨一枚なら銀貨二枚となるので最初に注意だ。
若干のぎこちなさがあったがいちおう詞は覚えているようだ。どこの密偵なのか気になったが、教えてくれるはずもないのでそのまま工房へ戻る事にした。
私たちが入ると、店番をしているチコさんとフレスコ導師が何か話し合っていた。こちらに気づくと、導師は奥へと招き入れた。チコさんは店番のままだ。たぶん警戒してくれている。
さて、何か変化があったかな?
衣服というのはとかく嵩張るものです。普段着、よそ行き、一張羅、肌着なども含めて何種類も揃えると、とても冒険なんて出来ません。
だから冒険者は、最低限の衣服しか持たないのが当たり前です。そういう意味では、あれもこれもと持っていこうとするユーニスは、冒険者失格ですね。(笑)




