1-12 つきびとのかくご
今回はフラン視点になります。
私は、浴室の前にいました。
いえ、うろうろしていた、が正しいですね。先日まで湯浴みの際は髪とお背中を洗うのは私の仕事だったのに。自分ですると言って放り出されたのです。
先日のユーニスお嬢様と、今日の彼女はまるで違うと今更ながらに思います。あの事件のせいで、幼く天使のようなお嬢様は急激に成長させられてしまった。
そんな感じです。
それまでも兆候はありました。
頭の回転が早くて、魔術の才も十の子供にしては有りすぎたほどです。身体は、まあ育っている最中だから、仕方ないですし、それも、お嬢様の輝きを増す要因の一つですから。
「フラン君、ちょっといいかね?」
フレスコ導師からお声がかかりました。ユーニス様には入ってくるなと言われてしまっているので、ここにいても仕方がないでしょう。
「分かりました」
後ろ髪を引かれますが、導師とも話さなければならない事があります。
私を私室に案内し席に座らせると、彼は自分も椅子に座りました。
「君から翻意させることは難しいかね?」
それは最初に勧めました、無理でしたが。最初、というとあの事件が起こったときを思い出します。
「私はあのとき、ミューリ様にお嬢様を起こして避難させるように言われました」
そう、火の手が上がっているのを気づいたのは私でした。
メイド長のミューリ様に報告して、メイド長は家令のサイラスに消火を頼むために別行動になりました。
そして、私は後ろから不意打ちを受け、倒れてしまったのです。あのとき、ユーニス様が駆けつけてくれなかったら、自分はここにはいなかったのです。
「お嬢様は私の恩人です。その方がたとえ一人でも行くといって、私の前から逃げたのです」
一度やらかしていたとは思わなかった導師は、彼女の決意が固い事を認めざるを得なかったようです。ため息を一つついて私に向かってこう言いました。
「では、行くしかないのか。あのお転婆を独りで放す方がよほど危険か……」
ふつう、駄々をこねる子供を、貴族は軟禁という方法で対処します。けど、魔術をある程度習熟してる人間を拘束するのはかなり難しいと思います。
短杖などの発動体を取り上げれば良いのかというと、実は無くてもある程度の確率で成功してしまうらしいのです。
だから物理的に話せない状態にするしかない。つまり、猿轡をして喋らなくするしかありません。そんな状態で逃げ出す気力を無くすまで拘束するということは、もう虐待でしかありません。
伯父のルグランジェロ伯爵がそこまでするかというと、おそらくはできないでしょう。それを許せるはずもありませんが。
「今の私の命は旦那様に戴いたものです。ですから、一命を賭して御守りします。それしか……言えません」
涙が零れる。
そんな自信は無い。
所詮は小娘だ。
冒険者に紛れて旅をしてお嬢様を守り生き残れるかなんて、ほとんど無理だ。
でも、お嬢様を独りで行かせる訳には絶対にいかない。それは私の生きてきた短いけど、充実した時間を投げ棄てるようなものだから。
悲壮な決意を胸に、まっすぐに導師の方を見る。彼は諦めたように首を振るとこう言いました。
「分かった。なら、君にこれを預けることにしよう」
ことり、と机の上に置いたそれはチョーカーでした。小さい緑の宝石が嵌められていて、本体は薄く翠ののった銀のように輝いてます。
「それは君の体力を上げてくれる魔術装具だ。また、ある程度の防御魔術も内包してる」
魔術装具をあずけると、仰ったのでしょうか? そんな高価なものをメイドのような者に。
「これは貸与だ。あげる訳じゃない。身命を賭して臨む君の命を少しでも守れるための」
これを使う者は主人のモノ、そう言うことですね。ならば喜んで使わせてもらいます。
「分かりました。必ずユーニスさまをお守りします」
「君も無事に戻るように。でないと、彼女の笑顔が曇るからね」
「苦しくはないか? 場所が場所だけに不快にならないようならいいが」
喉を締め付けることはありませんが、装飾品の類いを身に付けるという事に慣れているわけではないので戸惑ってしまいます。
「君は一般的な女性よりは多少魔力が多目だったな。生来の不器用さが災いして大した魔術は今も使えないようだが」
そう、実のところ水系統の魔術はいくつか授けてもらっていました。しかし、発動させる段になると(水質浄化)以外はまともに使えなかったのです。
わざわざ旦那様が私の分の魔術の料金もお支払になって下さったのに不甲斐ないです。呪文の詠唱は出来ているのに、何故か魔術は発動しないのです。
「おそらく君はイメージが出来てないだけだ。(水質浄化)が使えたのは、たぶん日頃の仕事できれいな水をよく見ていたからだ。だから、まず心のなかに自分の思う魔術の形を明確にできるようにしよう」
云わんとする所はわかります。でも、私にはお嬢様のように簡単に魔術を使いこなすほどのイメージなど、とてもできません。
「この、チョーカーの名前は【熱狂的な守護者】。君が思う人を護るための力を得られる。呪文の詠唱はいらない。ただ君が思えば、それを受け取り君の身体能力を向上させる」
ただ思えばよいといいますが……先ほどイメージできないと言われていたのに、きちんと出来るのでしょうか?
……何度も発動させようとしたけど、出来ません。何が悪いのか、さっぱり分かりません。意気消沈している私に導師は言いました。
「君はいま、何を考えていた?」
「魔術を発動させるとしか考えませんでした。それ以外はなにも考えてはいません」
ふむ、と頷くと導師は私に手を向けてきました。
「(理力縛帯)」




