1-11 じっけんのじかん
食事が終わると、片付けはフランに任せて師匠の仕事場にお邪魔した。
相変わらず薬品と薬草とカビた紙の匂いに満ちている。
私はまず、初級に属する魔術のほぼ全ての属性の魔術をもらった。調べてみると私は火・風・土・水・召喚・光・闇・次元・精神の九つと、必ず入る理術、この十の属性全てに対応出来ていたのだ。
ちなみに三日前は火、水、理術の三つが私の属性だった。属性に対応してなくて魔術は使える。だが、失敗する確率が高くなるため普通はおぼえないのである。特に中級や上級の魔術はリスクが大きくなる。
だから、最初は属性の術しか覚えないものなのである。
初級とはいえそれだけの量になると手間になるが、これはショートカットできないので一つずつ呪文を授かる。師が書いた符を体に貼り、儀式によって植え付ける。そうすると、呪文を通して魔術は起動するようになる。この行程だけでたぶん一刻ほどかかった。
ここまでやってから、私は光魔術の内の呪文(偏光)を唱える。この呪文は光の屈折率を変えて色を変える。本来は光量を抑えるもので強烈な閃光に対する魔術だ。だけど私はその色を変えるという特性を一部にのみ及ぶように変更した。
「ほう、髪の色を変えるとは……器用な使い方をするな」
師匠が僅かに頬を引きつらせながら呟いている。
青みを含んだ銀髪から、濃い茶色へと変えて、次は瞳の色を真紅から花紺青へと変える。
「どうですか、師匠?」
出来映えを聞いてみた。
わりとうまくいった気がするけど。
「ああ、うん。可愛いよ?」
ちょっ……そゆこと聞いてるんじゃないんですが!
まあ、嬉しいですけど(照れ)
「髪と瞳の色を変えるだけでかなり変わるな。後は髪型変えれば、まず他人に見える」
ただ、このままでは効果時間が切れると消えてしまう。そこで師匠の出番ですよ?
「師匠、この魔術に(固定化)をかけてください」
(固定化)は魔術を固定化する魔術で上級の理術に属する。固定化できる魔術は攻撃に属する魔術や逆に効果時間が永続的とかには使えない。
さらに強化や弱化なんかも固定化は出来ない。さらに一度かけると(魔術除去)でも解除は出来ない。実のところ(固定化)は使うことがあまりない魔術の内の一つなのである。
「お前、それかけたら自分で直せないぞ?」
そう、(魔術除去)は理術初級の魔術で、私は今のところそこまでしか使えない。師匠は当然ご存じで、私もそれは織り込み済みである。
「そこはほら、ちゃんと戻ってきたらいいんですよ?」
「……ああ、そうだな。そしたらちゃんと直すさ」
まあ、他の人に(魔術消去)をかけてもらう手もあるけど、少しでも安心してほしいしね。
何度も言うけど死ににいくつもりは無いから!
コンコンコン、とっくに片付けは終わってるはずのフランがドアをノックしてきた。
「お嬢様、湯浴みの用意ができましたがいかがでしょうか?」
中に入ってきながらそう言っていたフランがビシッと固まった。
「お、お嬢様?」
「あ、うん、なに?」
なに、なに? なんだか固まってたと思ったら、カタカタ震えてきた。
なんか目から涙をぼろぼろ溢してる。
「うわ~……お嬢様の綺麗なお髪が、美しかった瞳がぁ~」
え、えー? 泣くことでもあるまいに。
なんでこんなに感情豊かなの、この娘?
ひとしきり泣いたあと、元に戻せると分かるとようやく落ち着いたようだ。グスグスと鼻をならしてるフランを椅子に座らせて、ようやく師匠に頼もうかと思ってたら、(偏光)の効果が切れてしまっていた。たしか既定では三分くらいだったはずなので、当たり前か。
「今日はもう遅い、明日にしよう」
師匠に言われて気づくがもう夕の十刻(夜の十時前後)になっていた。いつもなら休んでいる時間だが、昼間寝ていたせいかまだ大丈夫そうだ。せっかくなのでお風呂を戴きましょう。
「だから、一人で出来るから! 入ってくるな!」
「ですか、お嬢様。髪とお背中は独りでは心許ないと思います。ぜひ私にお手伝いを……」
「うるさい、出てけ!」
家ならともかく、師匠の家の浴室はそんなに広くないんだから二人も入るのは無理なんだ。それに背中くらい一人で流せるし、髪だって……まあ、適当でいいか。
大人一人が体を伸ばすのには難しいが、そこはコンパクトなこの身体。
十分手足も伸ばせます。
貴族や大商人なんかは自宅に浴室を持つのはステータスだ。お湯を沸かすのも水を汲むのも贅沢で自分ではやらない人間たちだから奴隷にやらせてる。
そんな中で画期的か方法を考えた魔術師がいた。
先ほど師匠の話にチラっと出てきた大賢者ロートシルト。この人はそれまでにあった魔術装具の概念をぶち壊したのだ。
それまで、魔術装具と言えば戦いのための物であった。(小火弾)を封じた剣。(短雷矢)を撃ち込む指輪。(魔盾Ⅰ)を使える丸形の盾や(失明化)をかける鶏の彫刻のついた兜なんかもある。
そんな中にただ単に湯を沸かす薬缶とか、水をきれいにするだけの水筒とか、そんな物を作り始めたのだ。当然、魔術装具だから高いので購入するのは金のある者たちだけだが、それでも爆発的に売れた。
一日にコップ五~六杯くらい水が出てくる水筒とか、長旅の人間たちにはとても重宝した。
ただうまい話ばかりじゃなくて、こういった魔術装具は魔石が必要だった。持つ者の魔力で代行する物もあるが、たいていは魔石を中に入れて使う。
こうして、生活する上での簡素化を魔術が担うようになった。これはそれまで懐疑的だった魔術師たちの立場を一新させた。
怪しい魔術で人を害するのが仕事だと思われていた連中が実は便利な道具を作ってくれる人達だと認知されたのだ。
かくして、そういった技術や秘術の結晶がこのお風呂なわけである。
水も魔術装具で作り出せるが、先ほど言った水筒よりも規模が大きい。魔石を使うけど、ここは師匠の家だ。魔石の在庫はかなりあるので問題ないと思う。装置を起動させてしばらく待てばほかほかのお湯が出来上がる。
風呂桶は二つに分かれていて、やや小さい方はかけ湯に使う。足りない時は片方でも両方でも再加熱出来る。
講釈が長くなったので、過去の偉人様に感謝しつつお風呂を頂くとしますか。
ごくらく~♪
魔術装具、というものが頻繁に単語として出てきます。これはマジックアイテムで、自身の魔力を使ったり、魔物から取れる魔石を使って使用したりするものです。




