うごくしたいとのたたかい
動く死体。
不死者の中では動く骸骨の次辺りの底辺に位置する。地域によって、ゾンビ、とかウォーカー、とかとも呼ばれるが、基本は死んだ人間を動かしているに過ぎない。上位種の幽鬼のように自身の怨念で動く訳でもなく、活死体のように生きてる者のように考えない。下級吸血鬼のように勝手に数を増やしたりもしない。
では、動く死体は何なのかと言うと、操られている存在だ。召喚系中級に属する(死者創造)によって墓地から蘇ってきた存在である。動かしているのは召喚された死霊で彼ら自体は特に命令がなければ、生者の襲うこともない。つまり、この子を襲うように指示をした術者がいるという事だ。
「来たっ」
暗がりから出てきた動く死体は、かなり熟成の進んだモノが多い。野ざらしになってた者や埋葬された者もいたのだろう。見た目からして嫌悪感が半端ない。
「うぐっ」
フランが気分が悪くなったのか、口に手を当ててる。
「下がって、出せるなら出しときなさい!」
ノーリゥアちゃんは剣を振って先頭の動く死体に切りつける。足を切り倒れるが、しばらくすると動き始める。
「イリーナ!」
「明示せよ。我は賢しき方の僕にて、大地に根を張り生きる者也。我は望み訴える。万象の理に逆らい死せる御霊を汚す悪しき霊よ、智の輝きにて地へと還れ。(不死者よ還れ)」
胸元から出す聖なる印から弱い光が放たれる。その光に照らされた動く死体が二体が怖じ気づいたかのように動かなくなり、一体は倒れて動かなくなった。一体は反転して逃げていったが、倒れた一体ともう一体は、狂ったようにイリーナに向かって行った。
「うわ、狂戦士化した?」
私はテントをしまった後にそちらを向いて(小火弾)を放つ。当然のように[無詠唱]だ。白く棚引く火線が動く死体の胴に突き刺さり、激しく燃え上がる。倒れた動く死体は両手をバタつかせているが、上から振った剣で首を離され動かなくなった。
「そっちのは止まってるから、今の内にやりなさい、フランもイリーナも」
ノーリゥアちゃんは二人に仕留めさせようとしている。フランはともかく、イリーナはほとんど戦闘らしい戦闘はしてないのでいい手かもしれない。
「フランは、魔術が使えるようになってる筈だから試してみましょう」
フランはちょっと吐いて楽になったみたいだけど、まだ息が粗い。私はイリーナから女の子を預かると彼女の怪我の様子を確かめる。大きな怪我はないが打撲が少々、疲労が強い。まずは(体力平癒Ⅰ)をかけておく。
イリーナは呪文の詠唱に入る。お、(短雷矢)の呪文か。イリーナの魔術適性は光だっけ。ただ、この呪文はどちらかと言うと生きている人間に使う方が好ましい。何故なら雷系統の魔術は電撃によって相手を気絶させる効果がある。自分の意思を持たない動く死体は気絶しないのだ。それでもこれを使ったと言うことは、攻撃手段はこれしかないと言うことかもしれない。
『我は常しえの探究者である。あまねく諸々に隠れ出でたるもの来たれ、表れ放て小さき花よ、集めて光れ大きな花に。煌めく火花よ、彼のものを穿て!(短雷矢)!!』
イリーナの手から弾けるように飛び出す紫電が二体の動く死体に突き刺さる。バチバチと弾ける音と電光が周囲に広がる。オゾン臭と肉を焼く臭いが入り交じる。
『我は常しえの探究者である。万物に宿りし生命の源よ顕現せよ。我は汝に寄り添いし命あるもの、求めに応じ全てを流し押し潰せ!(水槍)!!』
フランの手元に水の球が集まっている。昔はこの前の段階でいつも消えてしまっていたが、ちゃんと集めて撃ち出せる形になっていた。球は二つあって、やはり二体を狙って奔流を作り出す。私が最初に撃ったときの威力と比べるとかなり弱いが、それでも胴体に直撃を受けた動く死体は勢いよく倒されて動かなくなった。
「ふむ。補正もほほ同程度だし。こんなものね」
一般的にはたしかにそうだろう。動く死体は体力こそ多いものの防御に関してはほぼない。駆け出しの魔術でも二発当たれば倒せるだろう。
「こ、これで倒したのでしょうか?」
フランは私と似たような短杖を持っている。あの焼失事件の時に燃えてしまい、私と一緒に新しく作って貰っていたのだ。あれから初めての魔術なのに、スムーズに使えてよかった。
「ちゃんと出来たね、(水槍)」
「はい、苦労していたのが嘘のようです」
綻ぶ笑顔がまぶしいよ、フラン。だがノーリゥアちゃんが私に聴いてくるので眺めてもいられない。
「ジュン、敵との距離は」
「およそ三十、移動速度からして接敵は一分後」
「なら、撤退!その子はフランが抱えて!装備はジュンへ」
フランに女の子を渡すと彼女はひょいっと抱き上げる。代わりに私は盾と戦槌を受け取り、【保管】へとしまう。ノーリゥアちゃんは何か呪文を唱えている。
「(後ろ押す風)」
ノーリゥアちゃんの唱えた術が私達にもかけられたようだ。身体補助系かな?背中の辺りから風のようなのが動いてる気がするけど。
「走るわよ、強化してるから飛ばしすぎないようにね!」
そう言うと彼女は街道へ向けて走り出す。ものすごい速さで。
「うえ、待って…」
と言ったイリーナは、一歩を踏み出すと背中から何かで押されるように大きく一歩を踏む。いつもより倍くらいの幅だ。
「なるほど、そういう呪文か」
私も歩いてみるとやはり風が後押しして二倍くらいの歩幅になる。
「だいたい倍の速さになるみたい、急に曲がるとかコツが要りそう!」
フランにそういって先に行かせる。イリーナはもう体重移動を覚えたのか、楽に走っている。
私はと言うと、最後方から動く死体を警戒しつつ手加減して走る。街道へ出るとノーリゥアちゃんがいた。
どっちに行くの?と聞こうとしたが、既に決めているみたいだ。
「先へ行きましょう。あと一刻半位でセベルアの村に着くはず」
セベルアの村。地図で確認していたから分かるけど、アークラウス男爵領の端にある村で、この先はグランテリッツ男爵領となる。グランテリッツ男爵はルグランジェロ伯爵の配下であり、私からするとお隣さんだ。セベルアの村は人口およそ五百人程度のちょっと大きい村だ。この規模だと従士も常駐してるし、冒険者ギルドの出張所みたいな物もあるそうだ。
「そこまで行けば、動く死体も迂闊には来ないでしょ」
ノーリゥアちゃんの意見は正しいとは思う。操る術者も人の多い所には来ないだろう。少なくとも動く死体を連れては入らない筈だ。
私達は軽く跳び跳ねるような走り方でしばらく進んだ。一時間くらいで呪文は効果を失ったけど、そこからは普通に歩いて行くことになった。暗い夜道はまずいからイリーナに(光の間)を使ってもらった。
「寝ちゃってますね」
フランは年の頃七歳くらいの女の子を抱っこしてても特に辛そうな様子はない。実はかなりの体力バカなんじゃないかなと思ってたりするけど、怒られそうだから言うのは止めよう。黒い髪に瞳は青という、この辺りではあまり見かけない人種だ。
「ベルゲルメールとかタイデルの辺りに居そうな娘ね」
ノーリゥアちゃんの言う通り、南方の血が入っているように見える。けど、ダインベール公用語を話してた所を見るとこの辺に移住してきた難民の末裔かもしれない。
「ともかく、話はセベルアについてからよね」
くああ。イリーナが欠伸をしている。私だって眠いよ、仮眠してないんだからね。まあ、村に着いたら眠らせて貰おう。宿がなくても夜営をすればいいや。
眠気をなんとか振りきりつつ、私達はセベルアの村へと入る。もう少しで朝陽が顔を出す時刻だろうか。鳥達は朝が近いので少しずつ鳴き声をあげ始めていた。




