せべるあのむらにて
セベルアの村はアークラウスの北側の森林地帯の近くにある大きめの村だ。村の南側には街道沿いに広い穀倉地帯があり、セベルアと他二つの村がこの辺りの農地を有している。残り二つの村は同程度に近い大きさだけど、セベルアは街道にあることによってより多くの利潤を得ている。また隣の男爵領との境にもなるため、従士が一小隊駐留している事も大きい。丈夫な木の柵が立てられていて、多少の荒事には対処できるとは思える。まあ、軍とかの進軍には耐えようもない設備だけど。村の東側から先へ一キロほど行くとライムラット河に着く。対岸にはルグランジェロ伯爵配下の子爵領があるが、ここには橋はかかっていないため交流は船によって行われている。
そんな村の外れの辺りに私達はテントを張っていた。昨日、撤収したときにそのまま【保管】に放り込んでしまったので、ステークを再度打ち込んで固定するだけで使えたので設営自体は楽だった。早朝の到着だったし宿に泊まるのも気が引けたので、空き地を都合してもらって夜営したのだ。こういう事はままあるらしく、宿がない村とかもあるのでそういうときは村の中や外れに夜営することも普通なんだそうだ。
私はイリーナに簡単な手ほどきをしながら朝食の準備をしている。今日は麦と米を半々くらいにしたお粥にする予定だ。添え付けはウェズデクラウスの市場で買っておいた瓶入りの塩漬けキャベツとこちらも瓶入りの油漬け小魚。試食させてもらったけどとても後をひく味だったので一ダースで買ったものだ。お粥はあっさりとした塩とハーブで香り付けしただけ。細かく刻んだ太葱の香りがほのかに漂う。
ノーリゥアちゃんは焚き火の近くで麦茶を飲んでる。フランはあの子の側にいるようで、まだテントから出てきていない。
「あの子の話、聞いてみようと思う」
ノーリゥアちゃんは少しため息をついた。
「深入りすると面倒な事になるわよ」
こっちも急ぐ旅な訳だし、たしかにその通りかもしれない。けど、ここで放り出してしまうと孤児院に預けられるだろう。
ここの代官や村長が悪いことを憚りなくやる者だった場合、奴隷として売られたりしてしまうかもしれない。
見た目だけで言えば、あの子は十人並み以上の顔立ちをしていた。かなり高値で売買されてしまうかもしれない。そんな未来も予測できたのか、ノーリゥアちゃんもイラつきながら渋々承諾してくれた。
「分かったわよ。話を聞いて、行程に支障が少なければ何とかする。そうでなければここでさよなら。了解?」
「りょーかーい」
私の返事に不満が見えたのかムッとした顔をするノーリゥアちゃん。けど、関わった以上なるべく助けになりたいと思うのはダメなのかと言いたいのだ。
フランがテントから出てきて、彼女が起きたことを告げた。
「お嬢様、申し訳ありませんがお水を頂けませんか?」
「うん、ちょっと待ってね」
私は昨日出した飲用の水を汲んでその木のコップをフランに渡す。【保管】というのは本当に便利だ。蓋をしなくても溢れる事はないし、虫や枯れ葉が落ちたりもしない。そのまま放り込んで問題が全く無いから、もうこの状態で使い続けてもいいんじゃないかと思う。もっとも、人目につくところでは出せないのが最大の弱点でもあるけど。
私も中に入ると、フランからコップを受け取った彼女はゆっくりと水を飲んでいるところだった。黒い髪は肩口くらいの長さで二つお下げに紐で結んでいる。紐かと思ったが、よく見るとリボンだ。瞳は今の私と同じ花紺青で、若干黄色が混じる程度の肌色からも南方の血が濃いように見える。年は七つか八つかな?着ている服は村の子供が着るような麻の上着と綿のチュニック、スカートは膝下まであり村の子供にしては長い。だいたいこの年の子供は成長が早いので大きめの服を着ているのだろう。仕立て自体は良いものだが、土汚れや赤黒い染みであちこち汚れている。顔や手は寝ている間にフランが丁寧に拭いていたので汚れは落ちている。ただ、拭いているフランの熱の篭りようは少し怖かった。真剣すぎて。
「…ありがとうございました」
ぺこり。水を飲みおわると彼女はきちんとお礼を言ってきた。やはりダインベール公用語だった。商用共通語を話せる子供は少なくても、この国の人間なら喋ることは出来る筈だ。たぶん、この子は一般の村の子供よりは高い知性を持ち、高い教育を受けてる気がする。
とりあえず、事情を聞くことにした私。
「お名前は言える?私はジュン。こっちはフラン」
まずは名前を聞くのは当たり前だ。自己紹介をしつつ聞いてみると彼女はゆっくり答える。
「…ティアリア」
か細いけど綺麗な声で答えてくれた。
「ティアリア=オランジェワルト」
え。彼女の答えた姓はオランジェワルト。ヴァルトシュタイン伯爵の配下の貴族で地位は子爵。つまり彼女は子爵令嬢ということ?
「…でも、いまはティアリア= ローヴァシュアン」
「「ん?」」
私とフランは同時に首を傾げる。名前はティアリアで家の名前が二つ?どちらかから養子縁組されたのかな?ローヴァシュアンって名前は聞かないけど、男爵以上ならだいたい覚えていると思ったし。士爵か名誉士爵なのかな?
「えっと、どういうこと?」
私が聞くと彼女は事も無げに答える。
「オランジェワルトの家からローヴァシュアン家に預けられたのです。だから今の私はティアリア=ローヴァシュアンです」
ということは養子縁組でいいのか。こういう事は全く無いわけではない。特に女の子の場合は高い家格の家に養子縁組で入る事は多い。政略結婚の駒に使いやすいからだ。
「私はよく知らないんだけど、ローヴァシュアン家というのは何処の国の方でしょう?」
私は他国の貴族かと思ったのだが、彼女の答えは否だった。
「父はアグリアス=ローヴァシュアン。ダインベール、アークラウス男爵家に仕える名誉士爵です」
えええ。子爵家のお嬢さんを名誉士爵家が養子縁組で娘にする意味って。なんだろう。
「ちなみにアグリアス閣下のお年は…」
「今年で六十だと言っていました。ヴァシュアの村の代官をして二十年だそうです」
うん。六十だとここから陞爵は無いな。つまり家は一代限りで終わる。誰かに嫁に出すにしても、そこまで生きてるかもあやしい年齢だからそれも無理筋な気がする。彼女の家の話も気になるが、どうして彼女があんなところにいたのかの方が大事だ。
「それで、あなたはどうしてあんなところにいたの?」
「私は…」
そこで、彼女は震えはじめた。
「お嬢様、もう少し様子をみてからの方が宜しいかと思いますが」
フランがそう提案してきた。たしかに、あんな事があった後にあれこれ聞かれるのは厳しいかもしらない。
「分かった。お腹は減ってない?お粥だけど、食べられるかな?」
そういって表に出て、お鍋から使ってないお椀に出来立てのお粥をよそっていく。
「熱いから、気をつけてね」
彼女はお椀を受け取ると、私とフランを交互に見て頷いてみせると匙ですくい、ふーふーと息を吹きかけて食べ始めてくれた。あんまりがっついて食べないのは育ちの良さなのか、それとも猫舌なのか。
「お二人さんもどーぞ」
イリーナがテントの中を覗いてお椀を渡してきた。ありがとう、とお礼を言って私も食べる。
ふむ、太葱はやはり煮物に合う。薬味みたいに使ったけど、これならスープやシチューにも合いそうだ。肉と炒めてもいいかもしれない。この辺では太葱は秋から冬に採れる。逆に春から夏は分葱がよく採れるそうだ。ちなみに分葱は全体的に小ぶりで小さな球根で育つので違う種類の植物だ。
私は表で食べるためテントから出ていく。フランに任せておいた方がいいかもしれないと思ったからだ。それに、せっかく出した添え物を食べないのは勿体ないし。イリーナとノーリゥアちゃんは遠慮なくぱくついていたので、私もフォークを持って突撃、数の少なくなった油漬けの小魚を二匹捕まえた。
「んで。どーだったの?」
キャベツの塩漬けをもりもり食べてるノーリゥアちゃんは私に聞いてくる。今のところ分かっている範囲で教えるとふーむと考えている。
「アグリアスって人は聞いた事あるよ」
突如、イリーナがそんな事を言い出した。私も知らない名誉士爵の事を何故?と思ったが、ハイヤール老の昔の仲間にそんな名前の人がいたらしい。
「魔力撃の上手い騎士だったって話で、よく助けられたって。でもやっぱりあの時の『魔王』のせいでかなりレベルを吸われちゃって。それから後に先代の男爵様に仕えるようになったって聞いたんだ」
なるほど、古強者って人か。レベルが大きく下がったせいでそれからの栄達は難しくなったんだろうけど、それでも名誉士爵になったわけだから無能なわけは無いよね。
「ヴァシュアの村なら間違いなくあの向こうにあった村の筈よ」
ノーリゥアちゃんの地図によると、ザックレーエズ街道にあるセベルアの村から西へ別れる道を進むと大きく迂回する道になっていて、その先にヴァシュアの村があるんだそうだ。迂回するのはそこに若干高い崖があるせいで、そこには噂によると何もないらしい。何かあれば突撃していくのは冒険者の性だけど、ただ崖を登っても何もなければただの難所だ。それでも見かけない薬草を探しに登る者はたまにいるそうで、そこまで危険なモンスター等も出ていないという話だ。
「ヴァシュアの村からは何ヵ所かつながる道があるけど」
その内の北へ向かう道はグランテリッツ男爵領に向かう道であり、南西に行けばラゼラトの村につき、南東へ向かう道はしばらくいくとザックレーエズ街道に戻るそうだ。
「ただ、その崖のある丘をあんな子供が登って降りてをして森を突っ切って逃げるものかしら?何に追われていたとしても、村で襲われたならどっちかの道を進むのが普通じゃない?」
その通りだと思う。比較的安全とはいえ、魔物もいればゴブリンだっているのが森だ。何かから逃げるにしても、一直線に進むのは常軌を逸している。だとすると。
「拐われて森の中に連れ込まれていた。そして、隙を見て逃げ出した。崖を降りるのは無理だろうから、丘の下辺りで方向も分からずに逃げ出して私達に見つかった…こんなとこ?」
イリーナがだいたいまとめてくれた。詳しくは彼女の話を聞かないと分からないけど、追っているのは動く死体を作り出す魔術師なのは間違いない。その某は、彼女を追ってここに来る可能性もある。でも、動く死体を連れて来ることは恐らく無いだろう。私達以外の新しく村に出入りする人間が対象になるわけだけど…正直そんなの分からない。この村は比較的大きい村だし、今だって作物を収穫したり狩った鹿を担ぐ猟師や龜いっぱいに魚を運ぶ漁師もいる。
「悪いが、ちょっといいかい?お嬢ちゃん達よお」
そして、こんな風に声をかけてくる荒くれ者達もいたりするのだ。
彼は顔に幾つも傷をもった控えめに言って山賊のような風情だ。
頑強そうな体躯の男で、かなり大きめの柄の長い長剣を腰に下げ、鎖帷子と胸当てを着こんだ戦士だ。
「何よ?なんか用?」
ノーリゥアちゃんは口に油漬けの小魚をくわえたまま睨み返す。イリーナはかなり怯えているが、私はキョトンとして見ていた。少なくとも、魔術師ではない。そう分かったからだ。
「いや、なに。事情を二、三聞こうと思ってな。悪いようにゃしねえよ。ちっと面かしてくんないかね?」
そういう山賊男の胸にはアークラウス男爵領の紋章も刻まれていた。




