焦り
「自分の好きなことを恥ずかしがって好きと言えない、なんて、自分に失礼だと思わない?」
シャロンの口癖だ。
自分のことをあまり口に出せなかった俺が、人前で堂々と意見を言えるようになったのは、間違いなく彼女と出会ったからだ。
シャロンと初めて会ったのは、今から7年前だ。
同種族の会合で、俺の隣に座ってた。
出会った最初は、嫌な女だと思った。
別に何かされた訳じゃない。
声が高くて、よく喋り、よく笑う、思ったことは考えずに何でも直ぐに口に出す。
煩くて、鬱陶しくて、無駄にキラキラしてるそいつが、ただ単に苦手だった。
本心っていうものは、人にペラペラ話すものじゃない。
そんなことを平気でするそいつを見て、恥ずかしい女だと思った。
何にも一人では決められない弱い奴。
俺とは違う。そう思った。
会議は二月に一度行われた。
その度にシャロンは俺の隣に座った。
席なんか決まってないのに、いつも決まって俺の隣に座ってた。
そしてまた、好き勝手自分の考えを言って輪を乱した。
レイン、あなたはどう思ってるの?
思っていることを口に出さなきゃ何も伝わらないわ。
どれだけ強い思いがあっても言葉にしなきゃ何も伝わらない。
そんなことをしつこくしつこく言ってきた。
あまりにしつこく繰り返すもんだから、ある時、俺ははっきり言ってやった。
「俺はお前が嫌いだ。好き勝手喋って、好き勝手泣いて、好き勝手笑うなんてことはガキのやることだ。」
これでこいつも俺の近くから居なくなって、やっと少し静かになるな。
なんて思って、そいつを見たら、目を真ん丸にした後に、ぷっと噴き出すように笑った。
「そんなこと思ってたの?」
「もっと早く言ってよ!でもね!私はそれをやめないよ。」
「だって好き勝手喋って、好き勝手泣いて、好き勝手笑うのが、私なの!その結果、間違ってたら謝るし、失敗したら次はもっとうまくやろうって思うわ。私は、自分を口に出して、自分をもっともっと周りに知ってもらって、そして周りをもっと知って、人とわかり合いたいの。」
「今日、あなたは、私のことを嫌いと言ってくれたわ。」
「明日はどう?明後日はどう?一か月後、一年後はどう?昨日までみたいにあなたが、私に何も言わない、そんな無関心よりずっといいわ!」
「きっと、今日を機に、無関心から嫌いに、嫌いから好きに変わっていくの!それって素敵なことだと思わない?」
なんて、好き勝手にしゃべる女だと改めて思うと同時に、その時、そいつのことを、少し羨ましいななんて思ったことを覚えている。
シャロン。
あいつの魂が、無事に天国へ帰ってほしい。
そんな風に思う日が来るとは、とても考えられなかったな。
だからこそ、早く。
今は、それしか考えられない。
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何をちんたらやってやがる。
俺は観光に来たんじゃない。虹の橋だか何だか知らねえが、さっさと先に進みやがれ。
豹の獣人であるレインは苛立ちを隠せずに爪を噛んだ。
気持ちが焦る。
亡き妻であるシャロンの魂が脅かされているかと思うと、バスを降りる気にもなれなかった。
一刻も早く、先に進みたい。
この先もこうやって一々観光名所を回られたんじゃ、気が狂っちまいそうだ。
ぐっと握りしめた拳からポタリと血が零れ落ちた。
「随分と苛立っているな?」
「死後の世界はつまらんか?」
口を開いたのは、バスガイドの天使の近くに居た身体に無数の傷を持つ剣士だ。
身に付けている無数の剣のうち一本を丹念に手入れをしながら、唯一バスに残った俺に話しかけてきた。
手に持った剣は、見たこともないほどに、随分と長く薄い剣だ。
「つまるつまらないの問題じゃない。」
「ただ、苛立ちもする。このバスはいつ天国に着くんだ?あんた達案内人は、さっさと俺を連れていけ。」
「ふっ、せっかちな奴だな。時期に着く。死んだ後くらい大人しくしたらどうだ?」
男の口の端の方が少し吊り上がったのを見て、それが少し癇に障った。
「余計なお世話だ。」
「そうか。ただ、現世に未練があるなら、ここは覚えておいた方がいい。死者が現世に戻る方法があるとしたら、ここの虹の橋を渡る以外にない。」
死者が現世に戻る方法?
どういうことだ。ここの橋を渡れば死者も甦れるってことか?
いや、甦るとはいってない。
死んだまま亡霊として現世に存在できるってことか?
「その話、詳しく聞かせろ。」
「お前も現世に未練がある口か。」
男は、先ほど手入れしていた剣を腰に差し、一息ついてこちらを見た。
俺は人の目を見ると、何となくそいつの性格的なものが読み取れる。
強く、優しさの無い目だ。
弱者を簡単に切り捨てて、前しか見ていない。そんなやつが、よくこんな目をする。
あまり好きにはなれないなと思った。
「この虹の橋は、本来、常に存在しているものではない。」
「元々は、神ミスティアが身に付けており、天使を下界に使いに出す時だけ、このようにかけ橋として、存在させたのさ。」
「そんな話は、どうでもいい。この橋を渡れば生き返れるのか?」
「死んだやつがどうなるか知っているか?」
「死んだ奴は、まず肉体を奪われる。体を与えられるやつもごく稀に存在するが、普通は魂だけのか弱い存在になる。魂のまま現世に戻っても、肉体がなきゃ生きられない。せいぜい他の肉体に取り付いて嫌がらせするのがやっとさ。」
「そうか。」
シャロンの肉体は焼いちまった。
それに俺は生き返らせるのが目的じゃない。
無事に成仏できているか確かめに来ただけだ。
「ふっ、まぁ、肉体がなくても手がないわけではないがな…。」
ちっ、薄ら笑いが、一々癇に障る野郎だ。気に入らねえ。
「俺が、死ぬ前に、死者の木に葉がつかなくなったんだが、何か知らないか?」
「葉が付かない…か。」
「1ヶ月前くらいの話だな。」
「知っているのか!?」
「魂食いが現れたのさ。」
「本来地獄行きの道にしか現れないのに、急にここら辺に現れるようになりやがった。まあ、おれはそれを倒す用心棒みたいなもんだ。」
なるほど、案内人なんて生易しいもんじゃなかったわけだ。
まぁ、そうだろうよ。
こいつは、俺が今まで出会ってきた奴の中で、断トツで強そうだ。
「じりりりりり!!!!!!!!!」
けたたましくバスの中を警報が鳴り響いた。
「うるっせえな!なんだ?」
「…。」
「魂食いがでやがった。」
「おい!外の奴らに伝えてこい!逃げるぞ、みんなバスに乗り込め!」
みんながバスに乗ったとき、確かに凄い勢いで何かが近づいて来た。
バスは、猛スピードで進み、一先ずそいつらを巻き、その後は、天国の入り口までノンストップで進んだ。
「ここが、天国の入口?」
案内された先は異様な光景だった。
暗く長く延びた道の先に、大きな釜があり、中にある水がグツグツと音をたてて煮えている。
話を聞くと、どうやら今から俺たちはこの中に飛び込み、肉体を捨て魂のみの存在になるのだという。
冗談じゃない。
俺たちはまだ死んじゃいない。
こんなとこに飛び込んで天国につれてかれるのはごめんだ。
一人、二人と、足を進め、釜のなかに入っていく、しかしそれは、とても痛そうで、苦しそうで、見ていられない光景だった。
「早く行け!」
また一人、溶岩のような窯の中に叩き落された人が悲鳴を上げる。
おかしい。
こんな感じなのか?
天国ってのにいくにはやけに乱暴で残虐だ。
それを見て、天使と用心棒が嬉しそうに笑っている。
良い天国ライフを。なんて言って笑ってる。
そして、俺たちの番が来た。
天使が嬉しそうに歌う。
「早く飛び込め、仮初めの死者よ。」
「早く飛び込め、そして、魂を我に捧げよ。」
ぞっとした。
後ろを振り返ると、用心棒が掲げた左手の薬指に嵌められた指輪が怪しく光った。
ああ、バカだな。
何で気が付かなかったんだろう。
あいつの左手、その薬指には、俺たちがはめている指輪と同じもんが付いていた。
こいつは死人なんかじゃない。
「お前らには、ここで一本の剣になってもらう。」
こいつが、こいつらが、魂食いだ。




