第1話 あなどれない、後輩の執着
第二部、始まります。
連日降り続く雨が校内の喧噪をかき消して、まるで俺の気持ちを表しているかのよう。
雨が降ると当然室内練習となるので、好きじゃ無い。
陸上部だけではなくいろいろな運動部が、廊下や教室に所狭しと活動している。
理久になってまだ一ヶ月とちょっとくらい、もっとこの体でうまく走れるようになるため走りたいのに。
「理久く~ん」
そら来た。室内練習だとすぐに咲恵が寄ってくる。
「ねぇ知ってる?駅前に最近新しいキッチンカー来てるみたいでさ、そこのワッフルがちょ~美味しいんだって!」
「ワッフル!……あ、いや」
しかも。タチの悪いことに理久の中身が元々理香だったって分かっちゃったからか話題が完全に以前のノリだ。
「お姉ちゃんと行きなよ……」
むしろお姉ちゃんと行ってあげて欲しい。この前カミングアウトしてから、咲恵があまりお姉ちゃんと話してないらしく、お姉ちゃんがさみしそうだったから。
「でも理香って……さあ……」
——『理久くんなんでしょ?』と言いたげな咲恵。
「だったらいいじゃんか、それで。少なくともお姉ちゃんは最近さみしそうだったよ、咲恵が話してくれないって」
なんせ、もうすっかり女の子みたいだから。
「今日一緒に行ってくれるなら、理香とも元みたいにしてあげてもいいけど……」
「今日!?こんな雨の中でキッチンカーに!?」
そんなの買ってどこで食べるんだよ……。
「安心して。スーパーの駐車場でやってるから、その中のイートインコーナーでも食べられるんだ~」
「そうなんだ、じゃあ今から行こうかな」
あまり長いこと校内で室内練習をしていると、同じく校内練習してるソフト部の佐々木先輩が俺に寄ってきてしまうだろうし。
「じゃあ俺、お姉ちゃん呼んでくるよ」
「え~、今日も理香呼んじゃうの?また今度でいいじゃーん」
なんて言い訳にすぎない。実はあれ以降俺は、自分の体が苦手だ。陸上やる分には最高なんだけど生活するのに苦手……というか戸惑っている。
あの時まではそんなこと無かったのに、男性であることを意識させられるとドキッとする。
認識させる作用はどこへいったんだ?
だからいざって時に、お姉ちゃんに頼れるようしておきたい。
お姉ちゃんは平気なんだろうか。
「まあ、理久くんがそういうならいいよ……」
「ごめんね、いつか二人でも遊び行くから」
適当にいい顔もしておく。
さて、お姉ちゃんはどうせ図書室かパソコン部だろうな。
まずは近い所にあった図書室へ来た。
すると、中からは甘い声が聞こえてくる。
「ほら~、川田先輩美味しいですよ~。あーんしてくださ~い」
「もう、綾ちゃん。本読ませてよ!っていうか図書室でおやつ食べちゃダメでしょ!」
「え~。川田先輩真面目すぎますよぉ」
あれ?宮本さん、お姉ちゃんの呼び方変わってない?
「お邪魔しますよ-」
そうっと扉を開けながら失礼する。
「ほんとに邪魔です、出て行ってください」
ええ……。
「何言ってるのよ綾ちゃん。ごめん理久、何か用?」
「ああ。俺藤島さんに今からワッフル食べて帰ろうって誘われてるんだけど、お姉ちゃんもどうかなって」
ほら、咲恵ともっと仲良くなりたいんでしょ!
「それは、行っていいの?放課後デートじゃ無いの、それ」
ああもうこの乙女脳お姉ちゃんは、男女が二人で行動したら全部デートなのか?おやつ食べるだけじゃないか。
「川田先輩が行くなら私も行きたいです!」
「え~っと……。藤島さんとお姉ちゃんの仲が前みたいに親しい友達って感じじゃ無くなってたから、仲を取り持ってあげたかったんだけど」
それには宮本さんは邪魔なんだよね。とは直接的には言いにくいなあ。
「ああ、そういう事だったんだ。確かに……、気軽に話せる相手が居なくなって辛かったんだよね……」
俺がいるじゃないか。
「私がいるじゃないですか」
宮本さんもかい。
「私が川田先輩といつも仲良くしてるじゃないですか」
「綾ちゃんには裏を感じるからなんか違う。……それに何も言わなかったけど、なんでまた『川田先輩』って呼び方変わってるの?」
お姉ちゃんも思ってたんだ。
「なんでって……、今他に誰もいないですよね……?なんでって、以前の男の川田先輩だったからですよ。あの時は川田先輩って呼んでましたよね?」
「そりゃあ呼んでたけど……、こんなに話しかけては来なかった」
「それは……男の人は緊張しますし。それに油断して百合好きってバレるのは嫌だったんで」
今となってはそのどちらも解消したと。
「だったら別にお姉ちゃんのことを『理香先輩』でも『お姉様』でもどちらのままでもよかったんじゃないのか?」
「いや、お姉様はやめて欲しいかな……」
「そうですね、『お姉様』は……今はダメです。でも、嫌って言うなら『理香先輩』に戻しますよ?」
俺と区別付かないしその方が助かるなあとは思うけど、さすがに当事者であるお姉ちゃんに判断任せるか。
「そうね、『理香先輩』にしてくれる?一番違和感無いわ」
「違和感なしじゃ意味ないんですよねえ……」
宮本さんは何が言いたいのだろう。
「意味ない……。どういう意味?」
お姉ちゃんも疑問に思ったようだ。
「それを私に言わせようとするのは、酷いですし、ずるいですよ?まあいいですよ、本当は『川田先輩』って呼びたいけど。我慢しますね、理香先輩」
……あ、これは。宮本さんはお姉ちゃんのこと諦めて無いやつだな?多分。
そう言われたお姉ちゃんは首を少しかしげて唸っている。頭の上にクエスチョンマークが浮いてるじゃん、絶対。
「ん~。私はやっぱりまだもう少し本読んでますね。3人で行かれてください」
「そう?よかったのに」
宮本さんは首を振って『今良いところだったので』と言い、なぜだか先ほどより少し満足げな顔をして本に視線を戻した。
私とお姉ちゃんは宮本さんに別れを告げて図書室を後にした。




