【閑話】リリの昼休み
寒くなるほど仕事が減っていく戦士ギルドのお昼時。
「リリアーナ」
「あ、シア。なんだか久しぶり?」
「ふふ、そうね。お昼は済ませたのかしら」
「まだ」
「一緒に如何?」
「行く!」
同僚アナスタシアの誘いに、リリはズバッと手を挙げて一も二もなく同行を宣言した。
アナスタシア・シルバラッド――アデーレ代官ラシンド・シルバラッド男爵の次女にして、美食姫の異名で知られるご令嬢。
木っ端貴族の側室や、いつ死んでもおかしくない大物貴族の妾になるくらいなら、平民として好きに生きてやるわと、戦士ギルド支部長の秘書職に就いた。
次女とはいえども、そこは男爵代官のご令嬢で、英雄ルーカスの姪というステータスがある。
アナスタシアの食事に同行すると、美味しい料理をタダで食べられる確率がものすごく高いのである。
リンリン♪
「混んでいるわね」
「ここが空いてる日ってないと思う」
「そう?」
「初めてなの?」
「独りで入るような店構えではないもの」
「そうだね(私はお値段的に入れないよ?)」
アデーレ観光案内所や高級ホテル銀の車輪が、観光客にお勧めする程のレストラン。
店名はイヴサントス。
アデーレ生まれの王宮料理人サントスが、王宮給仕侍女イヴと結婚し、半年ほど前に帰郷して開いた美食の館。
「ようこそお越しくださいましたお客様。不躾ながら、アナスタシア・シルバラッド様とお見受けいたします」
「よくご存じですこと」
「畏れ入ります。よろしければ、奥の個室は如何でございましょう」
「よろしいの?」
「もちろんでございます。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
レストランが彼女を贔屓する理由は他にもある。
美食姫アナスタシアが「料理はもちろんサービスも良い」と口にすれば、シルバラッド男爵家の陪臣家や代官府の高級官吏、ギルド幹部職員といった、筋と払いの良い連中が固定客として付くからである。
「お昼のコースでよろしくて?」
「うん♪」
「私は軽めの赤をグラスで。彼女には果実水をお願いするわ」
「畏まりました」
イヴサントスのランチコースは、アミューズ・オードブル・スープ・選べるメイン料理・選べるデザートの五品。
お値段は二万ユルグ。
ドリンクを頼めば二万四千ユルグはいく。
シリンなら八千ほど。
ディナーならばアミューズ・オードブル・スープ・魚料理・ソルベ・肉料理・チーズ・選べるデザートの八品になる。
リリは「私幸せです!」といった表情で、アナスタシアのテーブルマナーを真似るようにアミューズを食べていく。
「どれも美味しい♪」
「冬のアデーレは食材が乏しくなるけれど、南方から入れているみたいね」
食事はオードブル、スープ、選べるメインへと進み、リリはジビエを、アナスタシアは南海直送の白身魚を選び、白ワインをグラスで頼んだ。
「愛しの彼とはどうなのかしら」
「どんどん好きになる。イオリも愛してくれるから幸せ♥」
「もう一人いるのよね?」
「ココアとも姉妹みたいに仲良しだよ」
「珍しいことね」
「珍しいかな?」
カトラリーを置いてナプキンで唇を拭ったアナスタシアは、小さく頷きながら口を開く。
「貴女の彼、叔父上のお話しを伝え聞くだけでも素敵だもの」
「えへへ♪」
「夜も逞しくて巧いとエシルから聞いたわ」
「もぉ、エシルすぐ喋っちゃうんだからぁ」
「ココアさんと奪い合いにならないの?」
「なったことないよ。ココアが処女だからかも」
「え…?」
アナスタシアにとって、リリの言葉は知識の外であった。
貴族同士であれば、婚姻までに触れるのはエスコートされる時くらい。
それも手袋越しであり、例えダンスでも素肌が触れ合うことはない。
しかし、平民にそのような格例はない。
互いの心が求め合うままに結ばれる。
アナスタシアに貴族籍を捨てる決心をさせた、大きな理由の一つでもある。
焦がれるような恋をしてみたい。
情欲のままに抱かれてみたい。
一つのベッドで寝起きする日々を送りたい。
「イオリはすごーくエッチだけど、私たちのためにならないことは絶対しないの」
「…そう。会ってみたいわ」
リリは思わず、アナスタシアの胸に視線を落とした。
そして『うん、大丈夫そう』と、すごく失礼なことを心中で呟く。
イオリが知ればツッコミ必至である。
リリやココアが言う程おっぱい星人ではない、と本人は錯覚している。
(でも顔とお尻は好きそうなんだよね……カワイイ系のプリケツ)
リリはリリでもう手遅れのようである。
「何を考えてるのかしら?」
「ん? なにも考えてないよ? シアは好きな人いないの?」
アナスタシアは手に取ったグラスを見つめてから、こくりと喉を鳴らした。
「話したことはないけれど、胸の高鳴りを抑えられない人ならいるわ」
「わ♪ どんな人どんな人?」
「凛々しくて、背が高くて、逞しい人。でも笑うと可愛らしいの」
「イオリもそんな感じだよ! どこで会ったの?」
「会ってはいないわ。屋敷の前を駆ける姿を何度か見かけただけ」
少し遠い目をするアナスタシアの表情を見たリリが、『もう落ちてるし!』と、ココアのような言葉を内心で叫んだ。ジャパンウイルスの増繁殖が著しい。
「それって、もう恋だと思うよ?」
「そうなのかしら…」
「私も一目惚れだったもん。会ったその日に抱かれたし」
「無理矢理、ではないのよね」
「違うよ。私から家に招いたの」
「意外に大胆ね」
「うん、言った後で恥ずかしくなった」(笑)
イオリに見つめられると、今でもドキドキする。
抱かれた夜のことを、何度も夢に見る。
果てた後ではにかむ笑顔が、とても可愛くて愛おしい。
「私も、声をかけてみようかしら」
「それがいいよ!」
「でも最近は見かけないのよね…」
リリの脳裏を何かがよぎった。何がよぎったのかは判然としない。
アナスタシアが屋敷で見かけたということは、出勤する前か帰宅後。
秘書は給金が高い分、支部長が帰るか帰っていいと言われるまで帰れない。
ならば見かけていたのは朝だろう。
彼女は身支度に時間がかかるだろうから、早朝と呼べる時間帯。
(あっ……はは……まさかだよね……)
今度は鮮明によぎった。愛しくてたまらない人の顔が。
「そ、その人ってさ、どんな容姿?」
「最初に目を惹かれたのは、不思議で美しい髪色。切れ長な目、変に高くない整った鼻、薄い唇。屋敷の門番に向けた笑顔が、とても可愛らしかった」
両手で顔を覆ったリリが天井を仰いだ。
心中で『イオリィィィィィィィィィィぬあっ!』と絶叫しながら。
「どうしたの? 大丈夫?」
「なんでもないよっ! 超なんでもないからっ!」
「そう、ならいいけれど」
コンコンコン
「失礼いたします。デザートをお持ちしました」
「美しいわね。料理も素晴らしいものだったわ」
「ありがとうございます。こちらは料理長からでございます」
二つ折りにされた上質な紙を開くと、「初来店のお礼に代金は不要です。またのお越しをお待ちしております」と書かれてあった。
アナスタシアは給仕に目礼を返して微笑み、優しい甘さのデザートを堪能してイブサントスを後にした。
その夜――
「ただいま」
「お疲れさん。晩メシ出来てるぞ」
「あのねイオリ」
「ん?」
「朝の鍛錬で外に出るの禁止」
「え?」
「っていうか外に出るの禁止!」
「いやいやいや、無茶言うなよ。いったいどうしたんだ」
「リリどうしたの?」
「朝走ってるイオリを見て好きになった人がいる…たぶん他にもいる…」
「センパイ、とりま正座しよっか」
「なぜ!?」
この日の理不尽な説教を境に、イオリは走れる庭付き一戸建てが欲しくなった。




