15*過去の人達
「フローラ。大丈夫か」
会場に着いたら父が近付いてきた。
オーウェン・エディスト。凛々しい顔立ちは年齢の割に若く、侯爵家当主として王族を支える仕事をしている。表情があまり変わらないが、子供への愛情はちゃんと表現してくれる人だ。だからフローラは父のことを尊敬している。少し遅れてやってきたのは母のネリネ。心配性で繊細。今も心配そうな顔をしている。
「大丈夫ですわ」
フローラはヨセフィーナの誕生パーティーで着ていたドレス姿だ。久しぶりの社交界、できれば目立たない格好をしようと考えたが、ヨセフィーナに相談した時、これを戦闘服として着ればいいと背中を押してもらえた。どうせ目立つ。なら確かに、大好きな主君からもらった服を身に纏いたい。自然と背筋が伸びる。ヨセフィーナの思いも入っているからか、力をもらえている気がした。
するとオーウェンは小さく微笑む。
「随分頼もしい顔立ちになった」
「そうですか?」
「気になったんだが、この前一緒だった騎士は誰だ?」
まさか開口一番にルドルフの話をされるとは思わなかった。無難に討伐部隊の騎士であることを伝える。ヨセフィーナが期待している人物であることも伝えた。その方が安心してくれると思ったのだ。
すると父はふむ、と顎に手を添える。
「ジェームスから聞いたが、好青年らしいな」
(聞いてるんじゃありませんの)
すでに情報を得ているとは父らしい。娘の傍にいる男性だから気になったのだろう。相変わらず表情は変わらないが。
「フローラもそう思うか?」
「……今時珍しく、いい方だと思いますわ」
「まぁ、そうなの?」
母が食いつく。
「あなたがそう言うなら本当にいい人なんでしょうね。いつか挨拶させてくれないかしら」
(挨拶……?)
「挨拶する必要ありますの……?」
「だってフローラがお世話になっているんでしょう?」
そう言われると何も返せなかった。
確かにお世話にはなっている。
「お会いしてみたいわ。前は遠くから眺めただけだけど、かっこいい方だったわね」
「仲が良さそうに見えた」
「……そう、ですか?」
そんなに周りから見ると仲良く見えるのか。
自分ではよく分からない。仲が良いとは何なのか。何を見てそう思うのか。でも、そう言ってもらえると嬉しいと感じる。するとフローラの表情が変わったからか、二人は目を丸くしていた。互いに顔を合わせ、優しく微笑む。
「フローラにとって、いい出会いだったのね」
「安心した」
「?」
「急に社交界に誘って悪かった。断れなかったんじゃないかと心配したが」
「いいえ。私自身が変わりたくて来たんですの」
手紙で聖女候補かもしれない話はしている。両親は共に驚いていたが、フローラの意志が固いことで尊重してくれた。それでも、心配はしてくれる。親であるから。
「今日は知人に挨拶するだけでいいから」
「気を張り過ぎないようにね」
「はい」
会場入りすれば、やはり色んな目を向けられた。
好奇や興味の目。驚きや哀れみの目。
下から上から見て成長した美貌に釘付けになる目。
分かってはいたが、思いのほか色んな感情の目を向けられる。少しだけ酔いそうだ。それでもフローラは平気なフリをした。いや、平気になりたかった。逃げる自分でいたくなかった。
久しぶりだと声がかかり、父の知人と話す。思ったより平気だった。大きくなった、綺麗になった、成長したねと、気遣いの言葉をかけてもらえる。両親が傍にいてくれたが、それでもやはり、自分が今独りであることを痛感する。
ヨセフィーナの誕生パーティーでは一人である感覚がなかった。隣にずっとルドルフがいたからだ。知らず知らずのうちに、彼には助けられていたのかもしれない。
挨拶が無事に終わり、今は座って会場を少しだけ見渡している。今の社交界がどのようになっているのか、見ておきたかったのだ。両親は近くで他の人と話している。
友人と呼べる人がいないせいで、知っている人はほとんどいない。若い令嬢や令息はおり、話に花を咲かせていた。自分もあれくらいフランクであれば、もっと楽に話せるだろうか。ふと、ルドルフであれば誰とでも仲良くなれるのだろうなと、少しだけ考えてしまう。
「――お隣よろしい?」
見れば活発そうなご婦人だった。
「ええ」
「フローラ様よね。久しぶりに見たわ。元気に過ごされてるの?」
「おかげさまで」
彼女は持っていたグラスをゆっくり回す。
「『傷』はまだあるの?」
一瞬だけ反応が遅れた。
触れたくない話題だったからだ。
すると彼女ははっとした。
「ごめんなさい。だってあれから七年でしょう。治ったかと思って」
「…………」
「お詫びにいいこと教えてあげるわ。ニナ様いたでしょう。あなたが助けたご令嬢」
思わず彼女の顔を見る。
「最近婚約されたそうよ。ずっと引きこもっていたけど、いい人に恵まれたようでね。最近社交界にも参加しているわ。今日も来ているのよ」
「え……」
「フローラ様が参加されるって知って会いたがっていたわ。探してみたら?」
「まさか。私に会いたいなんて」
「会いたいに決まっているじゃない。だってあなたのおかげで今生きていると、感謝していたもの」
(……本当に?)
二つ結びをしていた、藍色の髪を持つ少女の姿を思い出す。
彼女はいつも自分に笑顔を向けてくれた。可愛い人だった。だが庇ったせいで、彼女は泣き叫んだ。血だらけになったフローラの手を、拒否した。その彼女が、自分に会いたがっているなんて。本当だろうか。
「個室の方に向かっていたわ。近くまで行けば、会えるかもしれない」
背中を押すような言葉に、フローラは自然に立ち上がる。そちらに向かって目を動かしながら「ありがとうございます」とお礼を述べた。彼女は笑ってグラスを揺らす。
「こちらこそ。失礼な言い方をしてごめんなさいね。いい再会になりますように」
(……ニナ様に、会えるかもしれない)
拒否されてから、連絡は取っていない。彼女もしばらく社交界に出ていなかったはずだ。彼女が表舞台に出なくなった原因は分からないが、自分のせいだと思っている。彼女に惨い姿を見せてしまったから。十六の多感な年齢に、血まみれで手を伸ばすなんてこと、してはいけなかった。
フローラはあの日を後悔している。
結局自分は、あの日からずっと、周りに迷惑をかけてばかりだ。傷つけてしまうくらいなら、誰とも関わりたくない。だからずっと、誰とも関わろうとせず、人前にも出なかった。婦人の話を聞くと、ニナは会いたがってくれている。感謝しているという。本当に?
彼女を傷つけたんじゃないか。その後悔ばかりだった。だが今日、その思いは報われるのか。あの日彼女を庇ってよかったと、やっと思えるだろうか。
個室がある場所まで足を進めるが、ニナらしき人の姿はない。そもそもニナも成長している。会うのも七年ぶりだ。分かるのか。彼女に自分は気付けるだろうか。
「――フローラ?」
名前を呼ばれて振り返る。
少しだけ顔が晴れやかになるが。
「……なぜここに」
相手はにやっと笑う。
「ああフローラだ。相変わらず綺麗だな」
「…………」
「おいおい。元婚約者の顔、忘れたの?」
「……何か御用ですか、ダニエル様」
彼は鼻で笑う。
馬鹿にするように。
彼は過去に婚約者候補だった人だ。彼の方から去った。フローラに対し可愛げがない、女性らしくない、色気が足りないなどと、散々なことを言ってきた。こんな人、こちらから願い下げだ。自然と警戒してしまう。
ゆっくり近付いてくる。
「けっこう評判になってるんだよ。前よりさらに綺麗になったって」
「…………」
「で? 仲良くなった騎士もいるんだろ?」
城の外でもルドルフの話が出回っているのか。
彼は大きな溜息をつく。
「むかつくよなぁ。俺の女なのに誰かの手垢がつくなんて」
(誰が、誰の)
言い返したかったが、急に腕を取られる。
振りほどけないほどに強い。痛い。
「君が誰の物か、分かってもらわないとだよな」
「離してください」
「やだね」
言われながら引っ張られる。
「誰かっ……!」
「おっと」
ダニエルはフローラの口を押さえる。
にたっと笑いながら。耳元で呟いた。
「俺、今刃物持ってるんだけど、見る?」
思わず動きが止まる。
すると彼はポケットから果物ナイフを取り出す。なんでそんな物を持ち歩いているんだ。フローラは身体中に緊張感が走った。今ここで騒げば、彼に何をされるか分かったものじゃない。
「とりあえず話そうか」
ナイフをちらつかせながら、腕を引っ張られる。フローラは大人しくついていく。個室が並ぶ廊下で誰かが通ってくれる様子はない。フローラは心の中で叫んだ。
(誰か助けて)
ダニエルがとある部屋に入るよう促す。
二人はそこに消えた。
「フローラ……?」
部屋に入った瞬間を、一人の人物が見ていた。
そして慌てて、どこかに向かって走り出した。
「すみません、遅れました」
「ルドルフくん。こちらだ」
ルドルフは制服姿で社交界に姿を現した。
出迎えてくれたのはフローラの父、オーウェンだ。
「遅れてしまい、申し訳ありません」
「とんでもない。大仕事があっただろう。忙しいのにすまないね」
「いえ。それより……俺も参加してよかったんですか?」
貴族ばかりが集まる社交界に参加するのはさすがに場違いではないかと緊張する。社交界に参加してほしいというのは、ヨセフィーナから代理で言われた。フローラの両親が会ってみたいからと。なぜそうなったかは分からないが、身分的に断れる相手でもない。
「今回はフローラの護衛のような立場をお願いしたくてね」
「……フローラは許可してくれたんですか?」
絶賛喧嘩中(?)のような状態なのだが。いや、刺繍のハンカチをくれた時点で、許してはくれただろうか。それでも、顔を見たくないと言われているのだが。するとオーウェンは小さく微笑む。
「秘密だよ。サプライズだ」
(吉と出るか凶と出るか、どっちかだな……)
さらに怒られないか少し慄いてしまう。
「社交界に出ると決めたのはフローラだが、私達も不安があってね。君なら守ってくれそうだと思ったんだ」
「フローラもあなたには気を許しているように見えたから」
いつの間にか母であるネリネも挨拶してくれる。
ヨセフィーナの誕生パーティーでの振る舞いを見て、信頼してくれたらしい。「聞いていた通り、好青年だな」「ええ、かっこいいわ」と和やかに言ってくれる。彼女の両親に認めてもらえたのは、正直嬉しい。後は彼女が許してくれるだけだが。
「そういうことでしたら、誠心誠意お守りします。それで、フローラは?」
途端に二人は不安そうな顔をする。
「それが、先程から探しているが見つからないんだ。先に帰ったわけではないようなんだが」
「え……」
ルドルフはすぐに会場を見渡す。
一人だけ騎士の制服だからか、周りの貴族達は何事かと、こちらに目を向けている様子だった。全体を見ても、フローラの姿はない。どんなドレスを着ているかは聞いている。見たら分かるはずだ。それでもいないということはまさか、別の場所にいるのだろうか。
「――ねぇ、あなた」
急に声を掛けられ振り返れば、長い藍色の髪をゆるく巻いた令嬢が後ろにいた。濃いパープルのドレスを着ており、腕を組んでこちらを睨んでいる。つり目だからか、少しだけ怒って見えた。
「あなた、フローラの何?」
「え……。友人」
「あ、そう。じゃあいいわ。フローラの居場所、教えてあげようと思ったけど」
「!? 教えてくれ」
「嫌よ。ただの友人なんかに教えるわけないじゃない」
「は!?」
何を言ってるんだこの人は。
「男の友人なんて信じられない。恋人か婚約者なら教えてあげてもいいけど」
「なっ……!」
そんなの、彼女にいるなんて聞いたことがないが。思わず両親に目を向ければ、二人は彼女の姿に目を丸くしている様子だった。オーウェンが「君は、」と呟くと、彼女は丁寧に挨拶する。
「お久しぶりでございます。ニナでございます」
「……元気に過ごしていたかい」
「ご挨拶に何年もかかってしまったこと、誠に申し訳ございません。お嬢様に助けていただいたことは、今後一生、償うつもりです」
「そんなことはいいのよ……。あなたが元気そうでよかった」
ネリネが涙ぐんで彼女の肩を抱く。
すると彼女は、少しだけ顔を歪めた。
ルドルフだけ置いてきぼりだ。
唖然とするが、はっとする。
フローラを探さなければ。
「いいから教えてくれよ」
「嫌よ。なんでただの友人に教えないといけないのよ!」
「ええっ……」
なぜか当たりがきつい。
するとフローラの両親がフォローに入る。
「大丈夫だよニナ嬢。彼は信用できる人だ」
「フローラと仲が良いのよ」
「仲が良い……?」
すると再度ぎろっと睨んでくる。
「あなた、フローラに優しい?」
「……そのつもりはある」
相手からどう思われてるかは分からないが。
「じゃあフローラのこと好き?」
「え?」
なぜそういう話になるのだろう。
「一生守ると誓える?」
「ええ……?」
「あの子の一番の友人は私なの。友人枠ならいらないの。私の友人に手を出さないで!」
(これは……)
もしや彼女は、フローラのことが大好きなのではないだろうか。男の友人なんて友人と認めない、そう言っているように見える。このまま押し問答していたらフローラを見失うかもしれない。ルドルフは色々考え、真っ直ぐ口にする。
「大事にしたいとは思ってる」
「薄い!」
「ええ……」
「そこは嘘でもいいからフローラが好きだから教えろとか言いなさいよっ!」
「何が言いたいんだよ結局……」
ニナはぎゅっと握り拳を作る。
「……私はあの子を傷つけたの。だから一生をかけて償うの。あの子は大きな傷で痛い思いをした。だから、あの子には深い愛情をかけられる人が傍にいてほしいの……。ただの友人じゃ薄いのよ」
「…………」
最初の頃のフローラを思い出す。
驚くほどに拒否の反応を示してきた。
最近は丸くなったと思うが、あれは、自分を守るための防御反応だったのかもしれない。傷つきたくないから。話の流れ的に、この令嬢は過去の出来事に関わっている。だからこんなにも色々言ってくるのだろう。
「好きだよ」
思ったより躊躇なく言葉になった。
するとニナの瞳が揺れた。
「フローラのことは好きだ。だから、教えてくれるか?」
恋とかそういうのは正直よく分からない。だが彼女のことを、人として好きだとは言える。彼女の魅力も、可愛いところも、知っているつもりだ。もっと自然に笑ってほしい。もっと楽しそうにしてほしい。
もっと仲良くなりたいと、思っているから。
するとニナは、驚くほど素直に頷いた。
小声で教えてくれる。
「男の人と一緒に、個室に入って行ったの」
「……は?」
「誰かは見えなかった。知り合いの人かもしれないと思ったけど、なんだか不安で。一応会場の使用人に確認するようすぐ伝えたけど」
ルドルフはニナの両肩を掴む。
「すぐ教えろ」
自分でも驚くほど、声に怒りが混ざった。




