1話の⑧
大学時代はいつもAと一緒だった。講義を受ける時も学食を食べる時も必ず一緒だった。
よく喋って、よく笑って、時にはケンカをして。
まるで仲の良い双子のような感じだった。周りからもあいつらできているんじゃねぇのと陰口を言われても全然痛くも痒くもなかった。それだけ、Aの存在は大事だった。
ーあの時は楽しかった。
ああ、Aが笑っている。
貴明も笑い返そうとして、そこで過去は終わった。
次に起きた時は、Aに起こされた時だった。
「おい、大丈夫か?」
「…ああ」
何だか良い夢を見た気がして、軽く答えた。しかしAが興奮をしているのに気づき、貴明は訝しがる。
「何だよ、何かあったのか?」
階段を見上げ、扉を指差す。貴明もその先に何があるのか、楽しみだった。
Aは興奮した状態で言ってくる。
「男に会った」
「それなら、俺も会った。だから、厄介なことになって困っているんだよ」
自分の心を指差し、嫌そうな顔をする。人の心を読めて嬉しいのなんて、ほん僅か。悪いのが主だった。
「どうだった?」
「それが…」
Aも扉を見上げ、迷うような素振りを見せた。貴明は早く聞きたくて、イラッとした声で、また促す。
「だから、どうだったんだよ」
「分かった。話すから落ち着けよ」
Aのほうがソワソワしている状態だった。何やら良いことがあったのか、頬が紅潮している。
「仙人だってさ」
「は!?」
聞き間違ったのかと思い、貴明はとぼけた声をだした。それでも、Aは気にせず続ける。
「だから、男の人は仙人なんだよ。だから、不思議な力が使えるんだよ」
「…頭、大丈夫か?」
貴明はAの心を聞いたが、嘘は言っていないようだった。
「何で、仙人が出てくるんだよ!!」
「さあ?」
Aは短く答え、肩をすぼめた。それから、また唾を飛ばしながら言う。
「俺に仙人候補にならないかと言ってきた」
「仙人候補!?」
貴明は間抜けな声を出してきた。あり得ない。なぜAが仙人候補なのだろうか。確かに正義感はあついし、頼れる存在だが、仙人候補はないだろうと疑う。現実味が乏しかった。
「何でお前が仙人候補で、俺は苦しめられる立場なんだよ」
「分からない。けれど、そう言われた」
そうかと答えることは出来なかった。貴明は階段を見る。それで、自分も上れば、仙人候補とやらになれるのだろうか?
貴明は階段に手をつく。しかし階段は拒絶するように、貴明を受けつけてくれない。頭からのびているから仕方がないのかもしれないが、ムカつくことは確かだった。
「あり得ねぇ」
貴明はAだけ得しているのが気に入らず、つまらなそうに言った。しかし、Aは逆に楽しそうに立ち上がり、両手の拳をかためる。
「あり得るんだよ!! 仙人候補だぜ、仙人候補」
まるで病人とは思えないほどの声だった。
「俺、仙人候補になるよ」
堂々した宣言に、貴明は冷めた声で答える。
「そうかよ、良かったな」
「ああ」
「だったら、俺のこの状態をどうにかしてくれ」
頼みこんだのだが、Aは首を横に振る。
「ダメだ。まだ俺には力がない」
「そうだな。仙人候補だもんな」
嫌味を込めていったが、Aは流して言ってくる。
「お前、もう帰れ」
「はあ!? 来たばっかりで帰れってか?」
「ああ、俺にはやることがある」
Aは本当に貴明に帰って欲しそうだった。帰れと心の声が聞こえてきた。
「分かったよ」
貴明は面白くなさそうに答える。だが、考えれば、妻殺しを追求されても困るし、また別の人の心の声を聞くのも苦痛だった。
「じゃあな」
「ああ、気をつけて帰れよ」
Aはそう言うと、顎に手をのせ、考え込むような姿勢をとった。
「本当に帰るからな」
貴明は少し頭を怒らせて言ったのだが、Aの耳には届かないらしかった。
ー仙人か。
なぜ仙人が貴明に呪いを与えたのか分からないが、Aとの差には本当に腹が立っていた。
なぜ自分だけ。
悔しくてしょうがなかった。
「じゃあな」
そう言うと、貴明は立ち上がってAの家を後にした。




