芝山に助けられる
「後日、指紋採取に伺うかもしれませんが、とりあえず我々はお暇させていただきます」
「ちょっと待ってください。ここに一人でなんていられません」
「弱りましたね。われわれも明確な殺人予告とかがあれば別ですが、そうそう警護に人を付けるわけにはいきませんので」
「警察署の前まであたしを連れて行ってもらえませんか。そこで泊まるところを探します」
刑事には部屋の外で待ってもらい、着替えをして、手早く着替えをまとめ、洗面所で乱れていた髪を整えた。化粧もぐちゃぐちゃで、額には絆創膏が貼ってある。ひどいなと思い、ため息をつきながら、化粧を直した。外へ出て部屋の鍵を掛け、刑事たちのパトカーへ乗せてもらった。中央署の前で下ろしてもらった。
人通りのない道を不安に駆られながら歩いて行く。時折すれ違う男性に、渡瀬の姿を思い出して怖くなり、歩くたびに体中が痛いにもかかわらず、足を速めた。
呉服町の通りに、ネットカフェがあったのを思いだした。あそこなら女性専用ブースもあるし、とりあえず今日はそこに行こう。琉花は呉服町のスクランブル交差点を渡り、ネットカフェに入った。シートを倒し、横になったが、落ち着いてくると、打撲の痛みが強くなっていった。さっきまでは気が張っていたので、それほど感じていなかったのだろう。心臓が鼓動するたび、打撲した部分がズキズキ痛む。ほとんど眠れないまま、朝になった。痛みに耐えながらシャワーブースに行って体を洗い、身だしなみを整えた。最低限のメイクはしたが、疲れた顔と額の絆創膏は隠せない。時刻は午前七時。もう起きているだろうかと思いながら、芝山に電話を掛けた。
「はい、芝山です」少し怪訝そうな響きの声が聞こえてきた。
「高岡です。朝早くから申し訳ありません」
琉花は昨日の夜渡瀬に襲われたことを話した。
「歩くことは出来ますか、今はどこにいますか」
芝山の声が緊張を帯びてきた。琉花はネットカフェにいて、出社は可能だと説明した。
「すぐにそちらへ行きますので、待っていてください」
芝山は街中のマンションに住んでいるという。三十分後、店の前に来たと電話があったので、精算をして外に出た。スーツ姿の芝山を見つけて、「朝早くからすいません」とお辞儀をした。
「元気そうで何よりです。とりあえず、事務所へ行って対策を協議しましょう」
歩いて事務所へ行くと、芝山は関係先へ電話を入れて、事件の概要を知らせた。
「申し訳ありませんが、もう少し詳細な説明をしていただけますか」
芝山は琉花の説明を、深刻な顔でメモを取りながら聞いた。八時を過ぎると、芝山の携帯電話に次々と電話がかかってきて、そのたびに話が中断した。
「午後、一緒に市役所まで行けますか。みんなで対応を考えます」
琉花は頷いた。午後は駿河区の会場で、住民への説明会に参加しなければならなかったが、休まなければならない。企画委員の人に連絡をしなければと思い、自分の机に向かった。
その時、渡瀬に襲われたときの恐怖が、フラッシュバックとなって襲ってきた。目の前が真っ白になり、地に足が付いている感覚がしなくなっていた。
気がついたとき、自分の机に倒れ、床へ崩れ落ちそうになっていた。
「高岡さん」
上から心配そうに声を掛ける。堀川と芝山の姿が目に入った。
「すいません、急にめまいがしてきまして」
琉花は自分の椅子へ、座り直した。
「午後の会議は止めましょう。今日は休んだ方がいいですね」
「でも、やらなければならないことが幾つもあるんです」
「これは上司としての私からの業務命令と受け取ってください。高岡さんには休む必要があります」
「はい……。でも、帰る場所がなくて。今までいたマンションへは、もう帰れません」
「高岡さんの実家は東京でしたね」
「実家へ戻ってもいいんですけど……」
東京へ戻ったとしても、きっと家には帰らないだろう。琉花は眉根を寄せた。
「なにか事情でも?」
「ええ……すいません」
芝山は考え込むように視線を下へ向けた。詳しい話は聞いてこないようなので、少しほっとする。芝山は再び琉花を見た。
「ちょっと待ってください」
そう呟くと、唐突に事務所から出て行った。しばらくすると戻ってきて、再び琉花を応接室へ連れて行き、話し出す。
「大石さんの家に泊めてもらったらいい」
「は?」