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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

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227/336

17:8

 新年明け。

 降雪で白く染まった王妹大公家の広い庭に、子供達の歓声が響く。


 王妹大公家の子供達に加え、御付侍女メリーナの育預となったヴィンセント少年、それに家人の子供達が雪遊びに興じていた。

 魔導術で作られた氷の滑り台をソリで滑る子達。雪だるま作りに興じる子達。雪玉を投げ合いながら鬼ごっこをする子達。


 そんな子供達に混じって遊ぶ父母や兄弟姉妹、もしくはターフの下から子供達を眺める大人達。円筒型灯油ストーブや野営用コンロが並び、薬缶やスープ鍋が湯気を躍らせる。


 もこもこした可愛い防寒着姿の次男ヒューゴは幾人かと共に、大きな雪だるま作りへ挑戦していた。長女ジゼルはお洒落な防寒着を雪塗れにしながら雪合戦鬼ごっこを楽しんでいる(仔犬達もここに混ざっていた)。そして、長男ウィレムはヴィンセント少年を伴って滑り台を何度も滑走していた。


 誰も彼もが寒気を蹴飛ばすように楽しんでいる。

「素晴らしい光景ね」

 母ユーフェリアは多幸感に満ちた笑顔でカップを口元に運ぶ。酒精入りの甘い紅茶で体を温め、足元に寝転ぶ愛犬ガブを撫でた。


「御母様ももっと楽しんできては?」

 先ほどまで愛娘達から雪玉を浴びていたヴィルミーナが言った。

 なお、一部の家人達は主に雪玉を投げつける我が子や孫に顔を蒼くしていたが、もちろんヴィルミーナは気にしてない。

 ヴィルミーナはユーフェリアの隣に用意された椅子へ腰を下ろし、メリーナからカップを受け取る。あちち、と酒精入りの紅茶を楽しみ、ほっと白い吐息を漏らす。


「もう充分。ここで眺めているわ」

 ユーフェリアもウィレムと一緒にソリで滑り、ジゼルと雪合戦し、ヒューゴと雪だるま作りをした。結論。楽しいけれど、寒い。

「この灯油ストーブというのは良いわね。思ったより暖かいし、想像していたような油臭さも無いし」

 ユーフェリアが灯油ストーブを横目に言った。


「ええ。その辺りの解決は苦労しましたから。私でなく技術者達が、ですけれど」

 母の誉め言葉を聞き、ヴィルミーナは嬉しそうに顔を和らげる。

 ヴィルミーナは雪合戦で子供達を翻弄している夫レーヴレヒトを窺う。


 レーヴレヒトは護衛達の一部と一緒に驚異的な身体能力と技能を無駄に発揮し、子供達を追い回していた。圧倒的強敵に追われる子供達は楽しそうな歓声を上げている。レーヴレヒトもとても楽しそうだ。


 今年は良い年になりそう。

 冬の平穏で幸福な光景を眺めながら、ヴィルミーナはカップを口元へ運ぶ。

 あっちぃ!


      〇


 今はあれこれ言われているが、捕鯨は先史時代から続く由緒正しい“産業”だった。

 近世を迎えた頃には、保険制度まで整備された先進的な産業に成長している。外洋進出が進むと捕鯨船は私掠船を兼業するようになり、漁場での抗争、収穫した鯨油や船荷を狙った海賊行為が多発。近代頃までの捕鯨産業はいろんな意味で“冒険”に満ちていた。


 また、メルヴィルの『白鯨』や映画『白鯨との戦い』が描いたように、大洋の中で鯨を狩るという仕事自体が極めて危険な冒険だった。数多の船乗りと捕鯨船が海の藻屑と化している。

 まさに命懸けの仕事。


 それは魔導技術文明世界でも変わらない。

 いや、太古の海と同じく海竜、魚竜が生息し、ジンベイザメやピラルク並みの大魚がうようよしており、はてはゲームよろしく海棲モンスターまでいることを考えれば、地球世界の海よりずっと危険だった。


 しかし、その危険性は多分に富を孕んでいた。

 たとえば海竜ならば、爪牙、鱗、皮、脂、肉、骨、体内魔石、あらゆるものが商材になる。その総収益は彼らを海へ駆り立てることに十分すぎるほどだった。

 かくて一“獲”千金を求め、彼らは今日も海へ挑む。



 ベルネシア海猟船『富裕小鬼猿(リッチー・ゴブリン)号』はその名の通り、船首にリッチな装いをした小鬼猿のレリーフを掲げた海猟帆船だ。


 約40メートル程度の帆船(クリッパー)には、海猟艇と呼ばれる手漕ぎボートが5艇ほど積載されていた。狩猟道具は主に大型銛。副に銃器類など。こちらは小型肉食種に対する護身用の向きが強い。

 また、上甲板砲のいくつかは前装式で銛打砲を兼ねていた。


 余談だが、船員は男性で占められている。

 そもそも長期航海に臨む船は、空も海も男女共同雇用を避ける向きが強かった。

 魔導技術文明世界は身体強化魔導術が存在する関係から、男女の体力、膂力の差は大きくない。しかし、男女を共にすることで生じる船内規律の問題は別だ。ただでさえ船内は閉鎖的でストレスフル。男女のいざこざまで起きたら目も当てられない。船内に性病が蔓延しても困るし、長期航海中に妊娠されても対処しようがなかった。


 隻眼美人空賊アイリス・ヴァン・ローは男女共同雇用しているが、『妊娠した奴、させた奴は給料無しの懲戒解雇』や『船内で男女のごたごたを起こしたら懲罰』等々の規律を敷いている。

 そんなわけで、海猟船『富裕小鬼猿号』に女性は一人もいない。あきらめて、どうぞ。


 女っ気皆無な『小鬼猿号』が大冥洋を進んでいく。

 晩春の大冥洋北方航路はまだまだ肌寒いが、照りつける陽光は凶暴だ。船員達は寒いようで暑い、暑いようで寒いという半端な環境に辟易していた。誰も彼も小汚いし、ラフな装いをしているが、暇な者はいない。甲板掃除に船内掃除。用具整備。帆の操作。航行中の船は忙しい。


 主帆や副帆の観測魯には見張り員達が、双眼鏡や望遠鏡で周囲の海面や上空を退屈そうに窺っている。


 海洋覇権国家イストリアと組み、協働商業経済圏でクレテアと和解した今、海上帝国ベルネシアの敵は少ない。せいぜいが未だエスパーナ帝国くらいだ。そのエスパーナ帝国にしても終わりのない内乱に陥っていて、海軍も私掠船もまともに活動していない。


 一方で、エスパーナの混乱から海賊が活発化しており、南小大陸寄りの海域ではかなり出没している。まぁ、北方航路まで出向いてくる可能性は限りなく低い。


 白肌を赤々と日焼けさせた観測員が、船首2時方向の海面に影を見つけた。退屈顔は一転して興奮と不安に塗れ、手元の鐘をがんがん叩いて船員達へ報せる。

「船首2時方向っ! 距離約1800っ! 海面に影っ!」


 船員達が一瞬呆けた顔をし、次いで、すぐさまそれぞれの持ち場へ駆けていく。

「ぼさっとすんなっ!」「仕事だ、野郎共っ!」「急げっ!!」


 俄かに騒々しくなる船上と船内。しかし、この段階ではまだ狩りの準備は始めない。

 相手が獲物かどうか分からない。場合によっては“こっちが獲物になる”かもしれない。なんたって超大型海棲モンスターともなると、じゃれついてくるだけで船舶があっさり沈む。


『小鬼猿号』の髭面船長マードックが声を張る。

「獲物の種類はっ!?」

『距離があり過ぎて分かりませんっ!』と観測員達。


 マードックは決断を迫られる。

 上手くいけば、獲物にありつける。下手を打てば、こちらが食われる。


 人間より恐ろしい存在のいない地球の海とは違う。魔導技術文明世界の海では、大型軍艦であっても、人間は脆弱だった。


「舵を取れっ! 船首を二時方向へ向けろっ!」

 マードックは挑戦を選択。副長が操舵員へ舵取りを命じ、水夫長が帆の操作の指揮を執る。波を掻き分けながら『小鬼猿号』が船首を海面上の影へ向け、帆にいっぱい風を受けて前進開始。


 期待と不安がよぎる十数分。


 距離が詰まっていき、影の正体が判明する。

「魚竜っ! 魚竜ですっ! 大冥洋(ハーディスティック・)青魚竜(ブルースケイル)ですっ!」

 副帆の観測員が怒鳴った。


 大冥洋青魚竜は大冥洋における一般的な海猟の獲物だ。図体は成体で平均10メートル級。魚竜自体が魚と爬虫類の合いの子みたいな奴らであり、大冥洋青魚竜も例に漏れない。ジンベイザメのような平たい頭部によく肥えた太く長い体躯を持つ。濾過食性でプラクトンなどを食らうため、人間や船を襲うことはない。

 いわゆる”望ましい獲物”。


 マードックは口泡を飛ばしながら叫ぶ。

「総員、狩猟用意っ!! 海猟艇を下ろせっ!!」


 狩りの手順はさほど難しくない。

 母船の銛打砲で大型銛を打ち込んで弱らせ、海猟艇で追い込んで仕留める。それだけだ。


 だけれど油断は禁物。

 なんたって相手は10メートルに及ぶ体躯の怪物。海猟艇など体当たり一つで容易くひっくり返ってしまう。海猟船だって体当たりを食らえば、無傷では済まない。

 ゲームや映画の海棲モンスターはわざわざ甲板で登場人物と戦ってくれるが、大自然の実物はそこまで気を利かせてくれない。容赦なく海中から船体を破壊しに掛かる。

 そして、ゲームと違って、人間は海中で大型モンスターと戦えない(そもそも人間の体は海中で戦うよう出来ていない)。


 加えて狩りが進めば、血の臭いを嗅ぎつけた肉食性モンスターが寄ってくる。これも怖い。ヘミングウェイの『老人と海』よろしく獲物を討伐成功しても、モンスターに横取りされることだってあるし、犠牲者が出ることも少なくない。


『小鬼猿号』は大冥洋青魚竜へ、銛打砲で大型銛をずがんと打ち込み、30分掛かりで弱らせながら海猟艇で追い込んで手銛をブッコみ仕留めた。危なげなく見事な狩りだ。


 ひゃっほーっ! 討伐成功っ!


 そんな風に喜んでいられたのは、わずかな間だった。

 主帆の観測員がガンガンと警鐘を殴り鳴らす。

「船長ぉお―――っ!! 9時方向ッ!! 甲冑魚人(プレート・マーマン)の群れだぁっ!!」


「よりによって魚野郎かよっ!」

 船長が毒づいた。


 ここで雑学を一つ。

 人魚(マーメイド)が『人間の女性上半身と魚類体型水棲哺乳類の下半身』の女妖系モンスターであるのに対し、魚人(マーマン)は『人類似の上半身と魚類の下半身』を持つ“魚類”系モンスター。つまり、人間モドキの魚のバケモノ。


 この場合の甲冑魚人は名前通りに頑健な鱗甲殻を持ち、甲冑を着込んでいるような姿をしている。

 蛇足――その肉は牛乳と小便を拭いた雑巾みたいな臭いがしてゲロマズな挙句、寄生虫だらけ。食えたもんじゃない。


「海猟艇は採取作業が終わるまで防御戦闘っ! 海に引きずり込まれるんじゃねえぞっ!!」

 甲冑魚人はその腕でしがみ付き、嘴みたいな顎歯で獲物の肉を食いちぎる。これは魚竜や海竜の堅い鱗や皮を食いちぎって肉を食うために進化したのだろう。


 海面から上体を出し、瞼の無い無機質な黒目を晒す魚面の人体が、海猟艇の冒険者や大冥洋青魚竜の骸へ腕を伸ばして取りつこうとする。さながら生者を水底へ引きずり込もうとする亡者の如し。

 そんな不気味な魚人達を、海猟艇の冒険者達が刀剣類や銃で迎え撃つ。


 その間、主帆をメインクレーンにして魚竜を舷側に懸架し、水夫達が長柄物染みた道具を使って素材を採取していく。鱗と甲殻と皮を剥がし、脂身と肉を切り出す。最大のお宝である魔石は一等最初に確保。一部臓腑も需要があるが、腐り易いため今回は放棄。とにかく採取可能なものは片っ端から採取し、大樽や大桶に突っ込んでいく。


 命懸け商売らしく、飛び交う言葉は口汚く粗野な怒声と罵声ばかり。

「さっさと動けボケっ!」「早く採取しろっ! とろとろやってんじゃねーよっ!」「バカ野郎、引きが甘いんだよっ! しっかりやれクソッタレッ!」「下から来るぞっ! 気ぃつけろっ!」「アダムッ! 樽だっ! 樽もってこいっ!」


 作業が長引くにつれ、魚人の鋭い爪や凶悪な顎歯によって負傷する者も出始めた。水夫たちはもちろん、海猟艇の冒険者達も防具の類はろくにまとっていない(金属製の重たい防具では落水時に水底まで一直線だ)。せいぜい軽量な皮革製防具くらいだが、魚人の爪牙の前では気休めにもならない。


 そうした命懸けの作業を数時間に渡って行い、不要部位を投棄し、海猟艇を回収。血に染まって紅くなった水面から逃げるように撤収した。


 ほっと一息つきたいところだが、仕事は終わりではない。

“安全”な海域へ向かいながら、船内炉で脂身や皮を煮込んで搾油。肉類を魔導術で凍結させて氷室(魔導術で作った海水氷)で保存。甲板清掃。道具類の整備と補修。船体や海猟艇の修理。負傷者の手当て等々をぶっ続けで行う。


 採取した素材その他の保存と諸々が終わって、ようやく一つの狩りが終わる。

 そして、次の獲物を探して船は海を巡る。

 船倉がいっぱいになるまで。船の物資が限界を迎えるまで。

 あるいは、彼ら自身が海の藻屑になるまで。


      〇


大陸共通暦1780年:ベルネシア王国暦263年:晩春。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム。

――――――――

「やっと帰ってきたなぁ」


 大冥洋での狩りを終えて帰国した『富裕小鬼猿号』がオーステルガム湾へ足を踏み入れる。

 彼らとすれ違うように機帆船が湾外へ出ていく。帆を閉じたまま、煙突から薄い白煙を吐きながら波を切って進む姿は、帆船に慣れた一定年齢以上の船員達には馴染みがない。


 クレーユベーレ方面の海路にはそれこそ完全な蒸気船が幾隻も航行している。いずれも白獅子の蒸気機関とスクリュー機構を搭載した貨物船や貨客船だった。


「しばらく本国から離れてた間に、随分と絡繰り船が増えたな」

 しみじみと呟く船長のマードック。

「あの船は風に頼らない分、燃料がたらふく掛かるって話だったから、それほど普及しないと思ってたんだが」


 船は金が掛かる。とにかく金が掛かる。

 そこへ燃料代が加わる? そんなもん、誰が買うんだよ? というのがマードックの見解だった。

 しかし、実態は燃料代が掛かってでも蒸気船を導入する価値がある者は多かったわけだ。


 マードックの読み違いはこれに終わらなかった。

 冒険者組合の担当官に採取した素材の取引価格を確認し、マードックは目を剥いた。

「なんだよ、この油の買取価格っ!? これまでの相場の半分近いじゃねーかっ!?」


「ああ、マードックさんはしばらく帰国してなかったから知らないのか。今、獣油市場は下落してるんだよ」

 担当官は気の毒そうに説明を始めた。


 曰く――白獅子財閥が市場に嵐をもたらしているという。精製黒色油――灯油を用いたランプや暖房器具、調理用具が先の冬に大売れし、その関係で燃料もかなり売れているらしい。このひと季節での爆発的な普及は白獅子勢力圏に加え、フルツレーテン公国等々で大口取引が大きい。


 また、黒色油の精製過程で生じる廃油由来――鉱油系潤滑剤も出回ったことで、これまで照明用や産業用潤滑剤に用いられていた獣油の需要が下落。引きずられるように獣油の価格も低下したそうだ。


 もちろん、下落しているのは獣油だけではない。精製黒色油という新たな燃料と油の登場は、植物油も薪も魔晶魔石の需要と価格の変化を引き起こしていた。以前と変わらないのは、魔晶油くらいだろうか。


「勘弁してくれよ……油の価格がこんなに下がるとかシャレにならねえよ……」

 海猟冒険者達は陸の冒険者とは違う。

 船や機材の維持や整備、航海用の物資、人件費など恐ろしく経費負担がデカい。また採取した素材の中で油が占める比率は決して少なくない。その油の買取価格が落ちるということは収益に重大な影響をもたらす。

 命懸けで何カ月(場合によっては年単位)も働いたのに、稼ぎが減る? 笑えない。まったくもって笑えない。


 頭を抱えて苦悶していたのはマードックだけではない。他の海猟船や海猟団の冒険者達も頭を抱えていた。


 いや、陸の冒険者達だって同じように獣油価格の下落に頭を抱えた。中大型モンスターからも獣油が採取できるからだ。命懸けで戦った成果が安くなってしまうことを許容できる冒険者は一人もいなかった。


 当然彼らは組合に泣きつく。

 なんとかしてくれっ! こういう問題を解決するために俺達から組合費(ウワマエ)ハネてんだろっ!! きっちり仕事しろっ!!


 組合は組合で泣きつかれても困る。

 なんたって白獅子は不正をしているわけではないのだ。

 純粋に新商品として精製黒色油の商品を販売し、市場に乗り込んできた。それに、油の件以外――モンスター素材等に関しては従来通りの大口取引相手だ。簡単に敵対できない。いや、下手に敵対したら『じゃあ、外国から調達する』と言い出しかねない。


 白獅子はマキラ大沼沢地のモンスター資源をかなり抑えているし、イストリア、クレテア、帝国に販路を持っている。そちらで代替調達可能だ。


 彼らは知らないが、ヴィルミーナは前世日本人だ。第二次大戦や戦後のオイルショックで石油の蛇口を握られている危険を厭というほど知っているし、中国の資源輸出規制をリアルタイムで体験した人間だった(一流商社の社員として、その中国産資源を第三国で調達し、日本へ流すという密輸同然の裏口仕事にも従事した)。


 ゆえに、この商戦攻勢に備えてヴィルミーナは、各業界や組織が敵に回っても戦える用意をきっちり整えていたわけだ。こわぁい。


 こうして、冒険者(くみあいいん)達から突き上げを食らう冒険者組合は頭を抱えていた。


 同様に薪を扱う林業も困っていた。

 この時代、薪はまだまだ生活品として需要が少なくない。薪の価格低下の影響は無視できない。


 魔晶魔石公社も同様だ。

 魔導技術文明世界の主軸エネルギーを掌握する彼らが被った損益は大きい。その数字に比例し、彼らの危機感も強い。


 これが新参の成りあがり者ならば、いくらでも相手の仕方があった。どれだけ金を持っていようと、成り上がり者は所詮、成り上がり。付け入る隙や弱みがある。


 ところが、ヴィルミーナは王妹大公家の一人娘で国王の姪で王太子のいとこ。王家の信用信頼は厚く、王国府中枢にも意見が届く。本人自身の能力は怪物であり、生ける伝説である。


 経済界、王家親族衆、貴族、王国府、どこにでも反ヴィルミーナ反白獅子はそれなりに存在するが、親ヴィルミーナ派と親白獅子派も同様に展開している。いや、軍に限れば、完全な親白獅子派、親ヴィルミーナ派と言えよう。


 どうすれば良いんだよ、これ?

 最適解を持っている者は居ない。


         〇


 白獅子は商戦攻勢を開始以降、燃料市場に黒色油系の液体燃料をぶっこみ、蒸気機関そのものや工作機械や作業車、液体燃料の照明器具や調理器具をじゃんじゃか売りまくっていた。


『展示会』を含めた入念な事前準備に加えてフルツレーテンの大口取引も手伝い、おかげさまで商戦攻勢はベルネシアを中心に協働商業経済圏内に広がっている。


 季節が秋を迎えた頃、白獅子は莫大な収益を上げていた。

 そんな初秋の夕暮れ。


 護衛達に守られながら、ヴィルミーナが王都内の某高級レストランを訪れた。


 齢30を過ぎてもヴィルミーナの美しさは翳らない。

 むしろ人妻特有の艶気や成熟した女性の色気が華やいでいる。目尻に小皺一つなく、ほうれい線は一切目立たない。肌も張りがあって瑞々しい。まあ、この辺りはレンデルバッハの女らしい老いを感じさせない美貌であろう。


 この日、ヴィルミーナは絹の紅いブラウスに黒い上衣とスカートを着込み、白いファーコートを肩に掛けていた。背中に届く薄茶色の髪を緩く編み、飾り紐で結いまとめている。足元は黒タイツと10センチのピンヒール。戯画的な女マフィアみたいな恰好だ。


 入店したヴィルミーナに向けられる視線はいつも通り。友好。嫌悪。尊敬。反発。羨望。嫉妬。加えて、その美貌と肢体に対する猥雑な劣情。


 前世と今生合わせて精神的ウン歳になるヴィルミーナは、そうした各種視線を『おうおう、“小僧共”は今日も元気いっぱいやな』と内心で笑い飛ばす。


 給仕に案内され、ヴィルミーナは奥の卓へ向かう。

 真っ白なテーブルクロスが敷かれたテーブルには4人の先客がいた。


 2人は魔晶魔石公社の代表と大幹部。

 1人は亡き王太后マリア・ローザの実家オーフェンレーム家の当主公爵。

 最後の1人はハイラム商会のマルティン・“大熊”・ハイラム。


 ホスト役でもあるのだろう。大熊は腰を上げてヴィルミーナを歓迎する。

「今夜はお招きにお応えいただき、ありがとうございます。ヴィルミーナ様」


 傍の別卓で王国府商工筋の高官や運輸業界の大物筋がぬけぬけと飯を食っている。あるいは別の卓では冒険者組合のお偉いさんや素材加工業関係の大手幹部がしゃあしゃあと酒杯を重ねていた。情報機関や王立憲兵隊の防諜屋もいるだろう。


 狐と狸と狢が雁首揃えて晩飯を食う訳だ。ヴィルミーナは内心でぼやく。

 まったく。家族団欒の時間を割いてまでやることちゃうわな。


「過大な礼節は無用。この場は王族ではなく白獅子総帥として扱って下さって結構よ。“大熊”殿」

 ヴィルミーナは護衛の一人にコートを預け、空いていた席に座った。


「お気遣いに甘えさせていただこう」

“大熊”はにやりと口端を歪め、言った。

「まずは今夜の集いに乾杯と行こう。つまらん話は飯を食いながらだ。よろしいか、御歴々に白獅子の」


 誰も異論はない。

 給仕がヴィルミーナ達の小グラスへ食前酒を注ぐ。仄かな琥珀色の酒が注がれたグラスを手に、五人はぎこちない唱和をした。

『乾杯』


 こうして飯が不味くなる話し合いが始まった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >曰く――白獅子財閥が市場に荒らしをもたらしているという。 嵐の誤字かなと思ったが、油市場を荒らしているのは間違いないから判別できないw
[気になる点] けっこう年数経過したみたいだけど割と分裂やらの危機に陥ってたアルグシアはどうなったんだろう? 難民問題とか [一言] ABCD包囲陣だっけか 自前の資源を持てないのは辛い所よね
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