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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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閑話14:東メーヴラント情勢、異常なし……?

説明回です。

 人類の歴史とは殺戮と破壊の積み重ねであり、人間の欲深さと浅はかさと頭の悪さの記録である。それはこの魔導技術文明世界でも、世界の東西南北各地でも、変わらない。


 大陸共通暦1769年。

 大災禍と大飛竜の襲撃を被ったカロルレン王国を、周辺国が注視していた。


 一つは西の隣国アルグシア連邦。警戒動員を解いたが、東部へ移動させた軍事物資はそのまま、東部諸邦の各拠点や集積所に留められている。


 もう一つは南の聖冠連合帝国。こちらは軍事的動きを見せていないが、帝国上層部内では活発な議論が交わされている。


 この2国はカロルレンに対して攻守どちらも選択できる。

 しかし、この2国とカロルレンの間にある小国達は、面倒な立場に追い込まれていた。

 では、その国々を御紹介しよう。


       〇


 最初にカロルレンとアルグシアの間に挟まれたソープミュンデ自治国。

 この国は北洋に接するソープミュンデ汽水湖とその湖岸地域からなる。日本で言えば、琵琶湖を抱えた滋賀県みたいなもんだ。この汽水湖は厄介な水棲モンスターの巣窟で、不定期に湖岸地域が襲われる。駆逐撃滅したいところだが、そんなことが可能なら、そもそもこの世界の人類はモンスターに悩まされていない。


 ともかく、こうした事情から汽水湖の水利や湖岸の開発が難しく、漁業事業も増収させ難い。汽水湖一帯の管理と扱いが面倒だし、現地民を食わせていく金と手間も大変だし……ということでアルグシアもカロルレンも併合せず、汽水湖地域を自治国化させた。外郭組織を作って不採算事業を押し付ける手口である。



 そして、カロルレンと聖冠連合の間には2つの小国がある。

 まずトリプルボーダー(カロルレン、聖冠連合、アルグシアの南東端)に接する方。


 こちらをヴァンデリック侯国という。

 源流は神聖レムス帝国構成国で、帝国崩壊時に最も荒廃した地域の一つ。あまりの荒廃振りに見捨てられた土地だった。


 しかし、今はトリプルボーダーという地政学的ポジションを利用し、中継市場として機能している。もっとも、ヴァンデリック侯国の主要産業は貿易ではなく観光業、それも公営賭博と性産業と各種娯楽を主とする欲望的享楽だった。

 国家間のドンパチが頻発するこの時代において、この国は国際的な歓楽立国という稀有な存在と言えよう。



 最後に、カロルレンと聖冠連合とヴァンデリックに接する小国を御紹介する。


 ヒルデン自治独立領。

 この地域は実質的に大陸西方ディビアラントであり、住民の大半がディビアラント人だ。地形的にはプロン造山帯の影響下にあって起伏の激しい山塊である。


 鉱山の一つもあれば、また違ったのだろうが、この山塊から得られる物は木材とモンスター素材と天然素材だけだ。

 これらにしても、起伏の激しい凶悪な難地形と生態系の関係で産業化が困難だった。山塊内はモンスターだらけで開墾も林業も覚束ない。仮に苦労して樹木を伐採しても、難地形のため移送が困難。同様にモンスターや天然素材を獲っても、輸送するコストが高くつき過ぎた。

 さらに言えば、この地域に道路や架橋を通しても、維持するだけで多額の費用が掛かる。


 とにかく何をするにも不便で、地形の起伏が激しい分、マキラ大沼沢地より暮らし難い。今回のような大災禍が起きたら、住民は間違いなく全滅するしかない。


 神聖レムス帝国崩壊と9年戦争で東メーヴラント諸国再編が行われた際、『疲弊しているのにこんなド田舎まで手が回らない』と主要国が領有化しなかった土地だ(領有すれば、管理責任が生じる)。

 とりあえず、というカタチでヴァンデリックに押し付けられたが、ヴァンデリックも早々に自治独立領化させてしまった。


 じゃあ、どうやって食ってんの? というと、聖冠連合とヴァンデリックの間で小規模な飛空船交易が行われており、必要な物資と山塊内資源を取引している。ちなみに、ヒルデン側には飛空船がない。そんな金はないんだなぁ。



 つらつらと設定話を書き連ねたうえで、カロルレン王国の大災禍によって生じた三国の“問題”を記そう。


 カロルレン王国の軍備が明らかになり、その戦争準備態勢が発覚して以来、この3緩衝国はマズいことになっていた。


 扱いが厄介な汽水湖を抱えるソープミュンデ自治国は、カロルレンから侵攻を受けることは無いだろうし、アルグシアも主戦場に選ぶことはまず無い。ただし、両国が戦争になることで中継貿易を得られないし、汽水湖から得られる水産物の輸出商売に難儀してしまう。


 これはヒルデン自治独立領も同じだ。地勢環境的に言って、自領内が戦禍に巻き込まれることは無いだろう。しかし、やはり戦争の影響によって干上がってしまう可能性が高い。

 ソープミュンデもヒルデンも、経済と物資を外国に依存しているから、死活問題だった。


 一番不味い立場になったのが、ヴァンデリック侯国だった。

 ヴァンデリックは国内の開発状況や産業、物質的資源などを考えれば、征服する旨味はそれほど大きくない。


 ただ……アレな産業のおかげで保有資産は小国にしてはかなりのものだった。

 大災禍と竜による損害、災害対処に掛かった費用や補償、復興再建のための資金。カロルレンが金を狙ってヴァンデリックを侵攻する可能性は十分にある。


 略奪こそ最も本質的な戦争動機だ。食料。富。土地。資源。市場。権益。戦争とは、暴力によって奪取を企図する集団と、それに抵抗する集団との戦いだからだ。大義名分などいくらでも整えられる。戦争を起こすことは容易い。


 ――人は過ちを繰り返す。


 人間の欲望と愚かさを飯の種にしているヴァンデリック侯国は、その真理をよぉく知っている。ゆえに、カロルレン王国が大災禍鎮圧と大飛竜討伐を終えた後も、表裏に渡って最大限の警戒を払っていた。


          〇


 この日、『ヴァンデリック産業協会』のお歴々は、カロルレンの動向とその対策を話し合っていた。


「事が終わっても動員を解かねェな。やっぱり企んでやがんのか?」

「後始末のためだぁゆうとりましたが、可能性はありまさぁな」

「いっそ、こっちから資金援助を持ちかけたらどうでしょ? 向こうかて戦争するよりゃマシなはず」

「ややや。あそこのお偉方は殿様気質で業突く張りでぃ。下手に銭こを見せちぃ、欲に火ぃ点けちまうかもしれんぞぃ」


 ヴァンデリック侯国は小国であり、基本的に行政機関も小さい。この国を実際に切り盛りしているのは、この国の財界――侯国最大の産業である各種歓楽産業の頭目や顔役達からなる『ヴァンデリック産業協会』だった。


 露骨な表現をすれば、この国はマフィアやヤクザが牛耳っている。というか、そもそもヴァンデリック侯家自体がもはやマフィアと大差ない。ヴァンデリックを擁護するならば、ここまで身を汚す程、凄まじい戦禍と荒廃を経験したのだ。


「侯家の御意向は如何です? まさか徹底抗戦とか言わんでしょ?」


 水を向けられた『産業協会』会長で、現ヴァンデリック侯の弟ヴィルヘルム・フォン・ヴァンデリック――人呼んで『大髭ヴィリー』は、忌々しそうに鼻息をついた。

「言わんよ。バカバカしい」


 日本の戦国時代初期だと、『このまま降ると舐められるし、格好つかんなぁ。せや。一戦して譲歩させたろ』とか考える輩がそれなりに居た。

 たしかにある種の駆け引きとしてはアリだろう。しかし、その考え方は終戦の主導権を敵に委ねた『甘え』とも言える。


 中堅国とはいえ、ベルネシアのような列強ならば、『相手が引くまで殴り合う』が可能だ。しかし、ヴァンデリック侯国には逆立ちしたってそんな事できない。JRPGの世界ではないのだ。ヴァンデリック侯国が勝つことなど、絶対にありえない。

 問題はどう負けるか。どう膝をつくか、だ。


(アニキ)も腹を括っとるわ。屈服はせん。奴らの要求も飲まん。カロルレンが攻め込んで来たら即降伏だ。まあ、一部の連中は血を流したがるだろうが、そこらは好きにさせれば良い」

 大髭ヴィリーはその異名となった髭を弄りながら、言った。

「ただまあ、一部の者は“新しい友人”の許へ亡命させた方が良かろう」


 近頃になって接近してきたベルネシアの“白獅子”は、ヴァンデリックの持つ最も高価値の“商品”を知っていた。つまりは理解し合えるということだ。


 双眸に凄みを湛え、大髭ヴィリーは皆を見回す。

「金は全部持っていかれてもいい。領土を奪われても良い。なんなら、侯家も国も無くなっても構わん。生きてさえいれば、いくらでもやり直せる」


 ある意味で、尊厳や名誉すら放り出した意見だが、誰も反対しない。それどころか、皆、大きく首肯している。

 周辺国が領有化しないほど荒廃し尽くした土地で、必死に生きてきた彼らの哲学だった。生きてこそ。泥水を啜っても生き残れ。英霊になりたい奴は勝手に死ね。卑怯者臆病者と謗られても生きて生きて生き延びろ。その先に浮かぶ瀬がある。


「問題はカロルレンの奴らが乗り込んできた時、聖冠連合とアルグシアもこの国へ乗り込んでくる公算が高いことだ」


 妥当である。戦禍で荒らすなら他人の庭が良いに決まっている。聖冠連合とアルグシアの立場なら、ヴァンデリックを舞台にドンパチをやって、その勝敗で幕引きを図るのがベストだから。

 彼らにとって、ヴァンデリックの民と土地がどれだけ被害を負おうと、知ったことではない。


 大髭ヴィリーはその冷酷な現実を受け入れている。そのうえで残酷な現実に激しい憤怒と憎悪を抱いていた。であるから、彼は残忍な意趣返しを考えていた。


「だが、奴らにタダで遊ばせてやらん。御代はきっちり回収する」

 大髭ヴィリーはぽつりと告げ、

「カロルレンが攻めてきた時に備えて、聖冠連合とアルグシアへ救援を打診する。出してくれた兵隊の数、受け入れてくれた難民の数だけ両国に金を出す。カロルレンに奪われるくらいなら、同胞のために払う方がずっとマシだ。

 そして、聖冠連合とアルグシアの連中には金を払う代わりに、血を流して貰う。たらふくな」

 憎悪と怨恨に満ちた凶悪な笑みを湛えた。皆も大きく嗤う。


 周辺国がヴァンデリックの民と土地がどうなっても良いように、ヴァンデリックにとっても、周辺国の人間が何人死のうと、知ったことではない。


         〇


 俳優サム・ワーシントン似のアルグシア連邦政府高等外務官、シュタードラー子爵のベルネシアに対する外交的見解は次の通りである。


『ベルネシアに奪われた旧領の奪還など笑えない冗談だ。現地はベルネシアの同化政策により混血化が進み、アイデンティティー的にもベルネシア人と化している。奪還したところで、連邦内にベルネシア人地域を抱えるだけだ。

 それならいっそ、過去の因縁を清算する何かしらの条約なり協定なり結んだ方が、ずっと建設的だろう。最終的には同盟関係に至るべきだと考えている』


 彼の見解は現実に則している。

 ベルネシアと交易を持ったハイデルン王国は大変な好景気を迎えていたし、西部諸邦も連邦政府もその恩恵に与っている。敵対するより仲良くする方がマシなのは、誰の目にも明らかだった。

 このため、ハイデルン王国を始めとする西部諸邦や連邦政府通商部などでは、シュタードラー子爵のような融和共栄派が圧倒的優勢になっていた。


 一方で、この状況を面白くなく思っている勢力も多い。

 恩恵の薄い東部諸邦は西部諸邦の好景気を激しく嫉妬していたし、反ベルネシア派や強硬派(特に大アルグス主義者)は『領土泥棒に迎合する恥知らず共』『ベルネシアの金になびく拝金主義者』と親ベルネシア派や融和派を痛烈に非難していた。


 ただ、東西領邦の軋轢と連邦政府内の主義主張の対立は、寄り合い所帯の連邦にとっては日常茶飯事であり、さほど大事には至っていない。いや、いなかった。


 隣国カロルレン王国の大災禍と大飛竜襲撃が発生するまでは。

 引きこもりの不干渉野郎カロルレンがかなりの軍備を整えていた事実は、アルグシア連邦に衝撃を与えた。なんせ戦力準備の兆候も情報もまったく捉えていなかったのだから。


 奴らが整えた戦力を投射する先は、自分達アルグシア以外ありえない。南に進めば、カロルレンの何倍もの国土と人口と国力を誇る大国聖冠連合を相手にすることになる。間に緩衝国があるから、戦略的奇襲も不可能だった。


 となれば、国境の一部を直に接し、国家規模の差が小さいアルグシアを狙うのが道理だ。

 これまでアルグシアにとって、『敵』は西のベルネシア、南の聖冠連合だった。そこへ俄かに東のカロルレンが敵になった。北は北洋で塞がれており、その支配権はイストリア連合王国とベルネシアである。

 今や国の四方全てが脅威に晒されている。国家存亡の危機と感じても無理はない。


 しかし、その危機意識の温度差は激しい。

 直接的な脅威に晒された東部諸邦は『弱ってる今が好機だ。やられる前にやるべし。カロルレンを叩き潰そうっ!』と鼻息を荒くしている。


 ところが、どっこい。


 西部諸邦は『ベルネシア貿易が好調なんだから余計な事すんな』と反発。

 南部諸邦は『聖冠連合への備えが要る。ウチから戦力を引き抜くな』と文句を言う。

 北洋に面する北部諸邦は『俺達の金と人がまた余所へ回されるのか……』と不満顔。

 危機意識は生じても、アルグシア連邦は平常運転だった。


 そんな折、連邦政府の中枢からシュタードラー子爵に相談が持ち込まれた。

 曰く『ベルネシアと限定的な不可侵協定、それと軍事協力を結べるだろうか?』


 聡明なシュタードラー子爵は即座に理解した。

 この提案はカロルレン侵攻を企図しており、東でカロルレン相手の戦争をしている間だけ、西のベルネシアを味方にしたい、ということだ。

 なぜ条件を限定しているかと言えば、旧領奪還の目を残したいから。もちろん、狡知に長けたベルネシア人が都合よく目を瞑ってくれるわけがない。


 シュタードラー子爵は小さく首を横に振った。

「その条件ですと、間違いなく旧領問題が議題に挙がりますし、その解決がなければ無理でしょう。戦時特別貿易でどうです? これなら、先方も乗ってくるかと」


 ベルネシアはアルグシアの膨張拡大を懸念するかもしれないが、戦後不況を抱えた今なら、乗ってくるはずだ。貿易が拡大すれば、西部諸邦の反対を抑えられる。それに、貿易している間は、事実上の不可侵が成立する。ベルネシア人は金を稼げるうちは拳骨を握らない。


 同時に、シュタードラー子爵は不安を覚える。

「しかし……戦争を仕掛ける必要がありますか? 東部国境の守りを固めるだけで済むでしょう? 西部の好景気はじきに連邦諸邦全体に波及するはず。本格的な戦争を起こせば、その芽が潰されてしまいますよ?」

 シュタードラー子爵はリュッヒ伯の受け売りを含めて問う。


 も、連邦中枢は回答を与えなかった。ただ、ベルネシアに対する交渉案を書類化し、提出するよう命じた。

 不審なものを覚えつつも、シュタードラー子爵は与えられた役割を真面目にこなした。模範的アルグス人官僚である彼は、私心はともかく仕事に関しては勤勉だったからだ。


 外務畑であるシュタードラー子爵は知らなかった。

 東部諸邦と強硬派、そして、連邦軍が対カロルレンにかなり本腰を入れていたことを。


 ここ数年、アルグシア連邦が行ってきた戦争は、聖冠連合相手のだっらだっらと続く係争地抗争だけだった。しかも、人命と物資を小便のように垂れ流しただけで、具体的には何も得ていない消耗戦。毎度毎度戦費と人命を供出させられる諸邦には、勢いの良いことばかり言う強硬派と、決定的な勝利を挙げられない連邦軍に対する不満が非常に大きくなっている。


 連邦軍は勝利を必要としていた。それも大きな。

 強硬派は自分達の主張が正しいこと――国益につながることを示す機会を必要としていた。

 東部諸邦はすぐ隣の脅威を潰したい。


 彼らは戦争を望んでいた。それも、絶対に勝つ戦争を。

 しかし、彼らは失念している。絶対に勝つ戦争があるとしても……

 楽に勝てる戦争などないということを。


     〇


 聖冠連合帝国の麗しき帝都ヴィルド・ロナ。

 若き帝室分家当主カール大公は、青年将校でもある。帝室分家当主の大公である関係上、彼は若くして将官だったが、それがメッキだとは誰も思っていない。


 なにせ、カール大公は図上演習でも、実地演習でも、実戦でも、才気を存分に発揮していた。おおよそ貴顕の粋にありながら、末端将兵の扱いまで心配りをする将官など彼くらいだ。潜在的にメーヴラント人を嫌うディビアラント系諸侯や将兵までもが、カール大公を『帝国の若き獅子』と称えていた。


 これほど支持を受けながら、彼は政治的要職から完全に距離を取り、領地経営も帝国政府から派遣されてきた官僚達(首輪だ)に預けていて、一人の軍団将官として振舞っている。

 まさに理想の一門衆。

 口の悪い宰相サージェスドルフをして『帝国最高の騎士』と称賛を惜しまない。


 ただ、カール大公も若者であるから、ある一点に対しては、どうしても人間的にならざるを得なかった。


「エルに会いたい……エルに会いたいぃ……」

 帝国北西部国境付近の某要塞に派遣されている彼は、退屈な会議が終わった後、そのまま会議卓に突っ伏してぼやく。


 カール大公の副官や護衛官達は『また始まったよ』と渋面と呆れ顔を浮かべる。


 懐から小さな姿絵を取り出し、カール大公は慈しみ崇めるように見つめる。なお、その姿絵には彼の新妻だけでなく、義母も一緒に描かれていた。

「ああ……エルだけでなくクリスティーナ様にもお会いしたい……」


 そろそろ説明しておこう。

 後に名将として戦史に名を刻むカール大公の新妻エルフリーデ大公夫人は、聖冠連合帝国へ嫁いだベルネシア王女クリスティーナの娘だった。


 いつぞやに記した通り(6:5参照)、カール大公にとってベルネシア王女クリスティーナは幼少時の思慕の君であり……エルフリーデ大公夫人は母親によく似た大変美しい娘で……

 ともかく、カール大公は新妻エルフリーデ大公を娶るべく、それはもう熱烈に行動し、大変な大恋愛を重ねたのだが、まぁそれはともかくとして。


 カール大公は青年軍人として皇族将官として最高の若者であるが、若者ゆえに煩悩と無縁ではなかった。恋しい新妻に会いたい。今すぐ帰って抱きしめたい。敬慕するクリスティーナ夫人にも会いたい。ああ、2人に会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。会いたいっ!


「……サージェスドルフの奴、軍を動かす気ならさっさと動員すればいいものを。それもこれも全てはカロルレンのボンクラ共が災害対策一つ満足に出来なかったせいだ……っ! あのバカ共がさっさと態度をはっきりさせないせいだ……っ! 戦争する気ならさっさと動け……っ! そうすればすぐにぶっ潰して、二人の元に帰れるのに……っ!」


 ぶつぶつと不平不満をこぼしていたカール大公は、不意に副官達へ言った。

「もういっそ俺達だけで攻めよう。三個師団もあれば充分だ。一月でカロルレンの王都まで行ってやるから。な?」


 冗談にしか聞こえないが、カール大公の目はマジだった。その瞳はガチだった。

 副官達は困り顔を見合わせた後、幼い頃からカール大公に侍るラロッシュ大佐が、皆を代表して答えた。

「お願いですから、もう少し我慢してください」


 カール大公は銃声のような舌打ちをして、再び姿絵を崇め見つめ、唸る。

「あーあーあーあー……戦争するならさっさと始めろ。しないなら帰らせろ」


 戦争が起こるか起こらないか。

 この段階では、まだ誰にもわからない。

 ただ、大陸西方メーヴラントの空には確実に戦雲が立ち込め始めている。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あ!やせいの ひきこもりが とびだしてきた! [一言] これは世界大戦不可避
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